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とある料理人が森に来た理由は……

作者: 水縒あわし


とある街にね、もう、とんでもなく料理が上手い男がいたんだ。


店を開けば連日行列、噂を聞きつけてはるばる遠くから「あそこの飯を食いたい!」って来る客もざらでさ。

まさに飛ぶ鳥を落とす勢い、ってやつだった。


ところが、ある時、その男、ぷっつり店を畳んじまったんだ。


「味の真髄を極めたい。この腕と、培ったレシピを、もっと多くの人、もっと、うんと、多くの人に知らしめたいんだ」なんて、えらく立派なことを言い残して。


でもね、ぶっちゃけ、あの男の頭の中は、全然違うことでパンパンだったんだ。


そう、奴は、まぁ、なんていうか、エルフが好きすぎるんだよ。


ただのエルフじゃない。すらっとした可憐なエルフも良い。

良いんだけど…奴の理想は、もう少し、こう、ぽってりというか、肉付きの良いエルフ女性だったんだ。


そして、その理想を叶えるための壮大な計画があった。

そう、自分のうまい料理を腹いっぱい食べさせて、ふっくらと太らせる、って計画さ。


だから、店を畳んだ本当の理由なんて、味の追求だのレシピ普及だの、そんな大層なもんじゃない。

ただひたすら、己の理想のエルフ女性を追い求めるためだったのさ。


そんなワケで、男は一路、エルフの住むという、伝説の森へと向かったんだ。


エルフへの熱い、いや、熱すぎるほどの思いだけを胸に、いざ森へ! と乗り込んだのは良いものの…まぁ、当然と言っちゃ当然、ものの見事に迷子になった。

それどころか、気づけば食料も尽き、獣に怯え、情けなく腹を空かせて、まさに森の藻屑になりかけてたんだ。

エルフどころか、自分の命が危ない、って状況でね。


もうダメだ…と諦めかけた、その時だった。


ふわり、と現れたのが、エルフだった。


助けられたんだ。男は奇跡的に、念願のエルフと、そして彼らの集落へと導かれた。


いやー、もう、着いた時は感極まったらしいよ。「エルフだ!本物のエルフの集落だ!」って、一人でブツブツ呟いてたって話だ。


念願叶った!と思ったのも束の間。


まぁ、見るからに怪しいよそ者だろ? しかも、エルフの女性を見る時の、あの男の視線たるや…。

隠してるつもりでも、明らかに目がハートになってるし、言葉の端々にも、理想のエルフ像への熱い思いが漏れまくってる。


そんな状態じゃ、集落のエルフたちも、そりゃ警戒するわな。男は集落の中を自由に見て回るどころか、ずっと監視されてるようなもんで、肩身の狭い思いをしたらしい。


でもね、そうやって、しばらくエルフたちと暮らしを共にするうちに、男は彼らの意外な一面を知ることになる。それは、彼らの食生活だった。


出てくる料理といえば、獣の肉を焚き火でただ焼いたものか、森で採れた木の実をそのまま。味付け? そうだな、ほんの少し香草を振りかける程度で、ほとんどしないらしい。


つまり、味も、旨味も、全てがえらく薄いんだ。


男は衝撃を受けた。

料理人として、あの舌で。

毎日毎日、そんな味気ないものを食べてるのか、と。


そして、ふと、気づいたんだ。


「…これじゃ、太らせられないじゃないか!」ってね。


そうだ。理想のエルフ(肉付きが良い)を生み出すためには、この貧相な食生活をどうにかしないといけない。

この味の薄さを、旨味の薄さを、変えなければ!


