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アイドル育成計画  作者: 夜明天
第4章

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第36話

練習室で志歩がノートパソコンを開いた瞬間、トラックパッドを操作する手が止まった。

「乃木さん…」

声が上ずっている。僕は嫌な予感を覚えながら画面を覗き込んだ。

スクロールする志歩の指が震えている。

メールには、昨日大島さんから説明してもらったものに加え、当日のスケジュールなど詳細に書かれていた。そして、課題曲の欄で、志歩の指が止まった。

画面に映る文字を見た瞬間、練習室の空気が冷たくなったような気がした。

そして課題曲の欄に、見覚えのある文字が。

『Red eyes/Emma』

息が止まった。

『Red eyes』。

僕がセンターを務めた、Emma最大のヒット曲。

武道館を満員にした、あの曲。

「まさか…」

言葉が続かない。

「ここで、この曲がくるなんて…」

ちょうどその時、練習室には全員が集まっていた。

「健人、どうした?」

ルナの声が遠くに聞こえる。答えようとして、声が出ない。

志歩が黙ってノートパソコンをくるりと回し、画面をメンバーたちに向けた。

最初に反応したのは千佳だった。画面を見た瞬間、千佳の顔から血の気が引いた。

次に玲奈ちゃんが小さく息を呑む音が聞こえた。初歌ちゃんは目を見開いたまま、何も言わない。

「『Red eyes』…健人くんがセンターだった…」

千佳の呟きに、練習室の空気が一変した。

玲奈ちゃんと初歌ちゃんが、同時に僕を見る。2人の目には、複雑な感情が浮かんでいた。

「本家と私達が比較される、ってことね」

玲奈ちゃんが厳しい表情で言い切った。綾乃さんが不安そうに身を縮める。

「でも、元々5人だったのが、今は2人、でしょ?パフォーマンス、できるの?」

ルナの疑問に、初歌ちゃんが首を振った。

「あの曲は5人でのパフォーマンスを前提に作られてる。2人じゃ…」

言葉を濁す初歌ちゃん。その時、僕のスマホが震えた。

大島さんからの追加メールだ。嫌な予感がしながら、メールを開く。

『Emmaは2次審査から新メンバー・葛西(かさい)(あおい)(17)を加えた3人体制で参加するとのことです』

画面を見て、僕は息を呑んだ。

添付された写真を開く。画面に映ったのは、17歳の少女だった。

蒼い瞳。まっすぐこちらを見ている。

その目に、僕は見覚えがあった。

いや、違う。見覚えがあるんじゃない。

これは…

「健人?」

玲奈ちゃんの声が聞こえない。

写真の中の少女は、笑っていなかった。挑戦的でもなく、媚びてもいない。

ただ、何かを証明しようとしているような目をしていた。

僕は練習室の鏡を見た。

そこに映る24歳の自分と、画面の中の17歳の少女。

7年という時間が、一瞬で縮まったような錯覚を覚えた。

「健人?どうしたの?」

玲奈ちゃんの声が遠い。

葛西蒼。17歳。

あの頃の僕と、同じ年齢。

「見せて見せて!」

志歩がスマホを覗き込んだ。その瞬間、志歩の顔色が変わった。

「この子…すごい」

「何が?」

志歩は画面を見つめたまま答える。

「オーラが…なんていうか、普通じゃない。写真なのに、圧倒されそう」

志歩の言葉に、僕も同意せざるを得なかった。

そして、千佳がスマホを見て、静かに言った。

「この目…蒼い目をしてる」

確かに、葛西蒼の瞳は、深い蒼色をしていた。冷たく、鋭く、どこか孤独な色。

玲奈ちゃんが冷静に分析する。

「優太と彩葉が、17歳の新人を入れた…」

「……もしかして、僕の代わり?」

かつて17歳だった僕がセンターで成功した。だから、また17歳の逸材を入れて、あの頃の栄光を取り戻そうとしてるのか?

初歌ちゃんが複雑な表情を浮かべる。

「でも、それって…」

「皮肉だね」

僕は苦笑した。

「僕を追い出しておいて、また僕と同じタイプの子を入れる」

綾乃さんが心配そうに言った。

「この子、大丈夫、なの?」

その言葉に、練習室が静まり返った。

優太くんと彩葉ちゃんは、僕を追い出した。

葛西蒼も、同じ目に遭うのではないか。

「……それは、僕達が心配することじゃない」

僕は言ったが、心の奥では、葛西蒼のことが気になっていた。

菖蒲さんが写真をじっと見つめる。

「でも…この子、健人さんの後継者みたいな感じなんでしょうか?」

「そうとも言えるね」

僕は正直に答えた。

「17歳で、おそらくセンター候補。リリースの時の僕と同じ立場だ」

そして唐突に、千佳が写真を見つめたまま、ぽつりと言った。

「私…この子を見て、複雑な気持ちになってる」

「え?」

千佳は顔を上げた。

「私、Emmaの…健人くんのファンだった。自分より年下の健人くんが『Red eyes』をセンターで歌ってるのを見て、憧れて。すぐ辞めちゃったんだけど、健人くんに憧れて、歌もダンスもやり始めたし」

