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アイドル育成計画  作者: 夜明天
第4章

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第39-2話

審査が始まる2時間前。

日本武道館に入った瞬間、空気の重さが変わった。

今日の審査官は10人。事前に調べてある。顔から、名前、肩書きまで、全て調べた。

中央に座るのが最も発言力のある人物だと聞いた。挨拶のタイミングで、視線はそちらに向ける。

ここまでやれば、多分大丈夫だ。

笑顔は崩さない。声のトーンは落ち着かせる。

「葛西さん、今日はよろしくお願いします」

頭の中で言葉を探す。正解は何か。嫌われない答えは何か。

「こちらこそ、今日はよろしくお願いします」

0.3秒。それくらいの間があったはずだ。

相手には気づかれなかっただろうか。

関係者との会話をこなしながら、頭の中では別のことを考えていた。今日の審査の流れ、自分のパフォーマンスの順番、想定される評価基準。

今日で、決まる。

今日うまくいかなければ、ここまでの全部が無駄になる。

その事実だけが、ずっと胸の中にある。

会話が一段落した。次の人間が来るまで、数秒の空白。

ロビーの端に移動して、スマホを開く。メモを確認するふりをしながら、画面を見つめた。

文字なんて、頭に入ってこなくていい。見ているふりができれば、それでいいんだ。

誰にも見せない。見せる必要はない。

ここで崩れたら、全部終わる。それだけだ。

そのとき視線を感じ、顔を上げる。

少し離れた場所に、1人の男が立っていた。

乃木健人。

胸の中で、何かが跳ねた。

Emmaに入った日から、ずっとその名前がある。比べられる、というより、影のように。

あの人がいた場所に、今自分がいる。それだけで、勝手に並べられる。

「Red eyes」の映像を何度も見た。

アウトロのとき、一瞬だけ彼の計算されたものがなくなる。

それまで完璧に制御されていた表情が、何かに明け渡される。

練習の跡も、戦略も、全部その一瞬に溶けてなくなった。それでも完璧だった。

まさにそれになりたいと思った。同時に、彼のようにはなれないとも思い知らされた。

よりによって、今日。

視線が交わった。向こうも気づいている。

どうすればいい。正解は何だ。

待つか。向こうから来るのを待てばいい。

でも来なかったら?

このまま視線が交差し続けるのか。それは最悪だ。

気づかないふりをするか。でももう目が合ってしまった。

今さら無視したら、それこそ印象が悪い。

だったら、先に動く方がまだましだ。自分から行けば、少なくとも終わりのタイミングは自分で決められる。

笑顔を作り直して、歩き出した。

「乃木健人さん、ですよね。今日はよろしくお願いします」

頭の中で言葉を確認してから、口に出した。

「あ、はい。こちらこそ」

彼は少し驚いたような顔をしていた。何か言おうとして、言えなかった。

その隙に軽く頭を下げて、踵を返した。

よかった、と思う。恐らく。

声は普通だったか。間は変じゃなかったか。「よろしくお願いします」の最後、少し早口になっていなかったか。

踏み出す足のリズムを意識しながら、廊下を歩いた。

パフォーマンスの順番。審査官の顔。自分の強み。

今、乃木健人は関係ない。関係ないんだ。

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