いてもたってもいられなくなった男は、思い切って頼み込んだ。


「た、頼む! 俺に、俺に、料理をさせてくれ!」と。



まぁ、結果から言えば、すんなりとはいかなかったね。そりゃそうだ。

いきなり森に迷い込んできて、助けてもらった途端、目をハートにしてエルフの女性たちを見つめ、「料理をさせてくれ!」だなんて。


しかも、時々、こう、指で輪っかを作りながら「うむ、このくらい…いや、もう少し…」なんてブツブツ呟いてる。どう見たって怪しい。


そんな、素性も知れないよそ者の男に、自分たちの火を使う場所で、ましてや大事な食料を使って、料理なんかさせるわけがないんだ。


エルフたちも、そこは賢いというか、警戒心というかね、鉄壁のガードを敷いていた。


でもね、この男も、なかなかしぶといんだ。


来る日も来る日も、事あるごとに「頼む!俺に一度でいいから料理をさせてくれ!」「俺は街では凄腕の料理人だったんだ!」「この腕があれば、あんたたちの食事が…」なんて、延々と頼み続けた。

もう、エルフたちも「またか…」って顔してたらしいよ。


そんな日々がしばらく続いた、ある日のことだった。


一人、若い女のエルフが、男のところにこっそりやってきたんだ。

周りを気にしながら、「おい」って感じで手招きして。


男が「なんだ?」と近寄ると、その女エルフ、ちょっと躊躇うようにしてこう聞いたんだ。


「…お前は、この集落の料理を、どう思っているんだ?」って。


おや、来たな、と思ったらしい。男は、正直な男だから、ここで嘘はつけなかった。

いや、嘘をついたら、彼の「理想のエルフ(肉付きが良い)」計画が頓挫する可能性もあったから、正直に答える必要があったんだ。


男は、料理人の魂を乗せて、まっすぐに答えた。


「……正直に言って、耐えられない」

ピシャリ、と言った。


女エルフは、男のあまりに率直な物言いに、少し目を丸くしたらしい。

そして、何も言わずに、しばらく、うーん、と考え込んだ。その間、男はゴクリ、と喉を鳴らして、女エルフの次の言葉を待った。


そして、考え込んだ末に、女エルフはポツリと尋ねたんだ。


「…お前が、料理を作るのに必要な道具と材料は、なんだ?」


お! これだ! と男の目は輝いた。待ってました! とばかりに、彼は畳み掛けた。


「道具は、そうだ! 森に来る前に持ってたはずの、あの大きなバックパックと、中に入ってた調理器具一式だ! それさえあれば、後は何とかなる! 材料は、えっと…あんたたちの普段使ってるものでいい! 肉でも実でも、適当に見繕って持ってきてくれ!」


男は、失くしたと思っていたバックパックと調理器具のことを思い出し、興奮気味に捲し立てた。女エルフは、じっと男の話を聞いて、頷くと、またこっそりと立ち去って行った。


しばらくして、女エルフは戻ってきた。男が要求したバックパックと調理器具、そして、いくつかの食材を持って。見ると、確かに男の愛用の品々だ。森で迷った時に、どこかに落としたか、流されたかと思っていたものが、どういうわけかエルフの集落にあったらしい。

そして、材料は、本当に「適当に見繕った」って感じで、獣の肉の塊とか、見たこともない種類のキノコとか、やたらと茎の太い野草とか、そんなものだった。


しかし、そこは街で評判を総なめにした、凄腕料理人だ。

どんなありあわせの材料だろうと、どんな貧相な道具だろうと、男にかかれば、魔法がかかったかのように変わる。


男は早速、もらった材料と道具で料理を始めた。

手際よく材料を捌き、火を起こし、鍋を使い、時には素手で熱さをものともせず混ぜ合わせる。森にはなかったスパイスを、持っていた香草や、見つけた野草で補い、旨味を引き出す。


やがて、森の空気に、今までエルフたちが嗅いだことのない、芳醇で食欲をそそる香りが漂い始めた。ジュウジュウと肉が焼ける音、ブツブツと野菜が煮える音。男の動きは澱みがなく、見ていて飽きない。


女エルフは、男の一連の作業を、ただただ呆然と見つめていた。


見事な手さばき。彩りよく並べられる材料。そして、出来上がっていく料理から立ち上る、たまらない匂い。彼女の目は、キラキラと輝き始め、やがて、目の前に完成した料理に釘付けになった。


