第43話
僕はあの日から優太くんと彩葉ちゃんのことで悩んでいた。
最終審査の前、僕は2人と本気でぶつかったと思っていた。だが、ここ最近2人に対して、心のどこかでまだ引っかかるものがあった。
僕がどうこう言う話ではないが、2人の決断はあれで良かったのか、2人がしたことを結局、許すか許さないか、僕にはもう何もかもが分からなかった。
ただ1つだけ、これだけは分かっていた。あの時僕は、2人に言えていないことがあった。
謝罪は受け取った。解散の理由も聞いた。
でも、僕が本当に伝えたかったことは、まだ言葉にできていなかった。
9年間。その長さをあのまま終わらせるのは、僕にはできなかった。
せめて、これを言わないと僕の気が済まなかった。
僕はテーブルに置いていたスマホを手に取り、彩葉ちゃんの連絡先を開いた。
『明日空いてる?』
送信ボタンを押そうとしたが、画面から少し触れるか触れないかのところで指を止めた。本当にいいか、1分ほど躊躇ったが、送信ボタンを押した。
10分ほど経過してから、スマホの通知が鳴った。
『うん、空いてるけど…どうしたの?』
『話したいことがあるんだ。優太くんと一緒に』
『分かった。じゃあどこにする?』
『カフェで話そう』
という感じで場所はカフェに決まった。
***
翌日、僕はカフェへ向かっていた。
カフェに着いたのは、待ち合わせの時間よりも30分も前だった。
とりあえず僕は店内に入り、窓際の席に座ってから紅茶を頼んだ。
ティーカップを両手で包みながら、今日言うべきことを頭の中で整理した。言いたいことが次々に頭の中に浮かんできて、上手くまとめられない。
20分ほど経った頃、ドアが開いた。
彩葉ちゃんが先に入ってきて、その後ろに優太くんが続いた。2人とも僕を見つけて、少し緊張したような顔をした。
「待たせちゃった?」
「いや、早く来すぎただけだよ」
2人が向かいの席に座った。
しばらく誰も喋らなかった。この場には、店内のBGMだけが流れていた。
「……で、話って何?」
沈黙を破るように優太くんが口を開いた。
「最近、何してるの?」
僕が聞くと、2人が少し驚いたような顔をした。
「え…まあ俺は就職先を探してるかな」
「私はとりあえずアルバイトを探してる」
「そっか」
僕は少し間を置いた。
「大変だね」
「まあね」
優太くんが苦笑した。
「アイドルしかやってこなかったから、潰しが効かなくて」
「それは僕も一緒だよ」
「お前は上手くやってるじゃないか」
「運が良かっただけだよ」
3人でしばらく黙った。
ティーカップの中身が空になっていた。
「……ねえ」
彩葉ちゃんが口を開いた。
「今日、わざわざ呼んだのって、本当に話したいことがあるんでしょ?」
僕は少し笑った。
「バレてた?」
「なんとなく」
彩葉ちゃんが僕をまっすぐ見た。
「聞くよ」
「……あのさ、許すかどうかは置いといて謝ってもらったし、今更蒸し返すことじゃないんだけどさ」
「うん」
「あの時、辞めさせる前に、別のやり方を考えてほしかった」
2人が黙った。
「話し合いでも、距離を置くでも、何でもよかった。でも2人は最初から、僕を消すことしか考えてなかったんじゃないかって言うのを伝えたくてさ」
「……そうだな」
優太くんが静かに言った。
「私たちは他のやり方を考えなかった。考えられなかったんだよ」
彩葉ちゃんが俯いたまま言った。
「あの時の私たちには、それしか見えてなかった」
「分かってる」
僕は少し息を吐いた。
「ただ責めてるわけじゃない。ただ、それだけは言いたかった」
しばらく沈黙が続いた。
優太くんが顔を上げた。目が少し赤かった。
「……ありがとう」
「え?」
「言ってくれて、ありがとう」
その言葉を、一瞬うまく受け取れなかった。感謝されるとは、これっぽっちも考えていなかった。
だが、僕は下を向いて、それをこらえた。それから、話に戻った。
「それでさ、2人とも就職先に困ってるって言ってるよね?」
「まあ、そういうことになるな」
「だから…その…働くならさ、僕のところで働かない…っていうのも伝えたかったんだ。まあ、みんなにはあとで許可を取るんだけど…」
2人が顔を見合わせた。しばらく誰も喋らなかった。
「……本気で言ってるのか?」
優太くんがゆっくりと口を開いた。
「本気だよ」
「俺たちがしたことを分かった上で?」
「分かった上で」
彩葉ちゃんの目が潤んでいた。
