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アイドル育成計画  作者: 夜明天
第4章

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第39話

公園を出て、僕は秋葉原の雑踏に戻った。

人混みの中を歩きながら、まだ頭の中は整理がついていなかった。

葛西蒼のこと。優太くん達の頼み。本気でぶつかる、ということ。

僕に、それができるのか——

気づけば、店が入っている雑居ビルの前に立っていた。

古びた外観はいつもと変わらない。エレベーターに乗り込み、2階のボタンを押す。

古いエレベーターが軋む音を立てて動き出した。

鏡に映る自分の顔を見てみる。少し疲れているように見える。

みんなの前では、こんな顔は見せられない。気持ちを切り替えないと。

しかし、頭の中ではまだ、葛西蒼のことが離れない。

自分も救えなかった僕が、誰かを救えるのか。その問いに、未だ答えは出ていない。

エレベーターが2階に到着し、扉が開いた。だが、僕は少しだけ違和感を覚えた。

スマホを開いてみて、違和感の正体に気付いた。現在の時刻が10時を過ぎているのに、まだ店が開いておらず、「CLOSED」の札がドアに掛けてあった。僕は心配になりながら、おそるおそるドアを開けた。その瞬間、暗かった店内が一気に明るくなり、目が慣れる前に鋭い破裂音が耳をつんざいた。