そこには、彼女が知っている「ただ焼いただけ」や「そのまま」ではない、全く違う、まるで絵のような料理があった。


「さあ、冷めないうちに食べてくれ」


男は、満足げに微笑み、料理を女エルフに差し出した。


女エルフは、もう我慢できなかったらしい。


男の言葉に促されるまでもなく、まるで獲物に噛り付くかのように、目の前の料理に食らいついた。


そして、次の瞬間。


もぐもぐ…パクパク…ゴクン。


信じられない速度で、彼女は料理を食べ進めた。


一切の躊躇なく、味わうというよりは、ただひたすらに、腹の中にかきこむように。


男が「どうだ?」と聞く間もなく、あっという間に、皿は空っぽになった。


女エルフが皿を空っぽにしたのを見届けて、男はふふん、と鼻を鳴らしながら、満足げに声をかけた。


「どうだ? 美味かっただろ?」


言葉には出さなかったけど、その顔には「あたりまえだろ、俺様の料理だぞ?」って書いてあったね。


女エルフは、男の言葉にすぐには答えなかった。

 いや、答えられなかった、って方が正しいかもしれない。彼女は、まるで夢の中にいるような、ぼうっとした顔で、さっきまで料理が盛られていた皿を見つめていたんだ。

そして、ふと、使われていた材料について考えているようだった。

あの肉は、いつもの獣の肉だろうか? この香りは、あの野草か? でも、どうやったらこんな味になるんだ? 頭の中では、食べたことのない旨味と、見慣れたはずの食材がぐるぐる駆け巡っていたらしい。 


今までの、ただ焼いただけ、香草をちょっと振っただけの、あの集落の味とは、もう、比較にならない。


あまりにも、あまりにも衝撃的で、その余韻に浸っている、って感じだったね。


しばらくして、ふっと、女エルフの顔から夢見心地な表情が消えた。


現実に戻ってきたようだ。男は、その間、何も言わずに、ただじっと女エルフが自分の方を向くのを待っていたんだ。


女エルフは、ハッとしたように立ち上がり、テキパキと男が使った道具を片付け始めた。

皿も、洗う場所もないだろうに、丁寧に拭いたりして、道具と一緒に纏める。

そして、男に軽く一礼すると、何か言うでもなく、まるで風のように、その場を立ち去って行った。


男は、その後ろ姿をじっと見つめ、そして、一人になったところで、ニヤリと笑ったらしい。


「よし…! まずは第一歩だ!」


心の中で、小さくガッツポーズをしたに違いない。

あの女エルフの食べっぷりを見ただろう? あれこそ、彼の計画の最初の、そして最も重要なステップだったんだ。


そして、次の夜。


案の定というか、男の期待通りというか、またあの女エルフが、男のところにやってきた。

しかも、前日とはまた違った種類の、より新鮮そうな肉や、見慣れない種類の木の実なんかも持ってきて。


男は「待ってました!」とばかりに、二つ返事で材料を受け取り、早速、腕を振るって調理を始めた。

前日とは違う材料でも、そこは凄腕料理人だ。その材料に合った、最高の調理法で、最高の味を引き出す。


この日も、森に美味そうな匂いが漂い、女エルフは夢中で料理を平らげ、そして、何も言わずに去っていった。


そんな夜が、暫く続いたんだ。


毎晩毎晩、あの男がいる場所からは、エルフたちが嗅いだこともないような、香ばしくて、甘くて、食欲をそそる、たまらない匂いが漂ってくる。 

そして、集落の食料庫からは、少しずつ、でも確かに、材料が減っていく。


最初は気のせいか、と思っていたエルフたちも、こう毎晩続けば、さすがに気づき始めた。


「あの匂いはなんだ?」「どうも、あのよそ者の男の辺りからする気がするぞ…」「そういえば、最近、獣の肉の減りが早いような…」「…もしかして、あの男、何か作ってるんじゃ…?」


