第35話
一次審査から4週間が経った5月25日、二次審査の日となった。
二次審査も一次審査と同じように開催された。今回の二次審査で、『METROPOLARiS』はLumi♡Starというグループに、EmmaはNEON KNOTというグループに勝利した。
控え室は静まり返っていた。
モニターからは歓声が響いているのに、誰も画面を見ようとしない。
志歩の視線は床に落ちたまま動かない。ルナは腕を組んで天井を睨んでいる。
千佳だけがモニターを凝視していたが、膝の上で両手を強く握りしめていた。
画面の中で、優太くんがセンターで決めポーズを取る。
僕は思わず目を閉じた。9ヶ月前、あの隣にいたのは僕だった。
「次は…Emma…だね」
誰かが呟いた。
何か言わなければ。
口を開きかけて、やめた。喉の奥で言葉が固まって出てこない。
「乃木さん」
志歩が、こちらを見ている。
「大丈夫、ですか?」
「...ああ」
プロデューサーの顔を作る。
控え室のモニターには、『NEON KNOT』に勝利したEmmaの姿が映し出されていた。優太くんと彩葉ちゃんが、疲れ切った表情でステージから退場していく。
重い沈黙が、控え室を支配していた。その時、扉がノックされた。
「失礼します」
そう言って、番組スタッフが中に入ってくる。
「乃木プロデューサー。最終審査に関しての説明がありますので、会議室までお越しいただけますか?」
「分かりました」
僕は番組スタッフの後をついていく形で会議室へ向かう。廊下の先から、見覚えのある足音が近づいてくる。
顔を上げると、優太くんと彩葉ちゃんだった。
優太くんの足が、わずかに止まりかける。
僕も立ち止まりそうになった。だが、足を動かし続けた。
すれ違う瞬間、優太くんと目が合った。
唇が動く。何かを言おうとしているのか。
でも、声は出なかった。僕も、何も言えなかった。
そのまま背中合わせに、お互い歩き続ける。
廊下に響く足音だけが、やけに大きく聞こえた。
会議室に入ると、中には番組プロデューサーの大島さんが座って待っていた。
「乃木さん、お待ちしておりました。どうぞ座ってください」
僕が椅子に腰掛けると、大島さんが資料を配ってくれた。
「では、最終審査についての説明をします」
「最終審査の日程は6月8日、日曜日を予定しています。そして会場は……」
大島さんが一拍置いた。
「日本武道館です」
日本武道館。
その言葉を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
握っていたペンが、かすかに震える。
あの会場は、Emmaがデビューした場所だ。
何度もライブを重ねた、僕たちの聖地だった。
そして、僕がEmmaのメンバーとして、最後に立った舞台でもある。
「乃木さん?」
大島さんの声で、我に返った。
「どうかされましたか?もしかして…」
「いえ…なんでもありません」
「……そうですか。では、再開します。形式は今まで通りです。観客票と審査員票で勝者が決まります。ですが、今までと規模が違います。観客は10000人で、審査員は10名。そして…」
一呼吸置いてから話し始める。
「この最終審査の様子は、生中継で全国ネットに放送されます。ここからが今までと違うところです。今までは、審査員票と観客票だけでしたが、今回は『視聴者票』、と言うのも加わります。言い換えると、日本全国が審査員、と言うことになりますね」
日本全国が、審査員。
その言葉の重みが、じわじわと胸に広がってくる。資料を持つ手が、少し汗ばんでいた。
「説明は以上になります。何かご不明な点はありますか?」
「……いえ、特にありません」
「では、詳細な事は後日メールにてお知らせします。乃木さん、頑張ってください」
僕は大島さんに一礼をして会議室を後にする。
そして、7人のいる控え室へ戻ってきた。入ると7人が飛びついてきた。
「乃木さん、どうだった?」
志歩が心配そうに聞いてくる。
「日程は2週間後の日曜。会場は……日本武道館だって」
日本武道館というワードを出した途端、控え室内の空気が一気に変わった。
「武道館…!?」
初歌ちゃんと玲奈ちゃんが同時に驚く。
「マジか……」
ルナが小さく呟く。
日本武道館と言えば、アイドルなら一度は憧れる、言わば『聖地』と呼ばれる場所だ。
「しかも、それだけじゃないんだ」
「それだけじゃない、とは?」
菖蒲さんが控えめに不安げに聞いてくる。
「今回の内容は日本中に生中継されて、それに視聴者票というのが加わる。つまり…」
