第20話
午後8時、コンセプトカフェ『METROPORALiS』の看板が消え、初日の喧騒が嘘のように静まり返った店内に、僕達の疲れた息遣いだけが響いている。疲れ切った7人を引き留めるのは心苦しいが、一早く今日、大島さんと話したオーディション番組の事を共有するため、みんなに残ってもらった。
「も〜疲れたよ〜」
千佳はそう子供のように言って、床に大の字になって寝っ転がる。衣装のスカートが短めなので、中まで絶賛公開中の破廉恥な姿だった。
「ねぇ、中見えてますけど?」
「見せパンだからいいんですぅ〜。大体、見せるためのパンツなんだから、いくらでも見せてやんよ!ほら、ほら!」
そう言って自ら恥を晒していく千佳の隣に菖蒲さんが座り、
「いけませんよ、千佳さん。はしたないです。」
と言って足を閉じさせた。
「流石、菖蒲さん。」
菖蒲さんは軽く会釈をしてくる。
千佳が一番顕著に現れているが、他の6人も同じくらい、顔に出していないが、疲れているように見える。手短に済ませなければ、みんな限界を迎えてしまうだろう。
「実は今日、店の営業中にテレビのお偉方が来たんだけど、アイドルグループのオーディションの番組を企てているらしい。そこにオファーが来た。」
千佳が勢いよく体を起こしてびっくりしたようにこちらを見て、
「嘘!?」
と大きい声を出した。残りの6人は、僕の突然の話に呆気にとられている様子だが、疲れを飛ばせる位の話題転換にはできたみたいだ。
「番組のコンセプト上、『地下アイドル対元国民的アイドル』っていう感じのものをやりたいそうだ。ただ、懸念してることがあって…」
「私達みたいな地下アイドル側は相手のかませ犬的ポジションになるのではないか、っていう事?」
玲奈ちゃんの的確な指摘に、僕は胸の奥でくすぶっていた不安が言語化されたような気がした。やはり彼女は鋭い、と思った。
「そうなんだよ。人気が下落してきたアイドルを再び上昇させるために、引き立て役になったり、悪く印象操作されて、そのままバイバイ、という事も十二分にあり得るんだ。」
「でもそれを乗り越えてこそ、アイドルの中心になれるんじゃねーのか?!」
ルナが目をキラキラ輝かせて言う。
「まあ、そう言う見方もあるかもね。あと、もう1つ懸念点があって…」
僕は一瞬言葉を詰まらせた。この名前を口にするのは、今でも胸が痛む。
「『Emma』が出演するかもしれないんだよね…。」
店内が静まり返った。エアコンの音だけが妙に大きく聞こえる。
さっきまでの疲労で重かった店内の空気が、一瞬で張り詰めた緊張感に変わる。
「えっ…!?」
その沈黙を破ったのは、玲奈ちゃんと初歌ちゃんの驚きの声だった。無理もない、去年の年の瀬に電撃で辞めたグループと共演するからだし、何より、僕がクビにされたグループでもあるからだ。あの時の屈辱が、今も胸の奥で黒い炎となって燻り続けている。
2人以外のメンバーも驚きのあまり、目が点になっている。そんな中、1番最初に反応したのは千佳だった。
「だったら絶対やるしかないじゃん!」
千佳の瞳に、今まで見たことのない真剣な光が宿っている。
「健人くんが一から育ててる私達が、健人くんを裏切った『Emma』に負けるわけにはいかないよ!」
「乃木さんの無念を晴らしましょう!」
と千佳に触発された志歩が強く、そして同意するように言う。
「敵討ち、だね。」
志歩の言葉に、綾乃さんの口元にかすかな笑みが浮かんだ。静かな声には、どこか愉快そうな響きが混じっている。
「そうですね。やるからには、徹底的にやりましょう。」
と綾乃さんに続けて、菖蒲さんが同じく静かに、だが強い意志を込めて言った。
「『Emma』の事、ボコボコにしてやろうぜ!」
そしてルナが勢いよく立ち上がり、天井に向かって拳を突き上げた。
僕の過去を薄くでも知っている5人が、それぞれ違った形で闘志を燃やしている。彼女達が僕のために怒ってくれているのが分かって、胸の奥が熱くなった。
同時に、彼女たちを巻き込んでしまう申し訳なさも感じている。
そんな彼女たちの様子を見て、玲奈ちゃんが苦笑いを浮かべながら、
「ハハハ…みんな本当にやる気だね…」
と言った。
初歌ちゃんも少し戸惑いながらも、
「うん、私たちも頑張らなくちゃ」
と言った。
「そうだね。」
僕は玲奈ちゃんと初歌ちゃんを見つめた。「ここはあの5人だけじゃなく、君たち2人の力も不可欠になる。そして、僕の力もだ。一緒に頑張ろう。」




