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造物のアルス  作者: おのい えな


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第40話

 出航の日の朝も、工房の訪れていた。


 扉を押し開けると、いつものように、ヘンデルの背中が作業台の前にあった。


「おはようございます」


「おう、坊主か」


 振り向かずに返事が飛んでくる。


「今日はずいぶん早いじゃないか。院のほうはいいのか」


「先に、こっちに来たくて」


 アルスは扉を閉め、作業台から少し離れたところまで歩み寄った。


 作業台の上には、見覚えのある形がいくつも並んでいる。


 輪と枝を組み合わせた魔道具。

 ただし、昨日まで見ていたものより一回り小さい。


 枝の数を減らし、配線をまとめ、持ち運びやすいよう台座が付けられていた。


「小さいですね」


「小型版じゃ」


 ヘンデルは、工具を動かしたまま鼻を鳴らした。


「院の連中に貸し出すなら、このくらいじゃないと邪魔で仕方なかろうが」


 輪の根元には、風暦院の刻印を押すための、真新しい金属板が取り付けられていた。


「とりあえず、貸し出せる程度にはまとめたわ」


「すごいです」


「当たり前じゃ」


 ぶっきらぼうに言いながらも、口元は少しだけ緩んでいる。


「こいつの名前は、まあ……後でノルンにでも考えさせる」


 そのとき、奥のほうから「ガタン」「ドサッ」と派手な音が響いた。


「……」


 アルスがそちらへ目を向けるより早く、ヘンデルがため息をつく。


「あいつはあいつで、朝からえらい騒ぎしとる」


「ノルンですか」


「部屋にこもって、紙と鉄とで喧嘩しとるわ」


 言葉と同時に、奥の扉が勢いよく開いた。


「お、おじいちゃん! その部品どこに――……あ」


 髪はぼさぼさ。

 手にはくしゃくしゃになった紙束。

 目の下にはくっきりとしたクマ。


 それでも、ノルンの顔つきはどこか明るかった。


「アルス……」


「おはよう、ノルン」


「おう、ようやく出てきおったか」


 ヘンデルが、顎でアルスを示す。


「ほれ。最後に見せたいモンがあるんじゃろ」


「あ、うん」


 ノルンは慌てて紙を机の上に置くと、奥から何かを抱えてきた。


 腕輪のような、大きな輪を。


 腕の関節まである。


「これ……?」


「魔道具」


 ノルンは、少し照れくさそうに言った。


「結晶を作るのを手伝うためのやつ」


「手伝う?」


「うん。魔法士が、これを自分の腕にはめてね。

  ……マナをここに、一定量決まった量を流し続けてもらう」


 輪の内側に刻まれた溝を指でなぞる。


「この通りに流せば、風の結晶になるようにしてある。

 "分析"と"記録"と"圧縮"を、魔道具にやってもらうんだ。」


 アルスは、ノルンの顔を見た。


「……もう、できるの?」


「見てて」


 ノルンは、真剣な目で言って、自分の関節ほどある魔道具を装着した。


「いくよ」


 ノルンは、ゆっくりと息を吸い込み、輪にそっと手を添えた。


 線と数字で書かれたルートを指で追いながら、ノルンが小さな声で確認していく。


「……ゆっくり……ゆっくり……ゆっくり……」


 輪の内側を、風のマナが走った。

 溝に沿って、流れが分かれ、細くなり、集まりなおす。


 何もない空間から、透明な石片が、ノルンの手のひらに現れ始め、かすかに光を帯びた。


 ――コツン。


 短い音とともに、石片の中心に、薄い色の層が生まれる。


 やがてそれは、ごく小さな、淡い風の結晶へと変わった。


 手の爪ほどのサイズ。


 けれど、その周りには確かに、風のマナの流れがまとわりついていた。


「はぁ……はぁ……でき、た……」


 ノルンの喉から、息のような声が漏れた。


 ヘンデルも、思わず工具を置いて近づく。


「ふん」


 小さな結晶を、指先でつまんでみる。


 ほんのわずかに、空気の震えが伝わってくる。