「どうして…?」
「2人とも、困ってるんでしょ?だからせめてこれくらいは、って思って」
「それだけ?」
僕は少し考えてから答えた。
「……9年間、一緒にいたから。その恩は忘れちゃいけないな、とも思ったし」
優太くんが深く息を吐いた。
「健人」
「何?」
「俺、泣いていいか」
「どうぞ」
優太くんが顔を覆った。彩葉ちゃんも、もう隠していなかった。
僕は2人が落ち着くまで、紅茶を飲みながらゆっくり待った。
5分ほど経過して、優太くんが顔を上げた。
「……すまん」
「いいよ」
彩葉ちゃんがハンカチで目を拭いながら、小さく笑った。
「健人って、ほんとずるいよね」
「そうかな?」
「こんな話、断れる訳ないじゃん」
「別に断ってもいいんだよ?」
「断れるわけないでしょ」
3人でしばらく黙った。今度の沈黙は、さっきとは違った。
「……ところで」
僕は少し迷ってから口を開いた。
「葛西さん、最近どうしてるの?」
2人の表情が少し変わった。
「蒼は……」
優太くんが言葉を選ぶように言った。
「最近やっと、笑うようになってきた」
「そっか」
「あいつ、健人のことまだ意識してるよ」
「へえ」
「会ってやってくれないか」
「そうだね。今日にでも会いに行こうかな」
***
その日の夜、僕は優太くんに約束を取り付けてもらい、葛西さんと会うことにした。
場所はファミレス。店内に入ると、奥の席に1人で座っている女の子がいた。
メニューを眺めているようで、でも実際には眺めていないような目をしていた。
葛西蒼だった。
武道館で見た時より、少し大人びた印象だった。
「葛西さん」
僕が声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げた。
一瞬、固まった。
「……乃木、健人」
「うん。久しぶりだね」
「久しぶり、ではないと思いますが」
「そうだっけ?」
「武道館で会いました」
「流石に覚えてるか」
「忘れるわけがないです」
彼女は表情を変えずにそう言った。
そして僕は、向かいの席に座った。
「今日は来てくれてありがとう」
「優太さんに言われたので」
「自分では会いたくなかった?」
彼女がしばらく黙った。そして恥ずかしそうに言う。
「……会いたかったです」
そこからしばらく沈黙が続いた。
「……あなたが羨ましかった」
葛西さんが静かに言った。
「羨ましい?」
「ステージの上で、あなただけが本当に楽しそうだった。私はずっと、それが欲しかった」
「でも、僕も苦しかったときもある」
葛西さんが少し驚いたような顔をした。
「笑顔の裏で、ずっと何かに追われてた。完璧でいなきゃいけないって」
「……それでも」
「それでも?」
「あなたのパフォーマンスは、本物といえるものだった」
僕は少し黙った。
「葛西さんも、あの瞬間があったじゃない」
「え?」
「最終審査のアウトロのところ。あの時の葛西さん、計算が消えてた」
葛西さんが黙った。
「あれが葛西さんの本物だと思う」
「……分からないです」
「いつか分かるよ」
彼女はしばらく俯いていた。
「……また、戦えますか」
「もちろん」
葛西さんが初めて、少しだけ笑った。そこからまた、しばらく沈黙が続いた。
「ねえ、葛西さん」
「何ですか?」
「今、どこの事務所にも所属してないんだよね?」
葛西さんが少し表情を固くした。
「……そうです」
「うちに来ない?」
彼女が僕を見た。
「うち、って」
「知っての通り、僕はMETROPOLARiSのプロデューサーやってるんだけど。ソロでもグループでも、葛西さんのやりたい形で活動できると思う」
葛西さんがしばらく黙った。
「……なぜ私を?」
「あの顔を見たから」
葛西さんが俯いた。
「では、考えてみてください」
葛西さんがしばらく黙った。それから、静かに言った。
「分かりました。またあとで連絡します」
彼女は小さく、でも真っすぐに頭を下げた。
ファミレスを出ると、夜の空気が冷たかった。
スマホを取り出した。
今日、優太くんと彩葉ちゃんと話した。葛西さんとも話した。
言えていなかったことを、全部言えた気がした。だが、僕は千佳の連絡先を開いた。
「話がある。明日、家にいる?」
送信ボタンを押した。今度は、躊躇わずに押せた。
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