志歩が息を呑む。
「日本中が私達のことを見守る、って事だよね…?」
「そういうこと。今までとはスケールが大きく違ってくる」
しばらく沈黙が流れた。緊張なのか、恐れ慄いているのか。
7人からは、そんな各人各様な表情が読み取れた。
「ねえ、健人」
玲奈ちゃんが、珍しく真剣な表情で言った。
「武道館って…」
「私達5人が、最後に一緒に立った場所だよね」
初歌ちゃんが続ける。
その言葉に、僕は頷いた。
「……ああ。5人でのラストライブだった」
「私…」
千佳の声が、静まり返った控え室に落ちた。
「あのライブ、行ったんだ」
一瞬、誰もが息を呑んだ。
僕は千佳を見た。
彼女の目は、モニターに映った武道館の客席を見つめている。
「行ったの?」
「うん。スタンド席の、一番後ろ」
千佳の声が少し震えている。
「5人全員が、すごく輝いて見えた」
千佳の目が、少し潤んでいた。
「健人くんが『Red eyes』歌ってる時、鳥肌が止まらなくて」
千佳が玲奈ちゃんと初歌ちゃんを見る。
「初歌ちゃんが『約束の歌』歌ってる時も、涙が止まらなかった」
「玲奈ちゃんのダンスもすごくかっこよくて」
初歌ちゃんが少し照れたように微笑む。
「『約束の歌』、何十回も聞いたって言ってたもんね」
「うん!大好きだった」
千佳が頷いた。
「でも、まさかその3ヶ月後に健人くんがクビになって、2人も脱退するなんて、思ってもみなかった」
千佳の声が震える。
「あんなに素敵なライブだったのに…」
「千佳…」
玲奈ちゃんが優しく声をかけた。
「でも今」
千佳が顔を上げた。
「まさか、あのライブを見に行った私が、健人くんと初歌ちゃんと玲奈ちゃんと一緒に、武道館のステージに立てるなんて」
千佳の目から、涙が一筋流れた。
「夢みたい…」
「じゃあ、今度は一緒に」
玲奈ちゃんが千佳の肩に手を置いた。
「あの武道館に立とう。ステージの上で」
千佳が涙を拭った。
顔を上げたとき、その目は笑っていた。
「うん。絶対に」
僕は7人を見渡した。
「客席で見たあのライブを……」
一呼吸置いて、続けた。
「ステージの上から、超えよう」
千佳が微笑んだ。
「そうだぜ」
ルナが玲奈ちゃんと千佳の肩を叩いた。
「これはお前らだけの戦いじゃねえ。アタシらも一緒だ」
「私達も」
綾乃さんと菖蒲さん、志歩が頷く。
「7人で、武道館に立つんです」
菖蒲さんが言った。
あの武道館ライブから、約9ヶ月。
あの日、客席にいた千佳が、今は僕の隣にいる。
「じゃあ」
僕は深呼吸をした。
「今度は、新しい『METROPOLARiS』として武道館に立とう」
「そして千佳が見たあのライブを超える、最高のステージを作ろう」
「うん!」
7人が力強く頷いた。
「よっしゃ!」
ルナが拳を突き上げた。
「なら、やってやろうじゃん!武道館を、アタシらの色に染めてやろうぜ!」
「ですが…」
菖蒲さんが冷静に言う。
「相手はEmma。いくら堕ちても国民的アイドルという看板は、まだ強いと思われます。知名度的な面では、Emmaが圧倒的に有利です」
その言葉に、また控え室が静まり返る。
「でもさ」
初歌ちゃんが口を開いた。
「2人だけで武道館のステージを埋めるのって、すごく大変だよ」
「どういうこと?」
志歩が聞く。
「7人いれば、フォーメーションもダンスも華やかにできる」
玲奈ちゃんが答えた。
「でも2人だけだと、ステージが寂しく見える。特に武道館みたいな大きい会場だと」
「千佳ちゃんが見た、あの武道館ライブも、5人いたから迫力があった」
初歌ちゃんが続ける。
「優太くんと彩葉ちゃんだけで、あの迫力を出せるかどうか…」
「だから、私達にもチャンスはある」
その言葉に、僕は頷いた。
「みんな。正直に言うと、僕も複雑だ。武道館で、かつての仲間と戦うことが」
7人が黙って僕を見つめている。
「でも、みんなとなら戦える。いや、勝てる」
「あと2週間。この2週間で、今まで以上に練習する。7人だからこそできる、最高のパフォーマンスを作り上げる」
「千佳が客席で見たあのライブを超える、最高のステージを作ろう」
「ついてこれる?」
僕がそう聞くと、7人が一斉に頷いた。
「当たり前でしょ!」
千佳が力強く言った。
「あの時、私は客席で泣きながら見てた。今度は、ステージで笑いながら歌うよ」
その言葉に、僕も笑った。
「よし」
僕は立ち上がった。
「じゃあ、今日から特訓だ。覚悟はできてる?」
「はい!」
7人の声が、控え室に響いた。