「確かに、風のマナを感じるな」


 ノルンは、胸の前で手をぎゅっと握りしめた。


「設計図は、まだ変えられない」


 自分から付け足す。


「この通りの形にしか流せないから……作れるのは、この薄い結晶だけ」


「でも、すごいよ」


 アルスは素直に言った。


「……ほんと?」


「ほんと」


 ノルンは、恥ずかしそうに視線を落とした。


「次に来るときまでには、ちゃんとしたの作れるようにするから!」


 腕輪を抱える手に、力がこもる。


「いろんな魔法士が、自分の風で作れるように」


「楽しみにしてる」


 アルスは、自然と笑った。


「うん」


 ノルンは、小さく頷いた。

 

「またね」


「うん。また来る」


 アルスは、二人に頭を下げて工房を後にした。


 扉の向こうからは、金属の音と紙の音と、時々派手な物音が、いつも通りに混ざり合って聞こえていた。


 ◆


 早朝の風暦院の塔の根元には、まだ人影は少なかった。


 塔の影は長く伸び、その足元に、小さな荷物を抱えたミーナが立っている。


「おはよ、アルス!」


「おはよう」


 アルスも、小さな荷物と、お土産の箱を抱えていた。


 ミーナは塔を見上げてから、アルスの顔を覗き込む。


「準備バッチリだね」


「うん」


 ミーナが笑ったところで、後ろから声がした。


「おや、揃ってるね」


 エルネが、書類の束を小脇に抱えて歩いてくる。


 いつもの白衣の裾が、朝の風に揺れていた。


「今日は、ちゃんと見送りに来たよ」


「ちゃんとね」


 ミーナが呆れたように笑う。


 エルネは悪びれもせずに、すっとアルスのほうを見る。


「そういえばさっき、ノルンが風の結晶を作り出したんです」


「ほんとかい!?」


 思わず声の調子が上がる。


 アルスは、少し誇らしさを混ぜて頷いた。


「はい。少ないマナですけど」


 アルスが答えると、エルネの目が一瞬きらりと光った。


「でもまだ、小さくてそれに――」


「素晴らしい!」


 エルネは、言葉を遮るように手を打った。


 塔のほうを一度振り返り、それから工房のある方向へと首を巡らせる。


 その横顔を見て、ミーナが、じとっとした目を向けた。


「今すぐ見に行きたそうな顔してる」


「出発前なんだけど?」


「大丈夫。ミーナがいるなら安心だ」


 あっさりと言い切る。


「そういう問題じゃないよ!」


 ミーナが声を荒げ、アルスは思わず笑ってしまった。


 そこで、エルネは少しだけ真面目な表情に戻る。


「アルス君」


「はい」


「約束は守るよ」


 短い一言だった。


 いくつもの約束が、その言葉の中に含まれている。


「ありがとうございます」


 アルスは、胸のあたりをそっと押さえながら頭を下げた。


「だから、これからもよろしくね」


 エルネが穏やかに笑うと、横でミーナが「何のこと?」という顔をする。


 エルネは、それ以上は何も説明せず、今度はミーナのほうへ向き直った。


「ミーナ。母さんへの資料も、ちゃんと持ったね?」


「もちろん!」


 ミーナは、背負い袋をぽんと叩いた。


「重いんだから。途中でこぼれても知らないよ」


「こぼさないでくれたまえ」


 エルネは苦笑し、それからもう一度アルスに近づくと、軽く肩を叩いた。


「では――ノルン君のところへ行ってくる」


「もう! やっぱり行くんじゃん!」


 ミーナが頬をふくらませる。


「ちゃんと走って戻ってきてよね!」


「もちろん」


 ひらひらと手を振りながら、エルネは本当に小走りで工房の方角へ駆けていった。


 白衣の裾が角を曲がって見えなくなるまで見送ってから、ミーナはため息をつく。


「ほんと、研究のことになると子どもみたいなんだから」


「そこが、いいところでもあるよ」


「……そうだね」


 ミーナは、塔の根元のほうを振り返る。


「さ、行こっか」


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