第二章 遠き日の約束 / 四幕 「命の捉え方」 一
タラスは後ろを振り返るとゆっくり麓に向かって歩き始めた。
「待て!」
アスがその後を追おうとするが、猿類の大型獣であるドゥーランの群れが四方八方から石つぶてを浴びせてきたためにその足が止まる。
ジゼルも無防備のヴェルノに向けられた石を払うことで精一杯となり、結局二人はタラスを逃してしまった。
間髪入れず、ドゥーラン数匹が雄叫びをあげながら鋭い爪でアスとジゼルに襲いかかってくる。
アスが最初に突進してきたドゥーランの爪を躱わすと、そのドゥーランは勢い余ってそのままに後方の木にぶつかった。
その衝撃によって木が折れ、メキメキと大きな音を立てて倒れる。
大地が揺さぶられる中、続けて、二匹目、三匹目とドゥーランがアスに攻撃を仕掛ける。
攻撃自体はそこまで早くないため回避することは容易ではあったが、強力な膂力から繰り出されるその爪の威力は凄まじく、一発の被弾も許されない状況は場の緊張感を著しく高めた。
また、周りを囲っている他のドゥーランが要所要所で石つぶてを投げてくるため、そちらにも集中する必要があり全く気が抜けない状況になった。
「お父さん、輝葬まだ終わらないの!?」
ジゼルがヴェルノを庇いながらドゥーランの相手をしていたが、輝葬中のヴェルノはその場から全く動くことができないため、ジゼルの取れる選択肢は攻撃を受け止めるか、弾き返すことだけだった。
魔操で剣の威力を向上しているとはいえ、元来そこまでの膂力を有していないジゼルには流石に荷が重い。
アスもカバーに入ろうとするが、別のドゥーランがその行手を阻む。
「いや、ほんと、もう、無理!」
同時に攻撃をしてきた二匹のドゥーランの内、ジゼルがなんとか一匹目を払うも、二匹目がその横をすり抜け、ヴェルノの背面に向かって爪を振り下ろす。
「しまった!」
瞬間、強烈な斬撃の音がジゼルの耳をかすめ、辺りに大量の血が飛び散った。
「悪い、時間を食った」
上空に輝核が舞い上がる中、輝葬を終えたヴェルノがすんでのところで剣を抜いて振り返り、襲いかかったドゥーランの胴を真っ二つに切り捨てていた。
「お父さん、大丈夫!?」
「ああ、ギリギリだったがな・・・」
ヴェルノが周りを見回し状況を確認しながら、剣に魔力を込める。
「何故か俺は粉まみれで、周りはドゥーランだらけか。全くもってよくわからん状況だな」
何かを探すように視線を動かしていたヴェルノが、ある一点でその動きを止める。
そこには一際大きなドゥーランが仲間を鼓舞するかのように大きな叫び声を発していた。
「ボス猿は多分あれだな」
ヴェルノはその大きなドゥーランに向かって一直線に駆け出し、距離を一気に詰めると、ドゥーランが反撃するよりも早くその剣を振り抜いた。
断末魔の叫びとも思える鳴き声をあげながら、大量の血飛沫とともにその巨体が大地に倒れ込む。
ボス猿を一瞬で葬り去ったヴェルノの圧倒的な強さに驚いたのか、周りのドゥーランの動きが止まった。
続けてヴェルノは魔力を全放出し全身に這わせると、燃え盛る炎をまとったおぞましい悪魔を模したような演出をする。
放出した魔力によって大気がビリビリと振動した。
威嚇のためであったが、かなり効果的だったようでドゥーランは、見るからに及び腰になっていた。
「まだやるか!!」
トドメに放ったヴェルノの咆哮によってドゥーランの生き残りは怯えおののき、蜘蛛の子を散らすように四方へ逃げていった。
周りから敵意がなくなったことを確認したヴェルノは剣をゆっくり納め、アスとジゼルを見る。
「二人ともすまなかったな。ありがとう。早速で悪いが輝葬中に何があったか教えてくれるか」
優しい口調で語りかけるヴェルノ。
その無事な姿を見たアスとジゼルは安堵すると同時に緊張の糸が切れ、その場にヘナヘナと座り込んだ。
「・・・なるほどな。グリプが実は生きていて暗躍していたとは流石に想定外だった。やけに的確だったタラスの発言もグリプの情報を基にしていたというなら合点がいく。あわせて音を遠方に伝えることができるという風音系の特性を考慮すると、タラスはこちらの状況を、離れて行動するグリプに知らせる役目だったのだろうな」
「どうするの?かなり時間が経ったし今から追いつけるかどうか・・・」
ジゼルが悔しそうに唇を噛む。
「そうだな、追いつくのは難しいだろうな。こうなった以上、慌ててもしょうがないし、とりあえずここでやるべきことをしっかり片付けてから王都に戻ろう」
「遺品回収とかってこと?」
アスが首を傾げる。
「それもあるが、コモラを火葬して弔っていこうかと思ってる。あのまま朽ち果てさせるのは忍びないからな」
ヴェルノは二人に対してニッコリと微笑みかけた。
「・・・うん、確かにそうだね。悔しさで目が眩んでた。あの人たちを追いかけるより、ちゃんと弔ってあげることのほうがよっぽど大事だったね」
「それと巻き込んでしまったドゥーランの遺骸も順次火葬して弔ってあげよう。人間の悪意による被害者であることは変わらないからな」
アスとジゼルは頷くと、早速行動を開始した。
ドゥーランを弔ってから丘陵地帯に戻ると、コモラの遺骸のそばに一人の男が立っていた。
男は手を合わせ、コモラに祈りを捧げている。
「誰!?」
アスとジゼルが剣の柄に手をあて、いつでも抜刀できる体勢をとった。
男が声に応じてゆっくり振り返りその顔を三人に見せると、ヴェルノが驚いた表情で前に出た。
「オ、オーべか!?なんでこんなところに??」
「色々あってな。まぁ俺のことはいい、これはお前がやったのか?」
オーべがその場にしゃがみ込み、冷たくなったコモラの首筋を撫でる。
コモラの頭にあった翡翠の角は根本から折られてなくなっていた。
ヴェルノが苦い表情をしてコモラの遺骸を眺める。
「角と子供のコモラは違うが、親コモラの命は俺が奪った」
「そうか。・・・ヴェルノ、時間は取れそうか?これまでの経緯を詳しく聞かせてほしい」
オーべは立ち上がるとその眼差しを真っ直ぐヴェルノに向けた。