ザワザワと、エルフたちの間で、そんな噂が立ち始めた頃だった。

さて、あの夜ごとの美味そうな匂いと、知らず知らずのうちに減っていく食材。さすがに、隠し通せるもんじゃない。


ある日、男は、他のエルフたちによって集落の真ん中の広場に連れ出された。周りを取り囲むエルフたちの目は、警戒と、怒りを含んでいる。


「お前、あの夜ごとの匂いはなんだ」

「我らの食料が減っているのは、お前の仕業か」

「誰が、お前を手引きした?」


次々と問い詰められる。

声には、責めるような響きが混じっていた。


でもね、男は、その問いに対して、一切口を割らなかったんだ。

ただ、じっとエルフたちの顔を見返しているだけ。


別に、誰かに口止めされているわけじゃない。ただ、彼の中で、あの時、こっそり道具と食材を持ってきてくれた女エルフの顔が浮かんでいたんだ。

そして、彼が作った料理を、まるで宝物のように、あるいは飢えた獣のように、むさぼり食った、あの時の顔を。

言葉にはならなかったけれど、あの、全身で「美味しい!」と叫んでいるような、あの満足した表情を、彼は決して忘れられなかった。


だから、彼は沈黙を選んだ。彼女の名前を出すわけにはいかない、と思ったんだ。


男が何を言われても口を閉ざしていることに、エルフたちは痺れを切らした。


元々、信用していないよそ者だ。このまま置いておいても面倒なだけ、それに食料を盗んだ罰もある。


「こやつは、狩りの生き餌に使う!」


誰かが、そんなことを言い放った。

ギョッとするような、冷たい言葉だった。


森での狩りは、エルフたちにとって生きるための術だ。

そこに、不審な人間を放り込む、なんて、それはつまり…。


「待てっ!」


その時だった。人混みをかき分けるようにして、あの女エルフが駆け寄ってきたんだ。


彼女の顔は、焦りと、そして決意に満ちていた。


「なぜ、こやつに食材を与えた!」「お前が、こやつを唆したのか!」


エルフたちが、今度は彼女を問い詰める。

彼女は、グッと奥歯を噛み締め、そして、ハッキリとした声で言った。


「私が、頼んだ!…そして、私は、この者の作った料理を、食べた!」


周りのエルフたちが、ざわつく。

そして、彼女は、それまでとは違う、熱を帯びた言葉で話し始めた。


「彼の料理は…! 我らが知っている『食』とは、全く違う! 焼いただけの肉ではない! 木の実そのままではない! あの香り…! あの、食べた瞬間の体の芯から暖かくなるような感覚…! あの、何層にも重なったような深い味わい…! あれは、ただの『腹を満たすもの』じゃない! 『美味しい』という、言葉では言い尽くせないものなんだ…!」


彼女は、身振り手振りを交え、あの時感じた衝撃と感動を、必死に伝えようとした。

目に涙を浮かべながら、声が震えながらも、彼女は語り続けた。


その、あまりにも真剣な、そして、彼女自身が受けた衝撃がそのまま伝わってくるようなその気迫に、周りのエルフたちは、ただただ圧倒され、気圧されて、静まり返ってしまった。


静寂の中、集落の中で最も年配と思える、白髪のエルフが、ゆっくりと男の方へ歩み出た。

彼は、男の顔をじっと見つめ、そして、静かに問いかけた。


「…お前が作ったという料理は、それほどまでに美味いのか。そして、それほどの腕を持つというのなら、我が集落に住む、五〇人ほどの全ての者たちを、お前の料理で、満足させることができるのか?」


