第13話
最初の練習から約3週間が経過した1月18日。2024年から2025年へと年は変わったが、僕たちのプロジェクトは始まったばかりだ。
今日も今日とて、スタジオで、円筒をマイクがわりに握りしめた彼女たちの歌声に耳を傾けた。汗ばんだ額を拭いながらも、真剣な表情で練習に取り組む姿を見届けた。
「うん、大分良くなってると思うよ。そろそろ人前で披露する頃合いだね。」
「しかし、1点だけ懸念していることがございます。このままライブを開催したとして、お客様は本当に来てくださるのだろうか、という点です。」
菖蒲さんがごもっともな事を口にする。
「確かに、そうだね。まずはライブとかで地道に知名度を稼いでいくか、もしくはTikTokで配信などして知名度を稼いでいくか、だね。」
「ホームページやSNSの公式アカウントすら開設しておらず、そもそもグループ名すら決定していないのではないでしょうか。」
「……あ、やべ。」
血の気が引き、胃の奥がキュッと縮む。衣装の発注、カフェの営業認可など他の重要事項に気を取られて、ホームページとSNSアカウントの開設をすっかり後回しにしてしまっていた。彼女たちの期待に満ちた視線が、プロデューサーとしての僕の責任を重く突きつけてくる。
「まあまあ、乃木さんも忙しかったことだし…!」
志歩が笑って僕のフォローをしてくれた。普通の笑いというより、苦笑といったところでのフォローだったが。
「でも、グループ名って急に言われてパッと思いつくもの?」
僕がそう言うと、千佳が手を上げる。
「“metropolis”っていうのはどうかな?理由は2つある。 1つ目が、“metropolis”って『中心地』って意味があるの。だから、私達がアイドルの中心的存在になれるようにって願いで…。」
「2つ目は?」
「みんな名前に地下鉄の駅名が入ってる。しかも全員東京メトロの。」
千佳が、ない胸を張ってドヤ顔でこっちを見てくる。
「確かに、すごい偶然。」
千佳の"山王"は溜池山王駅、志歩の"月島"も月島駅、ルナの"茗荷谷"も茗荷谷駅、そういえば、僕の"乃木"も乃木坂駅だ。
「まあ…いいんじゃない?健人もそんなに文句言うなら、なんか案出してみなよ。」
初歌ちゃんが至極真っ当な事を言ってくる。
「うっ…分かったよ。なんかないかな…」
僕はいろいろなパターンの名前を考えてみる。
「あっ…!」
僕は脳内に、ある1つの名前が浮かび上がってきた。
「“Polaris”っていうのはどうかな…?」
「どういう意味?」
「意味は1つしかないんだけど、“Polaris”は『北極星』って意味なんだ。昔の旅人や船乗りが道しるべにした星で、みんなにも、ファン達やファン以外の人たちへの道しるべになってほしい…。という感じなんだけど、どうかな?」
僕が案を出すと全員黙ってしまった。
「……あれ?どうかな、自分的には結構悪くないと思うんだけど…」
「なにそれ、めっちゃ素敵じゃん!」
千佳が目を輝かせて身を乗り出してくる。
「ちょ、近い近い」
僕は思わず後ずさりした。
「"Polaris"も"metropolis"も、どっちも、素敵。」
綾乃さんがほころんだ。
「私も選べないかも」
志歩がうんうんと頷く。
「アタシもだな」
ルナも同調した。
玲奈ちゃんが手をぱんと叩いた。
「じゃあ、合わせちゃえば?」
「合わせる…と言いますと?」
菖蒲さんが首をかしげる。
「語感がいい“METROPOLARiS”にすればいいんじゃない?」
「それいいな!」
とルナが言ったのを皮切りに、6人全員が賛成した。
「それじゃあ決まりだね!」
千佳が立ち上がった。
「『METROPOLARiS』活動開始を記念して、円陣組もう!」
他のメンバーも次々と立ち上がって輪になり始める。
輪になると、初歌ちゃんと志歩が手を離し、同時に僕の方へ向かって手招きしてきた。これは、『僕も円陣に入れ』ということだろう。
「え、僕も入るの?」
と聞くと2人は無言で頷いた。
「まじか…分かったよ。」
僕は渋々ながら円陣に入り、初歌ちゃんと志歩と肩を組む。
「『METROPOLARiS』いくぞ!」
「おー!」
千佳の号令で全員、声が揃う。
(こういう一体感もなんだか悪くないな。)
そう思いながら、温かい一体感が胸に広がる。プロデューサーという仕事も、悪くないと改めて思った。
そして、僕は全員が帰った後、家で4時間半程かけて、ホームページと公式SNSアカウントを開設した。