「健人くん!誕生日おめでとう!」

そう7人が声をそろえて言い、僕に向けてクラッカーを鳴らした。

僕はその場に立ち尽くした。正直、何がなんだかよく分かっていなかった。

目の前には、『METROPOLARiS』のメンバー7人が満面の笑みで立っている。

頭では状況を理解しようとしているのに、胸の中がうまく追いつかない。

「……えっと、これは…どういうこと?」

「サプライズ大成功!」

千佳が両手を広げてそう宣言した。

僕はしばらく、状況を飲み込めなかった。

それどころか、今日が自分の誕生日だということすら、この瞬間まで忘れていた。

それに気づいたら、笑い声をあげていた。自分でも驚くくらい、自然に。

「成功はしたけど、ルナが早まってクラッカー2回も鳴らしたのはどうかと思う」

志歩がすかさず言った。

「え、だって健人が来るの遅かったんだもん!」

「遅かったのはルナのカウントが早かったからじゃない?」

初歌ちゃんが静かに、正確に指摘した。

「まあ、細かいことは気にしない気にしない!ほら健人くん、中入って!」

千佳に背中を押されるまま、僕は店の中に入った。テーブルにはケーキと料理が並んでいて、壁には手書きの飾り付けまである。

いつもレッスンをしている場所が、まるで別の空間みたいに見えた。

「もしかしてこれ、全部…用意してくれたの?」

「当たり前だろ!健人の誕生日だし」

ルナが胸を張った。

「アタシが一番乗りで来たんだぜ?」

「それで一番テンションが上がってたのも、一番邪魔だったのも、確かにあなたでしたよね」

「菖蒲ひどくない!?」

「事実を申し上げただけです」

菖蒲さんがにこりと笑う。ルナが「うー」と唸る。

「健人、誕生日おめでと…」

唐突に綾乃さんがぴたりと止まった。

「……ございます」

「ございます、で締めるんだな」

ルナが笑った。

「なんか急に丁寧になったね?」

志歩が首を傾げた。

「うるさい、ですよ」

「ですよ!?」

その横で玲奈ちゃんが涼しい顔をしてグラスを傾けていた。

賑やかだった。本当に、賑やかだった。

ただ、どこかで僕はその賑やかさを、みんなより少し遠いところから見ていた。

ケーキのろうそくに火を灯すために、電気を落とした。店内が薄暗くなる。

「願い事、考えた?」

玲奈ちゃんが流れるように聞いた。

「え、今?」

「今でしょ」

千佳が畳み掛ける。

願い事を頭に浮かべたが、それを口に出そうとは思わなかった。そこでこんなことが口に出た。

「実はさ…今日が誕生日だって、さっきまで忘れてた」

一瞬、場が静まった。次の瞬間、ルナが噴き出した。

「忘れてた!?自分の誕生日を!?」

「乃木さん、正直ですね」

菖蒲さんがくすくす笑った。

みんなの顔が、炎の光に照らされている。笑顔が、揺れている。

「健人、早く吹いて!ろうそく溶けちゃう!」

ルナの声で現実に引き戻される。僕は息を吸って、ろうそくを吹き消した。

暗闇が一瞬訪れて、すぐに電気がついた。

「おめでとう!」

声が重なった。

ふと、視線を感じた。初歌ちゃんだった。

何かを見透かすような目で、こちらを見ている。僕が気づくと、彼女はすぐに視線を外した。

何でもない、というような顔をして。

笑い声が広がった。僕も同じように笑った。

笑いながら、さっきの初歌ちゃんの目が頭から離れなかった。

パーティーも段々落ち着いて来た頃、少しずつ食器を片付けているとき、初歌ちゃんが立ち上がった。

「健人、片付け手伝うよ」

他の6人はまだテーブルを囲んでいる。自然な流れで、気づけば2人だけになっていた。

食器を重ねながら、しばらく何も言わなかった。先に口を開いたのは、初歌ちゃんだった。

「健人ってさ、昔から誰かのことで頭がいっぱいになると、笑顔がワンテンポ遅れるよね」

否定しようとして、僕は口を開くのをやめた。

「……そんなに分かりやすかった?」

「私には分かる」

それだけ言って、彼女は食器を重ね続けた。

「少し、考えてることがあって」

「葛西蒼さんのこと?」

「優太くんから聞いたの?」

「うん」

沈黙が続いた。初歌ちゃんは何も促さない。

ただそこにいる。その静けさが、なぜか言葉を引き出した。

「自分も救えなかったのに、誰かを救えるのかって。ずっとそれが引っかかってる」

彼女は少し間を置いた。

「救えなかった、か」

独り言のような言い方だった。Emmaの名前は出てこない。

けれども、その言葉の重さで、お互いに何を指しているか分かった。

「……うまくやれなかった。あのとき、僕には何もできなかった。」

「そう思ってるのは健人だけじゃないと思う」

初歌ちゃんの声は静かだった。

責めているわけでも、慰めているわけでもない。ただ、事実として言っている。

「でも」と彼女は続けた。

「私は『救えなかったから、何もできない』、にはならないと思う」

「どうして?」

「失敗した人間にしか、見えない景色があるから」

僕は手を止めた。

「……でもそれって、自分を正当化してるだけじゃないの?」

初歌ちゃんは少し考えてから、首を振った。

「正当化と前を向くことは、違うと思う」

沈黙が落ちた。反論が出てこなかった。

それは負けたからじゃなく、その言葉がどこか正しく感じられたからだ。

「葛西さんが今どこにいるか、健人には分かるんじゃない? 同じところにいたことがあるから」

その言葉が、静かに胸に落ちた。

完璧を演じていたあの頃。誰にも弱さを見せられなかったあの頃。

葛西蒼が今いる場所を、僕は確かに知っている。経験として、体として、知っている。

「……そうかもしれない」

「うん」

初歌ちゃんはこちらを向いた。表情はいつものクールなままだ。

ただ、その目が少しだけ違う色をしていた。

「だから、健人が行く意味があると思う」

それだけ言って、初歌ちゃんは食器を持ってカウンターに向かった。

僕は一人、その場に残された。奥から、みんなの笑い声が聞こえてくる。

失敗した人間にしか、見えない景色。その言葉が、頭の中でゆっくりと広がっていった。

さっきまで、みんなの笑顔を少し遠いところから見ていた。

でも今は、その距離が少しだけ縮まった気がした。

救う、とか、資格がある、とかじゃない。ただ、同じ場所にいたことがある。

それだけで、十分なのかもしれない。

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