表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイドル育成計画  作者: 夜明天
第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/37

第25話

僕はサンケーテレビからの帰り、新橋(しんばし)行きのゆりかもめに揺られながら、携帯の画面を見つめていた。

検索窓には「23時、舞踏会にて。メンバー」と入力されている。

一次審査の対戦相手。

彼女達を見た瞬間、僕は気づいてしまった。

あの動き。あの声。

15年前、まだ僕が子供だった頃、事務所で見た彼女達、『シンデレラガールズ』。

そして、彼女達をプロデュースしていたのは、江ノ島裕美(えのしまひろみ)

その名前を思い出した瞬間、僕の手が震えた。

スマートフォンを取り落としそうになる。

違う。落ち着け。

もう13歳の、あの時の僕じゃない。23歳だ。プロデューサーだ。

でも、胸の奥で、不安が渦巻いている。

まさか、また——

廊下で声をかけられたのは、2日前の収録が始まる直前だった。

「久しぶりね、健人くん」

体が凍りついた。

江ノ島裕美。15年ぶりに聞くその声に、首筋が疼いた。

「今度、ゆっくりお話ししましょう」

彼女は微笑んだまま、僕の横を通り過ぎていく。

震えている僕を、千佳が心配そうに見ていた。

電車の揺れが僕を正気の世界へと戻す。ゆりかもめの窓に映る自分の顔は、青ざめていた。

***

2日後の土曜日、僕は7人を店に集めた。

「転生?」

ルナが片膝を立てて座る。

「名前を変えて、別のグループとして再デビューすることですよ。」

菖蒲さんが答えた。

「しかも、対戦相手は『シンデレラガールズ』の転生グループかもしれないって?」

志歩が整理する。

「『シンデレラガールズ』って、元々うちの事務所だったんだよね〜」

玲奈ちゃんが言った。

「15年前、江ノ島裕美がプロデュースして…」

僕は言葉を切った。その名前を口にするだけで、喉の奥が渇く。

「4年後に事件が起きて、メンバーごと移籍した。」

「でも健人、『シンデレラガールズ』のメンバーって、私と玲奈が共演した時はもう20代後半だったよ?」

初歌ちゃんが首を傾げた。

「デビュー時で最年長は30歳手前。今は全員アラフォー近く」

「『シンデレラガールズ』?聞いたことあるよ〜!」

千佳がワイン片手に現れた。頬が赤い。

「高校受験の時に聞いてたよ〜!」

「ああ、SHAKE! SHAKE! SHAKE!が流行ったのってそういえばその頃か。」

僕が頷いたのは千佳と玲奈ちゃん、初歌ちゃんくらいだった。他の4人は首を傾げている。

「13年前なんて、僕ですら小学5年だったんだよ?」

「……えっ!?」

僕が千佳の肩に手を置いて諭すように言うと、千佳はジェネレーションギャップで目を見開いた。

「話を戻そう。『シンデレラガールズ』は一発屋だった。2020年の活動終了まで、2発目のヒットは出せなかった。で、同じ時期に始動したのが『23時、舞踏会にて。』」

「公式は何も言ってないけど、ファンの間では両グループが同じメンバーだって暗黙の了解になってるんだ。」

「そして今回、相手の課題曲がSHAKE! SHAKE! SHAKE!だ。建前上は『持ち歌は使わない約束』だけど、『23時、舞踏会にて。』は『シンデレラガールズ』とは別グループ。つまり彼女達にとっては、歌い慣れた曲なんだ。」

「明らかに有利になるように仕組まれてる。」

沈黙。千佳のグラスの氷が溶ける音だけが聞こえる。

「でも、おかしいと思わない?ファンには周知の事実なのに、わざわざSHAKE! SHAKE! SHAKE!を課題曲に選ぶなんて。あまりにリスキーすぎる。」

「つまり…」

「何か大きな力が働いている。」

どう考えたって江ノ島が仕組んだに決まっている。

「江ノ島…」

玲奈ちゃんが小さく呟いた。

「あの人、まだ業界に影響力を持ってるの?」

その名前を聞いた瞬間、僕の体が強張った。呼吸が浅くなる。

首筋に、あの時の感触が蘇る。

「乃木さん?」

志歩の声が遠くに聞こえる。

深呼吸。もう一度。

「ああ…あいつは、まだ業界にいる…」

テーブルの下で、僕は太ももを強く掴んでいた。

「え、健人会ったの?」

「…うん。2日前、テレビ局で…」

『久しぶりね、健人くん』

あの笑顔。あの声。

僕の体は、13歳の時と同じように凍りついた。

「その話はまた今度でいい…?」

今はまだ、言えない。

「どうするの?このまま不利な条件で戦うしかないの?」

志歩が身を乗り出した。

「証拠を掴む。江ノ島が裏で糸を引いてる証拠をね。」

「でも、どうやって調べるんだよ。あたし達、そんなコネもないだろ。」

ルナが眉をひそめた。

その時、僕のスマートフォンが震えた。

見知らぬアドレスからのメールだった。

『乃木健人様。お話があります。今夜、お店に伺ってもよろしいですか? 23時、舞踏会にて。元マネージャー』

「罠かもしれないよ?」

スマホを覗いてきた志歩が警戒する。

「でも、情報が欲しいのは事実だ。」

夜9時。約束より30分早く、その人は現れた。

30代半ば、ベージュのカーディガンを着た女性。店内を見回す目が落ち着かない。

「『METROPOLARiS』プロデューサーの乃木健人さん、ですか?」

「はい。」

「私、『23時、舞踏会にて。』の元マネージャーです。」

どうやら罠じゃなかったようで、志歩の手が止まった。

「収録の日、控え室で江ノ島社長とサンケーテレビの浜町(はまちょう)プロデューサーが話しているのを偶然聞いてしまって。『課題曲はこれで決まりね。健人くんのグループなんて敵じゃない』って。」

