第41話
結果発表は19時からだった。
今回の審査は、全国に生放送されている。投票は会場にいる観客票、そしてテレビの前の視聴者票の2つからなる。
僕は気が気でなかった。
もちろん、METROPOLARiSのパフォーマンスは、会場を圧倒させていた。しかし、それと同時にEmmaのパフォーマンスも彼女たちと同じくらい、圧倒的だった、と感じたからだ。
発表の5分前、18時55分。僕はMETROPOLARiSの7人と楽屋で待機していた。
楽屋の中は緊張と焦燥が走っており、若干いたたまれない気持ちになる。
「……ねえ、Emmaに負けたら…私たち、もうおしまいなのかな…?」
背後から聞こえてきた声に振り返る。声の主は、千佳だった。
千佳は目には涙がたまっていた。今まで募らせていた思いが堰を切って溢れだしたようだ。
「今日のパフォーマンス、どう思った?」
「……めっちゃ最高だった。今までで一番楽しかった」
「それが全部だよ。勝ち負けより先に、そこに辿り着けたんだから」
千佳は少し考えるように俯いてから、頷いた。
「METROPOLARiSさん、そろそろ出番です。舞台袖までお願いします」
「いってらっしゃい」
スタッフに呼び出された7人に向けてそう言う。
7人はぞろぞろと楽屋から出ていき、それに付いていく。
舞台袖に着き、7人が1列に並んだ。舞台袖の暗がりのなかで彼女たちの背中が輝いて見えた。
僕は声をかけて何か言おうとしたが、何も言わなかった。もう、言葉は必要ないと思ったからだ。
そして、司会者の声が聞こえてきて、7人がステージに歩いていく。僕はその姿から目が離せなくなっていた。
そして19時になり、結果発表の時間となった。
客席から地鳴りのような拍手が聞こえてくる中、僕は舞台袖で心臓の拍動が早くなっていった。
司会者が喋り始める。
「それでは、『Heaven or hell project』最終審査、結果を発表します」
運命の瞬間。僕らが天国に行くか、地獄に行くか決まる。
「勝者は………」
心臓が拍動しすぎて、もはや痛い。それくらい緊張している。
「……METROPOLARiS!」
その瞬間、7人が一斉に歓声を上げた。
そして僕の目は、気づいたらEmmaの3人を追っていた。葛西さんは悔しそうな、優太くんと彩葉ちゃんは分かっていたような表情をしていた。
METROPOLARiSに目を戻すと、最初に動いたのは千佳だった。隣にいた菖蒲さんに叫びながら飛びついて、そのまま2人で崩れ落ちるように床に膝をついた。
その声が引き金になったように、他の5人もそれぞれの形で弾けていく。僕はその光景を、どこか遠くから見ているような感覚で眺めていた。
僕は身体はその場で固まり、目線だけ動かしてMETROPOLARiSとEmmaを見ていた。
Emmaに打ち勝った、という実感がまだ湧いていなかった。
もちろん、嬉しくないわけではない。嬉しいはずだった。
でも、喉の奥に引っかかっているのは、今日ここで戦ったEmmaの3人のことだった。葛西さんの、あの一瞬のことだった。
その後、7人は一言ずつコメントをして、また舞台袖に戻ってきた。
「やったよ、健人くん!」
千佳が飛びついてきた瞬間、僕の目から何かがこぼれ落ちた。自分でも気づかないうちに、そうなっていた。
僕は気づいたら、千佳を抱きしめていた。
そして、目線が初歌ちゃんを捉えた。
初歌ちゃんは何も言わなかった。ありがとう、でも、やったね、でもない。
ただ、目が合った。それだけだった。
***
そしてしばらくの間、METROPOLARiSの7人は取材対応に追われていた。僕は、彼女たちから少し離れた位置から7人を見ていた。
喧騒が少し落ち着いた頃、彩葉ちゃんと優太くんが僕の方にやってきた。
「健人、今大丈夫か?」
「うん、僕は大丈夫だけど…」
優太くんが辺りを見渡した。
「玲奈と初歌も呼んでくれないか?5人で話したいことがあるんだ」
僕は頷き、7人の方へ向かって行った。
「玲奈ちゃん、初歌ちゃん。優太くんが呼んでるから、来てくれない?」
2人は一瞬怪訝そうな顔をしたが、「分かった」と言って僕に付いてきた。
舞台袖の端の方で、Emmaのメンバーが全員集結した。感動的な再会、とはなっていない。
沈黙が5人を包む。
「……みんな、集まってくれてありがとう」
沈黙を破ったのは優太くんだった。
「実は、みんなに伝えたいことがあるんだ」
「何?」
「彩葉と健人はもう知ってるんだが…。今日でEmmaの活動を終わりにしようと思う」
突然のことに、誰かの息を呑む音がした。
「引き留めないでくれ。これはもう決まったことなんだ。これで俺と彩葉は芸能界を引退する。」
誰も何も言えなかったし、僕も何も言えなかった。言葉を探したが、何も出てこなかった。
「……今まで…ありがとうな」
そう言って優太くんがはにかんだ。そして、また沈黙が訪れる。
「……ねえ、初歌、玲奈。その……あの時、健人にああやって言えって強制したのは私だった。一番悪かったのは私だと思ってる。本当にごめん」