集落全体の食を、お前に任せられるのか? という問いだった。


男の運命がかかっている。


もしここで「できません」とでも言おうものなら、即、生き餌に逆戻りだろう。


だが、男に、迷いはなかった。

躊躇いもなかった。

自分の腕に対する絶対的な自信、そして、目の前にいる全てのエルフを、己の料理で虜にし、ゆくゆくは…という彼の最終目的。


全てが、彼の中で一つになった。


男は、年配のエルフの目をまっすぐ見つめ、一点の曇りもない、力強い声で応えた。


「…できます」


その声には、一切の予断がなく、ただひたすら、料理人としての誇りと、そして、来るべき「肉付きの良いエルフ女性大量生産計画」への確信が込められていた。


年配のエルフの言葉を受け、男の目の前に、集落のエルフたちが持ち寄ったらしい食材が、山のように用意された。


獣の肉、木の実、聞いたこともないような根菜、そして、様々な種類の野草。

男は、その山をじっと見つめ、そして、フッと小さく頷いた。


「…これなら、できる」


男の顔に、料理人特有の、戦場に向かう兵士のような、それでいて楽しんでいるような、独特の表情が浮かんだ。


ここからは、彼の得意な土壌だ。

エルフだろうが人間だろうが、美味いものは美味い。この腕があれば、負けるわけがない。


そこからは、もう、まるで別人のようだった。さっきまで、取り調べを受けていた男とは思えない。

彼は、まるで舞台に立った役者のように、食材の山を前に、動き出したんだ。


まず、用途ごとに食材を分けていく。肉は肉、実は実、葉は葉。

それぞれの特徴を見極めながら、手際よく仕分けていく。


見慣れない食材があると、彼は傍に立っていた女エルフに尋ねた。


「この赤い実は、どんな味だ?」「この根っこは、どうやって食べるんだ?」


女エルフは、戸惑いながらも男の問いに答え、男はそれを聞きながら、その食材の最適な使い道を瞬時に判断していく。


そして、下ごしらえが始まった。

肉を丁寧に捌き、野菜の泥を落とし、根菜の皮を剥く。

その手つきは、一切の迷いがなく、滑らかで美しい。並行して、火を起こし、鍋を並べ、様々な調理法を同時に進めていく。


焼く、煮る、炒める、蒸す…森にある限られた道具の中で、最大限の工夫を凝らす。


その姿は、まるでオーケストラの指揮者のようだった。

一つ一つの動きには意味があり、無駄がない。


熱気と湯気の中で、鬼気迫るような集中力で調理を続ける男の姿に、周りで見守っていたエルフたちは、息を呑んで見入っていた。


男は、そんな周りの様子などお構いなしだ。


ただひたすらに、目の前の食材と向き合い、最高の味を生み出すことだけに集中している。


徐々に、森の空気に、今まで嗅いだことのない、複雑で、それでいて堪らなく食欲をそそる香りが漂い始めた。


香ばしい肉の匂い、甘く煮込まれた実の匂い、ハーブとは違う、森の野草から引き出された独特の爽やかな香り。

様々な匂いが混ざり合い、エルフたちの鼻腔をくすぐる。


気づけば、息を吐くことすら忘れ、ただひたすらに、その香りと、調理を進める男の姿を見守っているエルフたち。


長いようで、でも集中していたからか、あっという間に感じられた時間が過ぎていった。


そして、ついに。


