第二-二話
私は綾瀬彩葉。Emmaの新リーダーになった。
今日は本当に清々しい気分だ。あの忌々しい乃木健人が、昨日ついにグループをクビになったからだ。これで私たち4人だけで、本当の意味でのEmmaが始められる。
そんな晴れやかな気持ちで、私たちはいつものレッスンスタジオに向かった。健人がいない分、スタジオも広く感じる。ボイストレーナーから楽譜を受け取った時、違和感を覚えた。いつもなら楽譜の余白にびっしりと書き込まれているはずの細かな指示が、今日は真っ白だった。
「なんか...いつもと違くないか?」
優太が楽譜を見比べながら首をひねる。
「あ、本当だ。いつものアドバイスが書いてない」
初歌が気づいて声を上げた。玲奈も自分の楽譜を確認して、困惑したような表情を見せる。
「私のにも何も書いてない...ちょっと!どういうことですか?」
「アドバイス?そんなの一度も書いたことないけど?」
ボイストレーナーはきょとんとした表情で答えた。
え?私たちは顔を見合わせた。そんなはずはない。
「でも、いつも楽譜にブレスの位置とか...」
「漢字の読み方とか、細かく書いてくれてたじゃないですか」
「そんなのなくてもやるのがプロでしょう?」
「うっ…」
正論だった。
レッスンが終わると、ボイストレーナーが厳しい表情で私たちを見た。
「綾瀬、上原。今日は全然ダメだったな。これまで乃木に指導されてきたこと、全く活かせてないじゃないか」
優太の顔が青くなる。
「でも赤坂と湯島は...まあ、完璧じゃないが、前よりはマシになってる。その調子で頑張れ」
初歌と玲奈がほっとした表情を見せる中、私の頭の中でパズルのピースが繋がり始めた。
(まさか...)
そうだ。健人はいつも誰より早くスタジオに来ていた。楽譜も健人が用意していた。そして今、ボイストレーナーは「乃木に指導されてきたこと」と言った。
(健人が...あいつが私たちのために...)
思い返せば確かに健人は毎回、誰よりも早くスタジオに来ていた。そして楽譜を配っていた。私たちはそれを当然のことだと思っていた。リーダーなんだから当たり前だと。
でも違った。健人は私たち一人ひとりの弱点を把握して、個別にアドバイスを書き込んでくれていたのだ。私のブレスの癖、初歌、玲奈の音程の不安定さ、優太の漢字の読み間違い...
気づかないうちに、私たちは健人に支えられていた。
そして私たちは、その健人を...
スタジオを出る時、私は振り返った。いつも健人がいた場所は空っぽだった。
その時はまだ知らなかった。これが私たちEmmaの本当の実力で、これから待ち受けている現実がどれほど厳しいものなのかを。
健人という支えを失った私たちが、どこまで転落していくのかを...