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アイドル育成計画  作者: 夜明天
第3章

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第24話

全員が入場し終わった。伊達メガネとマスクを身に着け、スタジオに足を踏み入れた。 『23時、舞踏会にて。』の9人が、地下アイドル用のパイプ椅子ではなく、元人気グループの席に座っている。

僕は彼女達の事を地下アイドルだとばかり思っていたから、少し驚いた。

今回出場しているアイドルグループの中では、実績は『Emma』がもちろん上である。そのためか、8組のグループと扱いが別である。

スタジオは3つの階層に分かれていた。最前列、『Emma』の2人が座る深紅のベルベットソファには、天井からスポットライトが注がれている。その後ろ、革張りの椅子は柔らかな間接照明に包まれ、元人気グループの面々がゆったりと座る。そして最後列——薄暗がりの中、金属パイプの折り畳み椅子がカタカタと軋む音が聞こえた。『METROPORALiS』を含む地下アイドル達が、身を寄せ合うようにして座っていた。

演出だと分かっていても、無意識に拳を握っていた。爪が掌に食い込む。

彩葉ちゃんが髪をかき上げ、周囲を見渡す。その目は、まるで展示品を眺めるようだ。

「井の中の蛙だな」

呟きは、誰にも聞こえなかったはずだ。この番組で彼女達は頂点かもしれない。だが、それもこの中だけだった。

「それでは、審査のルール説明をしたいと思います。」

司会のベテラン男性アイドルが一次試験のルールを話し始める。

「一次試験は1対1のグループ対決です」

司会者が身振りを交えて説明する。

「同じ曲でパフォーマンスしていただき、視聴者とスタジオ観覧者の投票で勝者を決定します」

彼は間を置いて、最後列の地下アイドル達を見渡した。

「地下アイドルの皆さん、勝てば——」

司会者が元人気グループの座る椅子を指さした。

「この席に座れます。ただし、過半数を取れなければ、その時点で脱落です。」

地下アイドルには厳しいルールだ。だが、彼女達なら問題ないはずだ。

「さあ、今回の目玉『Emma』のお二人、元メンバーも参加していますが、自信はありますか?」

司会者がそう言って2人に話を振る。

「当然です。」

優太くんの答えに、彩葉ちゃんが畳みかけるように言った。

「今宣言します。今回、私達が絶対優勝します。」

スタジオ内がどよめく。僕は小さく息を吐いた。

「それでは、披露してもらいましょう!レッツスタート!……はい、カット」

司会者の声でカメラが止まる。これから各グループの紹介VTRが流れ、その後1曲パフォーマンス。今回は、各グループの実力を測る顔見せに過ぎない。 僕は『Emma』の2人を見つめた。この後、この2人は何を見せてくれるのだろうか。

まず、パフォーマンスをするのは『23時、舞踏会にて。』

『23時、舞踏会にて。』の9人が立ち上がり、ステージへと向かう。全員、仮面舞踏会で着けるようなベネチアンマスクを着けており、素顔が完全には分からない。

ただ、僕は9人全員をどこかで見た事がある気がした。

そんな事を考えていると、イントロが終わった。ダンスの隊形移動は滑らかだ。

ただ、センターの3人以外は声が細い。特に左端の3人は、振り付けをこなすので精一杯らしく、口の動きと音がずれている。そして、右の3人はダンスはおぼついてないが、歌は上手いと思った。僕は素直に拍手を送った。

プロデューサーが誰であろうと、ステージで努力している彼女達に敬意を払いたい。

ふと観客席を見ると、一角でスーツ姿の男性がメモを取っていた。局の人間とは違う、落ち着いた佇まい。彼の視線は、ステージだけでなく、各グループのプロデューサー席も捉えているようだった。

「さてさて、1組目のパフォーマンスが終わりましたが、『Emma』のお二人はどう思いましたか?」

「すごいですね。ダンスがしっかりと練り上げられているように思いました」

優太くんの声は穏やかだった。だが彩葉ちゃんは、爪を見ながら言った。

「まあ、良いんじゃないですか?」

スタジオが一瞬静まり返る。彼女の目は、一度もステージを向いていなかった。

そこから6組がパフォーマンスをしたが、『23時、舞踏会にて。』を超えるアイドルは現れなかった。

そんなこんなで残りも『Emma』と『METROPORALiS』の2組だけとなっていた。

もちろん、『Emma』は大トリを務めるだろうから、必然的に次は『METROPORALiS』の番となるだろう。

6組目のパフォーマンスが終わった。次は『METROPORALiS』の番だ。緊張をほぐすため、僕は廊下の自販機でコーヒーを買いに出た。

「次のグループ、どうせ『Emma』の引き立て役だろ。元メンバーが2人いるけど。」

「目立ってんのもその2人だけだしな」

観客席エリアの担当スタッフだ。僕は缶を握りしめた。指に食い込む金属の冷たさで、なんとか理性を保つ。

照明が落ちた。スポットライトが7人を照らす。

王道アイドルの衣装が、まぶしいほどに輝いた。

フォーメーションの完成と同時に、玲奈ちゃんが僕を見た。続いて初歌ちゃんも。そして他の5人も、一瞬だけ、確かに僕の方を向いた。

――見ていてください。

声は聞こえなかった。それでも、彼女達の視線は、そう語っていた。

僕が小さく頷く。玲奈ちゃんの目が細くなった。初歌ちゃんが唇を噛む。そして7人全員が、ほんの一瞬、同時に顎を引いた。まるで何かのスイッチが入ったように、彼女達の表情が引き締まる。