男は、出来上がった料理を、広場の真ん中に並べられた簡素なテーブルに、一つ一つ並べていった。


目の前に差し出された料理は、エルフたちが今まで見てきたものとは、まるで違った。


皿…と言っても、大きな葉っぱや、くり抜いた木の器だが…その上に盛り付けられた料理は、色鮮やかで、見たこともないような美しさを讃えていた。

肉はこんがりと焼き色がつき、野菜はそれぞれに彩りを添え、野草はまるで飾り付けのように散らされている。それは、もはや「食事」というより、「芸術品」のようだった。


そして、何より、その匂い。


鼻をくすぐる香りは、今まで食べていたものとは、明らかに、全く違うものだと、匂いだけでわかるほどだった。


男は、全ての料理を並べ終えると、フゥ、と大きく息をつき、そして、その場で、バタリ、と倒れ込んだ。


数日間の寝不足と、緊張、そして、何よりも全力を出し切った疲労が、一気に押し寄せたのだ。


男が倒れ込んだのを、まるで合図にしたかのように。


一番最初に動いたのは、やはり、あの女エルフだった。


彼女は、躊躇いなく、テーブルに駆け寄り、並べられた料理の一つに手を伸ばした。


男の料理が、出来上がった直後が一番美味いことを知っているのは、この集落では彼女だけだったから。


彼女が料理に齧り付くのを見て、それに釣られるように、他のエルフたちも我先にと、テーブルに群がって行った。


最初は恐る恐るだったエルフも、一口食べると、その美味しさに目を丸くし、次々と手を伸ばす。


「…なんだ、この味は…!」

「…信じられない…!」

「…こんなものが、これが食べ物だったのか…!」


驚きと、感動の声が、集落の広場に響き渡る。


男は、倒れたまま、うっすらと目を開け、その様子を見ていた。


我を忘れて料理に貪りつくエルフたち。

その表情に浮かぶ、純粋な驚きと、喜び。


(…よし、成功だ…)


そんなことを考えながら、男は、久しぶりの全力での料理による、心地よい疲労感に包まれ、意識を失ってしまった。



男が目を覚ますと、まず目に飛び込んできたのは、見慣れない天井だった。


今まで押し込められていた、木組みが剥き出しの粗雑な牢獄のような部屋とは違う、滑らかに磨かれた、木の美しい天井だ。


身体を起こすと、すぐ傍に、エルフが一人控えているのが見えた。

そのエルフは、男が動いたのを見て、サッと立ち上がり、慌てて近づいてきた。


その様子が、今までとは全く違っていたんだ。


警戒心剥き出しだった以前とは違い、どこか恐縮しているような、いや、まるで何か高貴なものに対するかのような、敬々しさまで感じる態度だったんだ。


急変したエルフたちの態度に、男は逆に不安を覚えた。

一体何がどうなった? 自分が生き餌にされる直前だったはずだが…?


しばらくすると、部屋の入り口から、二人のエルフが入ってきた。一人は、あの女エルフ。

そしてもう一人は、男に全員分の料理を作れるか尋ねた、あの年配のエルフだった。


年配のエルフは、男の傍まで来ると、深々と頭を下げ、開口一番、こう言った。


「…料理人殿。この度は、我らの非礼を、どうかお許しいただきたい…」


まるで、自分たちが何か大きな間違いを犯した、と言っているような態度だ。

男は、さらに状況が読み込めない。

非礼? 自分は生き餌にされそうになってたんだぞ?


