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造物のアルス  作者: おのい えな


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第30話

 それからさらに、いくつかの日が流れた。


 気がつけば、アルスの一日は、ほとんど工房を中心に回るようになっていた。


 朝は風暦院で、エルネの研究の手伝いをする。

 結晶に流したマナの変化を図に起こし、塔の観測値と見比べる。

 それが終われば、塔の下の通りを抜け、風鈴の音を背中に受けながら工房へ向かう。


 扉を開けば、いつもの匂いが迎えてきた。


 金属と油と、焼けた魔石のわずかな焦げくささ。

 ヘンデルの太い背中と、その少し後ろで図面と部品を交互に見ているノルンの姿。


 あの日以来、ノルンが作業台のそばにいることは、すっかり当たり前になっていた。


 ノルンは、決して大きな声では話さない。

 けれど、枝の長さや輪の位置、柱の角度――そういったところで、時々ぽつりと意見を出す。


 ヘンデルはそれを、うるさがるふりをしながらも、ほとんどすべて手に取って確かめた。


「これじゃと、ここに力が寄りすぎる」

「じゃあ、こっちにもう一本、細い線を」


 そんなやりとりを、アルスは結晶を握りながら、何度も見てきた。


 そして、その積み重ねの先――。


「……よし」


 その日、ヘンデルが低く呟いた。


 作業台の上には、ひとつの魔道具が完成した姿で乗っている。


 円盤状の土台の上に、いくつもの輪と枝が重なり合っていた。

 中心には、結晶を固定するための小さな枠。

 その手前には、薄く土を敷いた小さな皿が置かれている。

 皿の脇には、目盛りの刻まれた細い輪と、それに沿って動く針が取り付けられていた。


「坊主。結晶を」


「はい」


 アルスはポケットから、小さな結晶を取り出した。


 以前、エルネの研究室で作ったものだ。

 土の流れを記録するために何度も試した、そのひとつ。


 掌の上で静かに光を宿すそれを、慎重に枠の中へと収める。


 カチリ、と小さな音がした。


「ノルン、輪の固定をもう一度確認しろ」

「うん」


 ノルンが一通り、輪と枝の継ぎ目に触れていく。

 ぐらつきはない。歪みもない。


「大丈夫」


「よし。アルス、お前は一歩下がっとけ」

「分かりました」


 三人がそれぞれ位置を取る。


 ヘンデルは、土台の側面に取り付けられた小さなレバーに手をかけた。


「――行くぞ」


 カチ、とレバーが倒される。


 次の瞬間、結晶の内側で光が揺れた。


 静かな工房の空気が、ほんの少しだけ震える。

 輪と枝のあいだを、目に見えない流れが走り抜けていく感覚。

 皿の脇の針が、目盛りの上を小さく震えながら滑っていった。


 そして――。


 土を敷いた皿の上で、粒が盛り上がった。


 ばらばらだった細かな土が、吸い寄せられるように集まり、

 結晶を作ったときと同じ、小さな山の形をつくる。


 それは、アルスが結晶に閉じ込めた「土の流れ」と同じだった。

 エルネの研究室で、何度も繰り返した実験のときに記録した、あの形。


 今、その動きが、結晶の外側で再現されている。


「……やった」


 アルスの口から、思わず声が漏れた。


「ちゃんと、同じ土が……」


「まだ細けぇ違いはあるじゃろうがな」


 ヘンデルは腕を組み、皿の上の小さな山と、目盛りの揺れを睨む。


 針は、エルネから借りた記録とほとんど同じ位置で止まっていた。


「結晶に書かれた“設計図どおりに取り出す”ところまでは、どうにか形になった」


「すごい……」


 ノルンが、小さく呟いた。


 その目は、輪と枝と、結晶を順番に見つめている。


「本当に、結晶からだけで……」


「おおかた、お前らのおかげじゃ」


 ヘンデルは、わざとぶっきらぼうに言った。


「ノルンの変な枝と輪がなけりゃ、ここまで滑らかには流れんかったし、

 坊主の結晶がなけりゃ、そもそも試しようもない」


「変な枝って……」


 ノルンが小さくむくれる。


