表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイドル育成計画  作者: 夜明天
第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/37

第27話

一次審査の5日前。

練習場のドアを開けた瞬間、違和感が背筋を這った。いつもスピーカーが置いてある右奥のスペースががらんと空いていて、代わりにマイクスタンドが無造作に入口近くに寄せられている。

「これ、誰か動かした?」

「えー? 知らないけど」

玲奈ちゃんが眉をひそめて、機材の周りを見回す。

「私、一番乗りだったけど、来たときからこうだったよ。気持ち悪いね」

その声のトーンが、いつもより少し高い。彼女も不安を感じているんだ。

音響チェックを始めると、スピーカーから「ジジジッ」という耳障りなノイズが断続的に割り込んでくる。声を出すたびに、まるで何かが引っ掻くような不快な音が重なった。

「これ、壊れてる?」

志歩がマイクを軽く振ると、今度は「ブツッ、ブツッ」と音が途切れた。

「使えないことはないけど、本番でこれは……」

修理に連絡すると、「今日中の修理は無理」との返事。

「予備のマイクは?」

「そんなのないだろ」

おかしい。こんなタイミングで全部?

「乃木さん」

菖蒲さんが僕の肩を叩いた。

「これ、偶然ではないと思います」

「……そうだね」

江ノ島の仕業だ。間違いない。

あの人は昔からこういうやり方をする。直接手を下さず、じわじわと追い詰めてくる。13歳の時、僕は彼女のそのやり方に屈した。

「どうするの?」

初歌ちゃんが不安そうに聞いた。

「もちろん練習は続ける。マイクなしでも、体に振り付けを叩き込ませる」

「でも、本番は?」

「なんとかするよ」

僕は笑顔を作った。

「大丈夫。僕達には、歌がある」

その言葉に、みんなが頷いた。

その夜、僕は1人で事務所に電話をかけた。

「もしもし。マイクの事で電話させていただいたのですが——」

「ですから、明後日では間に合わないんです!」

電話口の担当者は「規定ですので」の一点張りだった。僕は額に手を当てて、深呼吸する。感情的になったら負けだ。

「分かりました。では、レンタル会社を3社ほど、紹介していただけますか? そちらに直接かけます」

粘り強く交渉を続けて30分。ようやく「特例として」という言葉を引き出せた。

電話を切って、僕は大きく息を吐いた。

その瞬間、スマートフォンが震えた。また非通知からの着信。

心臓がドクンと跳ねる。僕には着信を無視できなかった。

「もしもし」

『頑張ってるみたいね、健人くん』

あの声だ。低く、蜜のように甘い江ノ島の声。

「何の…用ですか…?」

喉が渇いた。唾を飲み込むと、自分の心臓の音が耳に響く。

落ち着け、と自分に言い聞かせる。

『用?ないわよ。ただ、応援してるって伝えたくて』

「……ありがとうございます」

『本番、楽しみにしてるわ』

「ええ」

僕は窓ガラスに映る自分の目を見つめた。自覚はなかったが、体は正直に苛立ちを覚えているらしい。

「期待していてください」

言葉が、思ったより真っ直ぐ出た。

「僕達の、全てを見せますから」

電話を切り、スマホを握る手を見る。

手は震えていない。

あの時、13歳の僕は、この人のせいで全てを諦めようとした。もう二度と舞台に立たないとも考えた。

「でも、今は違う」

小さく呟いて、僕は明日の最終調整メニューをノートに書き始めた。

***

一次審査の3日前。

最後の通し練習。

「よし、もう1回!」

僕の声に、7人が位置につく。音楽が流れる。

『SHAKE! SHAKE! SHAKE!』

まだ完璧じゃない。でも、2週間前とは比べものにならないくらい、成長していた。

曲が終わる。数秒の沈黙の後、僕は拍手した。

「みんな、最高だよ」

そう言った後、みんなが笑顔になった。

「よし、今日はここまで。明日は軽めの調整だけ。本番前日は完全休養」

「了解!」

みんなが荷物をまとめ始める。

「健人」

ルナが僕のところに来た。

「あのさ、本番終わったら、お前何かするつもりだろ?」

「……どうして?」

「分かるよ。ずっと一緒にいるんだから」

ルナは真っ直ぐ僕を見た。

「その時は、アタシらも一緒だから」

ルナが僕の肩を掴む。

「1人で抱え込むなよ。健人、そういうとこあるから」

「……ルナ」

「何、お礼とか言うなよ。仲間だろ」

ルナが少し照れたように視線を逸らした。

「ありがとう、ルナ」

「……うるせえ」

ルナがぶっきらぼうに、ポンと僕の背中を叩いた。

「じゃ、明日な」

ドアが閉まる。

1人になったスタジオで、僕は鏡に映る自分を見つめた。

あと3日、あと3日で、全てを変えるんだ。

僕は深呼吸して、電気を消し、外に出た。

外に出ると、街灯の少ない路地に、わずかな星明かりだけが降り注いでいた。まだ少し肌寒い春の空気を深く吸い込む。

見返してやる、絶対に。必ず、僕達の手で。

僕は夜の静寂(しじま)に包まれた秋葉原を歩き始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