男が困惑した表情でいると、年配のエルフが女エルフに目配せをした。

女エルフは頷き、男に分かりやすく説明してくれた。


「料理人殿…あなたは、皆に料理を振る舞った後、そのまま力尽きて、意識を失ってしまったのです。そして、それから…丸二日間、ずっと眠っておられました」


二日?! 男は驚いた。たった数時間で終わったと思っていたあの調理が、実は二日間の全ての力を使い果たすほどのものだったのか。


女エルフは続けた。


「そして…あなたの料理を食べた後から、我々は…」


そこで、彼女は少し言葉を詰まらせた。

そして、おずおずと、でも真剣な表情で、男に伝えたんだ。


「…それからというもの、今まで食べていたものが、酷く…味気なく感じられてしまって。焼いただけの肉も、木の実も…もう、食べられなくなってしまったのです」


エルフたちは、男の料理によって、舌が肥えてしまったのだ。


彼らが「普通」だと思っていた食事が、いかに味気ないものだったかを知ってしまった後では、もう、元には戻れない。


女エルフは、年配のエルフと視線を交わし、そして、意を決したように、男に頭を下げた。


「…無理を承知で、お願いがございます。どうか…どうか、これからも、我々に、あなたの料理を作っていただけないでしょうか…?」


集落の食を、彼の腕に委ねたい、という願いだった。


男は、その言葉を聞いて、内心、叫びたいほど喜んだ。キターーーー! と、ガッツポーズをしたい気持ちだった。


彼の計画は、今、まさに滑り出し、しかも想像以上の効果を発揮している。


舌を肥えさせる。


これが、第一段階の最大の目標だったのだ。


しかし、男は、表には一切、喜びの表情を出さなかった。ポーカーフェイスを保ち、精一杯、深刻な表情を装った。

ここで簡単に「いいですよ」と言ってしまっては、面白くないし、彼の立場が弱くなる。


男が、どう返事をしようか、などと考えていると、年配のエルフが、恐る恐る、といった様子で、男に声をかけてきた。


「料理人殿…我らの集落に留まって、料理を作っていただけるとは…もしや、考えていただけているのでしょうか…?」


その言葉で、男は現実に戻された。

ここからは交渉だ。

彼の計画をスムーズに進めるための、重要な交渉だ。


男は、ゆっくりと顔を上げ、少し困ったような表情を見せた。


「…いや、そのことなんだがな…」


彼は、一拍置いて、そして、こう続けた。


「…前回、あの料理を作るのに使った調味料や、特別な材料は、もうほとんど残っていないんだ」


男は、街から持ってきていた調味料や、隠し持っていた秘伝のスパイスのことなどを指していた。

エルフの森には、彼の料理の根幹となる、街の技術や材料は揃っていない。


「あの、集落の食材だけでは…前回のようなものを、常に作り続けるのは…正直、難しいかもしれん…」


男の言葉を聞いたエルフたちは、それはそれは、絶望したような表情になった。


せっかく知った「美味しい」という感覚。

それが、もう味わえないかもしれない、と。


彼らの顔色は、みるみるうちに青ざめていった。

男は、その様子を見て、心の中で、さらにニヤリ、と笑った。


男は、そうは言ったものの、内心では全く別のことを考えていたんだ。


彼は料理人だ。料理をする、ということは、材料に対する深い知識も持っているってこと。


森で迷いながらも、そして集落に来てからも、彼は無意識のうちに、森の植物や、エルフたちが使う素材を観察していた。

そして、気づいていたんだ。


──いける。これだけ素材があれば、街で使っていた特別な調味料も、秘伝のスパイスだって、この森にあるもので代用したり、組み合わせたりして、かなりのレベルまで再現できるぞ…!