 ヘンデルは鼻を鳴らした。


「さて」


 少し真顔に戻り、ヘンデルは結晶を取り外した。


「もう一つのほうは……どうにもならんがな」


「もう一つ?」


 アルスが首を傾げる。


「魔法を、結晶にするほう……」


 ノルンが、ぽつりと口にした。


「これみたいに、逆向きの魔道具は、作れないかなって……」


「逆向き……」


 アルスは、思わず自分の手のひらを見下ろした。


 ユベルの魔法。


 現象や物質を分解し、結晶として記録する術。


「今の技術じゃ、話にならん」


 ヘンデルは、結晶を明かりにかざした。


「魔道具でどうにかできるのは、“決まった通りの流れ”だけじゃ。

 今回のこれも、結晶の中にある設計図に合わせて、決まった回路を通してやるからうまくいく」


「うん」


「じゃがな。魔法そのものは、毎回揺れが違う」


 ヘンデルは、輪の一つを軽く叩いた。


「マナの量も、揺れかたも、偏りかたもな」

 

 同じ魔法でも、作るたびに“設計図のほうが変わってしまう”。


 ノルンが、ゆっくりと目を瞬かせた。


「だから、機械のほうを固定してしまうと、どこかで無理が出る。

 毎回違う設計図を、その場その場で読み取って合わせるなんぞ……

 今のわしらの道具じゃ、どうにもならん」


「……そうか」


 アルスは、自分の指先を見つめた。


 魔法を結晶にする、いつもの感覚を思い出そうとする。


 マナの揺れを掴み、形を解き、結晶に沈める。


 自分にとっては、もう当たり前になりつつある工程。


「アルス」


 名前を呼ばれ、顔を上げる。


 ヘンデルの視線が、真正面からこちらを捉えていた。


「お前さんはな、その毎回違う揺れを、平然と同じように結晶にしとる」


「……」


「それを一瞬で、当たり前の顔してやっとるところが、おかしいくらいすごい」


 ノルンも、小さく頷いた。


「……機械でやろうとしたら、多分、塔まるごとひとつぐらいだと思う」


「そんなに?」


「うん。揺れをぜんぶ測って、毎回回路を組み換えないといけないから」


 ノルンは、輪と枝、それから目盛りを見下ろしながら続けた。


「アルスは、それを自分の中でやってるんだと思う」


「僕には、これしかできないから……」


 アルスは、小さく肩をすくめた。


 ユベルに教えられた、あの実験室の夜を思い出す。


「それを“しか”と言うんじゃねえ」


 ヘンデルは、わずかに口元を歪めた。


「ま、だからこそ――」


 完成した魔道具を軽く叩く。


「せめてこっちくらいは、道具に任せられるようにしとかんといかん。

 この“取り出すほう”があれば、坊主がいない場所でも、結晶を研究に使える」


「エルネさん、喜びそう」


 ノルンがぽつりと言う。


「ああ、うるさいくらいにな」


 ヘンデルは、少しだけ楽しそうに鼻を鳴らした。


「よし。出来上がったぶんだけでも、あいつに見せてやるか。

 ……学院までは、お前らで持っていけ」


「ヘンデルさんは来ないんですか」


「わしはあそこの空気が苦手でな。」


 ヘンデルは、露骨に嫌そうな顔をした。


「なんでも変な奴らばっかりだからな。

 魔道具は玩具じゃねえ」


「ふふ」


 ノルンが小さく笑った。


「じゃあ、ぼくが行くよ」


「ノルン?」


「せっかく作ったんだし、ちゃんと届くところまで見たい」


 ノルンは、少しだけ緊張した顔で、それでもはっきりと言った。


「それに、学院の中、ちゃんと見るのは初めてだから」


「そうか」


 ヘンデルは、ほんのわずかに目を細めた。


「じゃあ任せた。重いぞ」


「……だいじょうぶ」


 ノルンは、魔道具の片側に手をかけた。


 アルスも、反対側をしっかりと掴む。


 ずしり、と肩に重みがかかった。


「じゃあ、行ってきます」


「行ってきます」


 二人が揃って頭を下げる。


 ヘンデルは背を向け、工具棚のほうへ歩きながら、短く返した。


「気をつけてな」


 その声はいつもより優しかった。

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