第一章 輝葬師 / 二幕 「ラフ・フローゼル」 八
複数の触手が先頭を駆けるジゼルに襲いかかる。
ジゼルが思いっきり剣を横に払いそれらの触手を一蹴すると花の本体までの道が切り開かれた。
続くハインツとアスがその道に突入し、それぞれが複数ある花の触手を根元から順次切断していく。
アスは続けて、触手が全て切断され無防備となった花の茎を切断しようと剣を入れる。
しかし、その硬さに弾かれ大きく体勢を崩して膝をついた。
「来るぞ!」
ハインツの声とほぼ同時に巨大な触手が体勢を崩したアスを襲うが、すかさずその間に入り込んだジゼルが剣で触手を払う。
ギィィンという金属同士がぶつかるような音と共に触手は上空に弾かれた。
「硬っ!」
触手の一撃を払ったジゼルがその硬さと衝撃に顔をしかめる。
触手には若干の切り込みが入ったが、切断には至らない。
「アス!花は触手さえ切ってしまえば大丈夫だ!茎は無視していい!」
ハインツは追撃してくる周りの花の触手を払いながら、体勢を崩したアスの腕を掴み、立ち上がらせた。
「ありがとうございます、ハインツさん」
「いいから前に集中しろ!」
「はい!」
アスとハインツは目の前に迫り来る花の触手を切断しながら、更に前に進んだ。
それからしばらく戦い続けた三人は、少しずつだが確実に花の触手を無力化していった。
巨大な触手もヴェルノがじわじわと削っていっているようで、ジゼルがアス達を防衛する回数も減ってきた。
「大分削れてきたな」
「うん、そうだね。後もう少し!」
肩で息をするハインツの言葉に、同じく息を切らしたジゼルが返す。
アスは二人の会話を聞きながらも、ふと周囲の花に意識が傾いた。
身を守るための触手を失い、もはや『ただの花』となったその姿が印象的で、自然と目を奪われたのだ。
「アス、まだ気を抜くには早いぞ!」
ハインツの大きな声が、散漫となったアスの意識を戦場に呼び戻した。
アスは一つ深呼吸をして息を整えると、再び剣の柄をしっかりと握りしめ、目の前で触手をうねらせる花々に切りかかった。
その後も三人は順調に駆除を進め、やがてジゼルが最後の花の処理に入った。
その様子を見たアスは、もう大丈夫だろうと荒れた呼吸を整えつつ肩の力を抜いた。
額の汗を拭いながら父の方に視線を移すと、相変わらずの圧倒的な強さで巨大な触手を相手にしていたヴェルノが最後の一本を切断したところだった。
ズシンと巨大な触手が地面に落ちる。
触手の処理が終わったヴェルノがふぅと息を吐いてから、後ろを振り向いた。
状況を確認しているようだったが、ジゼルが最後の花の触手を落としたところを見て、ヴェルノは構えを解いた。
ジゼルは最後に処理をした花の前で、乱れた呼吸と殺気だった心を落ち着けるかの如く、ゆっくりと深呼吸をしている。
少しして、剣についた花の体液を払って鞘に納めると、もう一度深く呼吸してから皆の方に振り返った。
「みんな、おつかれさま~」
アスとハインツの方へゆっくり歩いてくるジゼルの顔はいつもの優しい表情に戻っていた。
「流石に恐れ入ったよ、お前達親子には」
アスの横でハインツが剣についた汚れを拭い、長剣を鞘に納めた。
「ハインツさんもありがとうございました。父と姉が自由に戦えたのはハインツさんがしっかりと後ろを・・・僕をサポートしてくれたおかげだと思います」
アスが真っ直ぐな瞳をハインツに向ける。
「そんなに役に立ったとも思えんが、その言葉はありがたく受け取るよ」
ハインツは少し照れくさそうに鼻をかいた。
アスとジゼルはその姿をみて、自然と笑みがこぼれた。
少し遅れて、背に大剣を担いだヴェルノが三人のところにやってきた。
触手を処理した後、すぐに大剣を取りに戻っていたらしい。
「みんな、とりあえずご苦労さん。休む間もなくて悪いが最後の仕上げに入ろう」
ヴェルノは触手を失ってただ死を待つだけとなった巨大な花の前に立ち、大剣を鞘から抜いた。
「厄介な相手だとは思ったが、こうなってみると不憫なものだな」
ハインツは腕を組んで感慨深そうに花を見つめた。
「そうだな。・・・かといって、ここでやめるわけにもいかない。花には悪いがしっかりと駆除させてもらおう」
ヴェルノは神妙な面持ちで大剣に魔力を注ぎ始めた。
そして、熱気を帯び、真っ赤に染まった大剣を大きく振りかぶると茎の根本を目掛けて思いっきり横に払った。
ギィンという音と共に剣が弾かれる。
相当に硬いようで切れ込みは入ったものの一撃では切断に至らない。茎からは体液が吹き出していた。
ヴェルノは何度も同じ場所に剣を入れる。
剣が茎に当たる度に剣を弾き返す金属音に似た音が森に鳴り響く。その音は花の断末魔の叫びのようにも感じられた。
何度か剣を当てると硬い外皮がえぐられ、中の比較的柔らかい肉の部分が露出し始めた。
そこへ、さらに剣を入れると茎から溢れ出す体液と合わさってグシャ、グシャという不快な音に変わる。
やがて自重を支えきれなくなった花は、大地を揺るがしながらゆっくりと倒れていった。
「よし、こんなもんだろう。ハインツ、根殺しを頼む」
「ああ、ちょっとまってくれ」
ハインツは組んでいた腕を解くと小さなナイフを取り出し、今ほど切断された茎の断面をえぐる。そこに直径一センチ程度の黒い丸薬を入れた。
「根殺し?」
「うん、根っこを残しておくとまた芽が出るかもしれないから、根っこも処理しておく必要があるんだけど、いちいち掘り起こすこともできない。そこでこの『根殺し』が役にたつ。これを根の内部に入れると、根っこを侵食して腐らせてくれるんだ」
ヴェルノの言葉にへぇーと感心しながら、アスはハインツが処理する姿を眺めた。
「これから、他の花も切断していくから、アスとジゼルはハインツから根殺しをもらって順次、根に投入してくれ」
アスはうんと頷くと、ジゼルと共に今しがた処理の終わったハインツのところへ黒い丸薬を受け取りに行った。
「直接根の中枢に入れないと効果は薄い。しっかりと茎の断面をえぐってから投入するんだ」
アスとジゼルはハインツから簡単に説明を受けると、黒い丸薬を数十粒受け取った。
その様子を見てから、ヴェルノは周りに群生する花の切断に移った。
巨大な花の茎よりはだいぶ柔らかいのか、一撃で茎が切断されていく。
全ての花に根殺しを投入した時には夕方の頃合いとなっていた。
空が赤く染まり始め、駆除した花の残骸が赤く照らされる。遠くで聞こえる烏の鳴き声と相まって、その光景はアスに少しの哀愁感を与えた。
「昨日はすまなかった。これほど見事に駆除できるとは思ってもいなかった。助かったよ、ヴェルノ、ジゼル、アス」
ハインツが三人の方を向き、かしこまって頭を下げた。
「いいさ、俺たちは何も気にしていないよ」
ヴェルノの言葉に同意するかのようにアスとジゼルもニッコリして頷いた。
「それじゃあ、無事駆除も完了したことだし、ガフディへ戦果を報告するために村に戻ろう」
ヴェルノの促しに応じて、一行は村への帰路についた。