イントロの軽やかなシンセサイザーが流れた瞬間、ルナが息を吸い込む。次の瞬間、会場の空気が振動した。可愛らしい曲調から想像もつかない、腹の底から響く低音のシャウト。スピーカーが軋むような音圧に、最前列の観客が思わず身を引いた。

「や、やべぇぞ」

「お、おい!こいつら何者なんだ!?」

スタッフの2人は、手のひらを返すように『METROPORALiS』におののいていた。

僕は伊達メガネとマスクを外した。

「彼女達は、『METROPORALiS』です。私が育てました。」

2人の顔から血の気が引く。

「なっ…!あなたは…」

「乃木…健人さん!?」

「僕のことはどうでもいいです。彼女達を見てあげてください。」

そして、2人に促す。

パフォーマンスが終わった瞬間、僕は拳を握りしめた。

「やった」

小さく呟いた声は、スタジオの拍手にかき消された。カメラはまだ7人を追っている。

彼女たちの表情は、やり切った満足感に満ちていた。

「いやぁ~…圧巻のパフォーマンスでしたね…さあ、『Emma』のお二人、どう思いましたか?」

「流石、としか言いようがありませんね。特にうちの元メンバー、初歌と玲奈のパートがすごかったですね。」

「まあ、練習は積んだみたいですね。でも所詮、玲奈と初歌頼みでしょう?」

観客席から、誰かが息を呑む音が聞こえた。カメラマンの手が一瞬止まり、司会者が次の言葉を探すように口を開閉する。空気が重く、動かなくなった。

彼女の性格からは似ても似つかないビックマウス発言。優太くんが一瞬、彩葉ちゃんの方を見た。

その目には、何か言いたげな光があった。

『Emma』の2人がステージに立つ。

今まで5人で支え合ってきた彼らが、2人だけでこの大舞台に立つ。彩葉ちゃんの傲慢さは鼻につくが、それでも彼女達がどれほどのプレッシャーを感じているか、僕には分かる。

流れてきたのは"Red eyes"だった。

5人時代の曲で、冒頭の「Okay! Let's go!」は、僕のパートだった。ステージに上がる前、いつもこのフレーズを心の中で唱えた。緊張を断ち切り、ライブの成功を願う、僕だけのおまじない。

そして今、彼女たちがこの曲を選んだ。偶然か、それとも…

そんな事を考えていると、イントロが終わる。

1、2、3——彩葉ちゃんの唇は、動かなかった。

半拍の沈黙。

カメラマンが僅かに体を乗り出す。隣のスタッフが息を止める。

そして彼女の口が、慌てたように開いた。既に音は流れ始めていた。声が、オケから半拍遅れて追いかける。

スタジオの空気が一瞬で変わった。さっきまであった期待が、音を立てて崩れていくのが分かった。

慌てて足を踏み出すが、隊形移動のタイミングも過ぎている。

優太くんが素早く動き、何か囁く。彩葉ちゃんの表情が引き締まり、次のステップからはリズムに乗り始めた。

後ろで、誰かが小さく舌打ちをした。振り返ると、局のプロデューサーが腕を組んだまま、じっと舞台を睨んでいた。

この企画は、復活を目指す元人気グループに有利な設定だ。彼らが地下アイドルに勝つことで話題を呼ぶ——それが番組の狙いだろう。

その最有力候補が『Emma』だった。一度失った輝きを取り戻し、再び頂点へ。

スタジオにいるスタッフ全員が、そのシナリオを期待していたはずだ。

だが彩葉ちゃんのミスが、その筋書きを揺るがした。

同時に、『Emma』の真価も問われていた。ミスをした時、2人だけで立て直せるのか。

優太くんは彩葉ちゃんを支えられるのか。

実際、彩葉ちゃん1人では、パフォーマンスを立て直せなかった。優太くんのフォローがなければ、『Emma』は終わっていただろう。

最後まで、パフォーマンスを終えた『Emma』は俯き加減の彩葉ちゃんを優太くんが支え、足早に自分の席へ戻っていった。

「すみません、『METROPORALiS』のプロデューサーの乃木健人さんですね?」

後ろから声をかけられる。振り向くと、さっき観客席でメモを取っていた男性が立っていた。

「はい、そうですが…?」

「私、サンケーテレビ制作局のプロデューサーを務めています、森下裕之と申します」

男性の目は、まっすぐ僕を見ていた。社交辞令ではない。本気の眼差しだった。

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