彼女がバッグから封筒を取り出す手が、小刻みに震えている。

「2ヶ月前に辞めたんです。でも、黙っていられなくて。」

僕は椅子を引いて、彼女に座るよう促した。

「江ノ島社長と浜町(はまちょう)さんとのメールです。」

女性が書類を読み上げる。

「『課題曲はSHAKE! SHAKE! SHAKE!で決定。審査員の件も任せて——』」

その瞬間、視界が歪んだ。

——『健人くん、いい子ね』

練習室。13歳の僕。首に回された手。

『秘密、守れるわよね?』——

「乃木さん?」

菖蒲さんの声で、僕は現実に引き戻された。冷や汗が背中を伝っている。

「すみません」

女性が僕を見た。

「あなたも…江ノ島社長に、何かされたんですか?」

沈黙。

「その顔は、メンバーたちと同じです。社長に傷つけられた人の顔。」

僕は何も答えられなかった。

「だから」

女性は真っ直ぐ僕を見た。

「あなたにこそ、この証拠を使って欲しい。告発してください。」

「待ってください。」

菖蒲さんが手を上げた。

「リスクを整理しましょう。」

「そんなの後でいいだろ!」

ルナが遮る。

「今大事なのは、健人がどうしたいかだ。」

「でも、告発したら健人、またあの人と向き合うことになるよね…」

初歌ちゃんが不安そうに言った。

「でも健人の決めたことに、私達は従う、よ」

綾乃さんが僕の肩に手を置いた。

「無理しなくていいんだよ。」

千佳が優しい声で言った。

みんなが、僕を見ている。その目には、信頼があった。

「告発は、しない。」

「え?」

女性の声が裏返る。

「今は、まだ」

僕は封筒を見つめた。

「あいつと対峙するには、僕はまだ…」

言葉が出てこない。

「逃げてもいいんだよ。」

千佳が静かに言った。

「僕は…逃げてない。」

即座に反論して、でもそれが嘘だと分かっていた。

沈黙。

「……逃げてるのかもしれない。でも、今あいつと戦ったら、僕はまた壊れる。だから、今は実力で勝つ。それで自信をつけてから、もし必要なら…」

「その時は、アタシらも一緒に戦う」

ルナが遮った。

あの時以来もう一度、僕は泣きそうになった。

「この証拠は持っておきます。そして、僕たちは実力で勝つ。」

手が震えている。でも、これは恐怖だけの震えじゃない。

「もし負けたら?」

志歩が聞いた。

「その時は告発する。でも、できれば使いたくない。正々堂々勝ちたい。」

ルナがニヤリと笑った。

「そうこなくっちゃ」

女性が立ち上がった。

「分かりました。でも、もし何かあったら連絡してください。」

扉が閉まる。ベルの音が遠ざかる。

その夜、スマートフォンが鳴った。非通知着信。

嫌な予感がした。でも、無視できなかった。

「もしもし」

『久しぶりね、健人くん。』

心臓が止まりそうになった。

「……江ノ島さん」

『私のとこの元マネージャー、あなたに会いに行ったそうね。可哀想に、あの子も病んでしまって』

「何の用ですか。」

『用?ないわよ。ただ、昔の教え子が頑張ってるって聞いて、応援したくなっただけ』

優しくて、冷たい声。

『SHAKE! SHAKE! SHAKE!、いい曲でしょう?あなたにも思い出深い曲だものね。13歳の時、あの練習室で何度も聴いたわよね?』

息ができない。首筋が熱くなる。

『じゃあね。本番、楽しみにしてるわ』

電話が切れた。

僕は震える手でスマートフォンを握りしめた。

壁に背中を預けて、床に座り込む。膝を抱えて、目を閉じた。

深呼吸。1回、2回、3回。

千佳の声が蘇る。『逃げてもいいんだよ。』

ルナの声が蘇る。『アタシらも一緒に戦う。』

僕はもう1人じゃない。もう、13歳の僕じゃない。

「よし」

僕は立ち上がった。

握りしめた拳は、まだ震えていた。でも、今度は恐怖だけじゃない。

窓の外、夜の街に目をやる。

次に会う時、僕は彼女の目を見て言えるだろうか。「もう、あなたを恐れない」と。

その答えは、まだ分からなかった。

でも、少なくとも今は、戦う理由がある。

「待ってろよ、江ノ島裕美。」

小さく呟いて、僕は明日の練習メニューを考え始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