第23話
完全に気持ちを落ち着かせ、僕は7人を集めて最終確認をしていた。
「『METROPOLARiS』の入場は4番目、つまり地下アイドル組の中で最後に紹介される事になる。そこで一発かまして、一気に観客の気を引く。そして入って左側、カメラが置いてある。カメラ目線で、最高に可愛い笑顔。分かった?」
7人全員が頷く。
「Okay! Let's go!」
「健人ってさ、『Emma』の時からずっとそうやって言ってるよね、なんで?」
初歌ちゃんが聞いてくる。
「ライブが成功しますように、っていうおまじないみたいなもの」
「なんかそれ厨二っぽくない?」
「今さらだけどね」
玲奈ちゃんも冷やかす。
「それってもしかして、"Red eyes"の歌詞?」
千佳が嬉しそうに言った。
「お、気づいた?」
「もちろん!ライブ映像で何回も見てたし、MCでも言ってたじゃん!」
千佳の瞳が輝く。
「へ〜、そうだったんだ〜」
「全然興味なさそうじゃん…あの頃から変わってないな」
興味なさそうに返事する玲奈ちゃんと初歌ちゃんに、僕はツッコミを入れる。
ほどなくして、スタッフが7人を呼んだ。僕は舞台裏のモニターから彼女達を見守る。
入場し終わった7人は、カメラの前で最高の笑顔とウインクを見せた。
今日は調子が良さそうだ、とそう思った矢先だった。
「健人…?」
背後から名前を呼ばれ振り返ると、『Emma』のメンバー、綾瀬彩葉が立っていた。
「彩葉…ちゃん…?」
「『METROPORALiS』って、あなたがプロデュースしてたんだ」
彩葉ちゃんは僕の隣に立ち、モニターを見つめた。
「そうだよ。僕が、1からプロデュースしたアイドルだ」
横顔を見ると、左頬に青紫色のアザ、右の瞼には切り傷など、顔に痛々しく傷がついていた。
「……その傷、どうしたの?」
「ああ、ちょっとね。格闘技番組に出たら、こんなボコボコにされちゃってね…」
彩葉ちゃんは傷を撫でながらそう言う。
「お〜い、彩葉。水買ってきた…」
声の主は、そこで言葉を止めた。手からペットボトルが滑り落ち、床で跳ねる。
「健人…だよな?」
『Emma』のもう1人のメンバー、上原優太が驚きの表情で立ちすくんでいた。
優太くんも同じ格闘技番組に出演したのか、顔に絆創膏がいくつか付いていて、体に青アザもできていた。
「ああ。まさか、ここで会うとはね。」
久々の再会に、僕は2人に切り捨てられたあの日の怒りを思い出した。
優太くんはバツが悪そうにこちらを見た。
「なあ、俺達が悪かった。お前を追い出すような真似をして…あの時は本当にどうかしてた。ごめん。」
頭を下げる彼を見ながら、僕は思った。
(こんな平謝りで、僕の気持ちが揺らぐとでも?)
形だけは受け入れることにした。
「気持ちは受け取る。でも、あの出来事を許すことはできない。」
「分かってる。けど、俺達ももう限界なんだ。頼む健人、また『Emma』をやり直さないか?初歌や玲奈も一緒に!」
僕の中で、何かがはじけた。
「やり直す?」
僕は低く、静かに言った。
「冗談じゃない。2人が僕を追い出した後、どれだけ惨めな思いをしたか分かるか?僕がゼロからやり直すのがどれだけ大変だったか。それを今更、都合良く戻ってこいだと?」
声が震える。怒りで、ではない。悔しさで。
「僕を…甘く見るな!」
心の奥底で燻っていた感情が、全て吐き出された。2人は黙ったままだった。
やがて、スタッフが2人の事を呼んだ。
「行こう、優太。」
彩葉ちゃんが優太くんの腕を引く。彼女は何も言わず、ただ申し訳なさそうな表情でこちらを見ていた。
「じゃあ行ってくる、健人。」
「ああ、精々頑張ることだね。まあ、どこまで勝ち上がれるか、楽しみにしてるよ。」
「負けるもんか。俺達は、お前達を超える。」
「超えられるといいね。」
僕がそう言うと、2人はステージへ向かった。
その背中は、かつての輝きを失っていた。ただ弱々しく、小さく見えた。