「……謝る相手は健人じゃないの…?」
玲奈ちゃんが苛立ちを見せるように彩葉ちゃんに反応した。
「大丈夫だよ、玲奈ちゃん。もうこの前謝ってもらったし。」
僕がそう言うと、玲奈ちゃんは納得してるような、してないような微妙な顔をしていた。
「でも今日のあなたたちを見て良かったと思った。負けたと思った。これからも、アイドルとして頑張って」
彩葉ちゃんの言葉を聞いて、玲奈ちゃんは何も言わなかった。でも、さっきまでの苛立ちはもう消え去っていた。
そして、初歌ちゃんが静かに口を開いた。
「……ありがとう」
それだけだった。
しばらくの沈黙の後、優太くんが今度は僕の方を向いた。
「健人」
「うん?」
「蒼のことを頼む。あいつは俺たちみたいにはなってほしくない。でも、俺たちにはもう何もしてやれない」
僕は頷いた。
「分かった」
「本当に、頼む」
優太くんが、深く頭を下げた。彩葉ちゃんも、その隣で。
「じゃあ、俺たちはもう行くわ」
そう言い残して、優太くんと彩葉ちゃんは背を向けて去っていった。2人の背中にはどこかやりきった、達成感が滲んでいた。
僕は思わず、「待って」と言いかけた。だが、口に出す直前で言うのをやめた。
やりたいことがあった。けどそれは、2人の意思を踏みにじる行為だと思って、思いとどまった。
「……行こっか、初歌」
玲奈ちゃんの言葉に、初歌ちゃんが小さく頷いた。
そして2人がMETROPOLARiSの輪にまた戻っていく。その背中を見ながら、僕はまだその場に立っていた。
***
舞台袖から離れて、楽屋などがある通路を通っていると、1人の女性が震えながら立っていた。葛西蒼だった。
「葛西さん」
名前を呼ぶと、涙を頬に伝わせながらこちらを向いてきた。
しかし、呼んでみたはいいが、何も言う言葉がなかった。今何と声をかけようと、全部上からに聞こえると思ったからだ。
だから、僕は何も言わず、葛西さんの隣に立った。しばらくの沈黙が続いた。
「……泣いていいよ。ここには誰もいないから」
葛西さんは何も言わなかった。ただ、さっきより少しだけ、肩の力が抜けた気がした。
隣からすすり泣く声が聞こえてくる。
それを聞きながら僕はただ、隣に立っていた。
何も言わなかった。何も言えなかった。でも、その場を離れようとは思わなかった。
やがてすすり泣く声が、少しずつ小さくなっていった。
葛西さんが、目元を拭った。
「……見苦しいところを見せてしまいました」
「そんなことないよ」
葛西さんが、少しだけこちらを見た。
「今日のステージ、アウトロの一瞬だけ、計算が消えた。あの瞬間だけ、あなたはあなただった。『本物のアイドル』というのを見せてもらった」
葛西さんは何も言わなかった。
「……をしたんです」
「なんて?」
「だから、あなたの真似をしたんです…!」
僕は予想外の返答に驚いた。理由がわからなかった。
あれが僕なのか?僕はいつも、あんな風にパフォーマンスしていたのか?
「なんで、僕の真似を?」
「……あなたを真似することで、近づけると思ったんです。あなたの言う『本物のアイドル』というものに」
「僕も昔、誰かの真似をしてた。でもそれじゃ、本物にはなれなかった。だから、必死に練習した。歌も、ダンスも。」
葛西さんは静かにこちらを見ていた。
「どんな風にすれば魅せられるか、とか。いろんなことを考えていた。そうしたら、ああいうパフォーマンスができたんだろうね」
「でも、真似から始めて本物になれた人もいるんじゃないですか?」
その言葉は、少し僕の胸に刺さった。僕には否定できなかったからだ。
「いるかもしれない。でも僕はそれが分からない」
「……あなたは、今も本物のアイドルだと思いますか、自分のことを」
正直、答えるのが難しい問いだ。なんて答えればいいのか、何が正解なのか、考えた。
「……もう僕はアイドルじゃないけど、本物だったと思うよ。少なくともアイドルであるうちは、ね」
葛西さんは少しの間、その言葉を噛み締めるように黙っていた。
「……私も、なれますか。本物に」
「なれるよ。自分流のパフォーマンスができれば、絶対に」
葛西さんが、また目元を拭った。今度は涙ではなく、何か別のものを拭うような仕草だった。
葛西さんはしばらく黙っていた。それから、深く頭を下げた。
「……ありがとうございました」
そう言って、葛西さんは歩き出した。僕はその背中が廊下の角に消えるまで、ただずっと見ていた。
7人のところに戻ると、千佳が「どこ行ってたの?!」と言った。志歩が「遅い」と言い、それに玲奈ちゃんが笑っている。
「ちょっとね」
それだけ答えて、輪の中に入った。その笑い声が、さっきまでいた暗い廊下とは別の世界のように聞こえた。
外に出ると、すっかり夜になっていた。
赤も蒼もない。ただ暗い空に、星がいくつか静かに光っていた。
冷たい空気が、まだ少し湿っている気がした。
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