千佳の声が少し震えている。

「あの頃の健人くんは、本当にキラキラしてて。客席から見てて、いつか自分もあんな風に輝きたいって思ってた」

「千佳…」

「でも今、あの頃と同じ17歳の子が、健人くんと同じようにEmmaになる」

千佳は拳を握った。

「私はもう27歳。健人くんが輝いてた年齢から、10歳も離れちゃった」

玲奈ちゃんが口を開きかけて、千佳は首を振った。

「分かってる…分かってるんだけど…この子を見てると『私はもう遅いんじゃないか』って、今更だけど…思っちゃうんだよね」

「そんなことないよ!」

志歩が強く言った。

初歌ちゃんも頷く。

「そうだよ。千佳は千佳の良さがある」

千佳は少し笑った。

「ありがと。でも…」

千佳の目が真剣になった。

「だからこそ、負けたくない」

「え?」

「17歳の葛西蒼が、今の私達に勝てるって思わせたくない」

千佳の声に力がこもる。

「私は7年前、客席で健人くんを見てた。でも今は違う。あの頃の健人くんと同じステージに立てる」

「この子が17歳で輝いてるなら、私は27歳でも輝く。年齢なんて関係ないって、証明したい」

僕は千佳の言葉に、胸を打たれた。同じように、みんなの胸も打ったようだ。

「そうだね」

僕は笑った。

「僕も、あの頃の自分を超えたい。今度は、プロデューサーとして」

志歩が手を挙げる。

「私も! あれを超える『Red eyes』、作りたい!」

菖蒲さんも力強く頷いた。ルナが笑う。

「こっちにはEmmaの元メンバーが3人もいるんだからな!」

綾乃さんが玲奈ちゃんと初歌ちゃんを見る。

「2人も…やる気、ある?」

玲奈ちゃんが微笑んだ。

「当たり前だよ。優太と彩葉には…負けられない」

初歌ちゃんも頷く。

「私達は、もう後ろを向かない。前を向いて、METROPOLARiSとして戦う」

僕は全員を見渡した。7人の顔に、決意が浮かんでいる。

「よし」

僕は立ち上がった。

「じゃあ、今日から『Red eyes』の特訓に入る。Emmaを超える、METROPOLARiSの『Red eyes』を作るぞ!」

「はい!」

7人の声が、練習室に響いた。

***

その日の練習が終わり、メンバーたちが帰った後。

僕は1人、練習室に残っていた。

パソコンで、Emma時代の『Red eyes』の映像を見る。

武道館のステージ。5人で踊り、歌う姿。

「Okey...Let's go!」

画面の中の僕が、この言葉を歌いかける。その両脇に立つ、優太くんと彩葉ちゃん。

「久しぶりに見るな…」

僕は呟いた。

あの頃は確かに輝いていた。でも…僕を追い出しておいて、また同じような子を入れる。

また同じように、センターに据えて、使い潰すつもりか。

僕は無意識に、画面の中の葛西蒼の顔を拡大していた。

拳を握る。力を込めすぎて、スマホが軋む音がした。

優太くんと彩葉ちゃんへの怒りなのか。

それとも…

葛西蒼の蒼い目が、また脳裏に浮かんだ。

蒼い瞳。17歳。あの時の僕。

「君は、僕と同じ道を歩くのか?」

呟いた言葉が、静かな練習室に響く。

「いや、絶対にそうはさせない」

僕は画面を閉じた。

優太くんと彩葉ちゃんに勝つ。

『Red eyes』で、完膚なきまでに叩きのめす。それが、葛西蒼を救うことにもなる。

そう信じたかった。

その時、ドアが開いた。

「健人、まだいたの?」

玲奈ちゃんだった。

「玲奈ちゃんこそ」

「私は忘れ物取りに来ただけ」

玲奈ちゃんは僕の隣に座った。

「何見てるの?」

「え?…昔の映像」

玲奈ちゃんも画面を見て、表情を曇らせた。

「ああ…」

しばらく、2人で黙って映像を見ていた。

「ねえ、健人」

「何だ」

「葛西蒼の事…どう思う?」

僕は少し考えてから答えた。

「もちろん、才能はあると思う。じゃなきゃ、落ちぶれたEmmaが新メンバーとして迎えないだろうし」

「それだけ?」

「ただ、正直な事を言うと…心配だ」

「え?」

玲奈ちゃんの目が少し見開かれた。

「だって、僕と似た状況に置かれる。僕の時は5人だったけど、3人しかいないグループで、大きな期待を背負わされて」

僕は画面の中の17歳の自分を見た。

「しかも、相手は優太くんと彩葉ちゃんだ。あいつらは、僕を追い出した」

「健人…」

「だから、あの子が潰れないか…心配なんだ」

玲奈ちゃんは優しく微笑んだ。

「健人って、本当に優しいんだね」

「別に」

「でも私は健人のそういうところ、好きだよ」

玲奈ちゃんは立ち上がった。

「健人。私たちは、全力でぶつかる。それが、あの子への敬意だと思う」

「……それもそうだね」

「それに」

玲奈ちゃんは振り返った。

「優太と彩葉にも、全力でぶつかる。それが、私たちにできることよ」

「ああ」

僕も立ち上がった。

「明日から、本気で行くよ」

「了解」

玲奈ちゃんが部屋を出ようとした時、振り返って言った。

「健人」

「何?」

「葛西蒼って名前…『蒼い目』って感じよね」

急に理由のわからないことを言う玲奈ちゃん。

「どういうこと?」

「『Red eyes』に対して、『Blue eyes』」

玲奈ちゃんは少し笑った。僕はすぐに納得した。

「健人の赤と、あの子の蒼。どっちが勝つか…楽しみだね」

「ああ、そうだね」

僕も頷いた。

「でも負けないよ、僕らは。絶対に…ね」

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