実は、一部の、本当に街の特別なルートでしか手に入らないような調味料以外は、この豊かな森の恵みで、なんとかなる、と男は踏んでいたんだ。

彼の料理の腕と、素材を見抜く力があれば、不可能じゃない。


男は、そんな内心の計算を悟られないように、ただ静かに沈黙を貫いた。

難しいかも、と言ったきり、何も言わない。


そんな男の内心を知る由もないエルフたちは、もう、気が気じゃない。


あの「美味しい」を知ってしまった舌が、元の味気ない食事には耐えられないことを、彼らは身をもって知っていた。

このまま男が去ってしまったら…?考えただけでも恐ろしい。


エルフたちは焦った。

どうにかして男を引き止めようと、あれやこれやと、様々な提案を始めた。


「住居なら、一番良い場所を用意しよう!」「森の恵みは、いくらでも提供する!」「何か望みがあるなら、可能な限り叶えよう!」


まるで、国の王様を招き入れるかのような扱いだ。

男は、そんな彼らの必死な様子を、静かに聞いていた。


そして、頃合いを見計らって、ようやく重い口を開いた。


「…分かった」


男は、少し溜め息をつくように言った。


「…今の俺に、全ての期待に応えるのは難しいかもしれない。使える材料も限られているし、調味料も少ない。でも…」


そこで、男はエルフたちの顔を見渡した。彼らの目に宿る、縋るような光。


「…今、ここで、俺にできることは、少ないかもしれないが…できるだけの料理を、皆に振る舞おう」


その言葉を聞いたエルフたちの顔に、パッと喜色が浮かんだ。

絶望から一転、希望の光が見えたのだ。たとえ前回ほどではなくても、あの男の料理を、もう一度味わえる。

それだけで、彼らにとっては救いだった。


そして、その夜。


男は、再びエルフたちの前で料理を振る舞った。


今回は、集落にある材料と、男が残しておいた僅かな調味料、そして森で調達できる範囲の代用品を使って。


前回ほどの豪華さはないかもしれないが、それでも、男の腕にかかれば、それはもう、エルフたちには信じられないほど美味いものになる。


集まったエルフたちは、皆、神妙な顔で料理を味わっていた。


まるで、これが最後かもしれない、とでも言うかのように、一口一口を慈しむように食べる。


中には、あまりの美味しさと、これが最後かもしれないという寂しさからか、ポロポロと涙を流し始めるエルフもいた。

皿に盛られた料理を、文字通り「皿まで食べる勢い」で、舐めんばかりに平らげている者もいる。


男は、そんな彼らの様子を傍目で見ながら、年配のエルフと、傍に控えていた女エルフと話し始めた。


まず、男は、自分が最初、どんな目に遭いかけたかを、改めて伝えた。

「生き餌にされかけた時は、正直、恐ろしかった」と。これは、彼らの自分に対する扱いを改めさせるための釘差しだ。


次に、調味料や特別な材料が少ないこと、それがないと前回のような料理は難しい、という話を、もう一度丁寧に説明した。

ただし、その際に、あくまで「それとなく」だが、「森の素材でも、工夫次第で代用できるものもある」という可能性も匂わせるのを忘れなかった。これは、今後の交渉の伏線になる。


そして、最後に、最も重要な一言を放った。


「…正直なところ、こうして一度、皆に料理を振る舞えた以上、俺がここに残り続ける理由は、もうないんだ」


彼の本心は全く違う。むしろ、この森に留まり、理想のエルフ(肉付きが良い)を育成したい気持ちでいっぱいだ。

だが、今は、彼らに自分を引き止める理由を作らせる必要がある。


男の言葉を聞いて、年配のエルフは、深く、深く考え込んだ。どうすれば、この男を引き止めることができるのか。


金か? 物か? 名誉か?


いや、この男は、そんなものに囚われているようには見えない。


その時、年配のエルフの頭の中に、男が集落にやってきた時の、あの、どこか怪しげな言動が蘇った。


エルフの女性を見る時の、尋常ではないほどの熱意。


そして、一つの光明が見えた。


そうだ…! この男は、エルフが、いや、特定のエルフの女性が好きなのだ…!ならば…!


側にいた女エルフも、年配のエルフと同じ考えに至ったらしい。


二人は、顔を見合わせ、静かに頷いた。覚悟を決めたような表情だった。


そして、女エルフは、ゆっくりと男に向き直った。

彼女の顔には、緊張と、決意が入り混じった複雑な感情が浮かんでいた。


そして、ハッキリとした声で、男に告げたんだ。



「…料理人殿。もし、あなたがこの集落に残ってくださるというのなら…」



彼女は、一度息を整え、そして、まっすぐに男の目を見て言った。



「…私が……私と、番になって欲しい」



女エルフからの、あまりに率直な「番になってほしい」という言葉に、男は一瞬、目を見開いた。


予想はしていた。


彼女達が集落に男を残すための理由を必死に探していることは分かっていた。


しかし、まさか、ここまで…?


だが、男は内心の驚きを悟られまいと、すぐにいつもの落ち着いた表情に戻った。

彼は、静かに、そして丁寧に言葉を選びながら、答え始めた。


「…君の気持ちは、とてもありがたい」


男は、女エルフの真剣な瞳をまっすぐに見つめながら言った。


「だが…考えてもみてくれ。俺は、エルフではない。この集落にとっては、ただの、森に迷い込んだよそ者だ。そんな、素性の知れない人間を、君のような立派なエルフが、ましてや番に…」


あくまで謙虚に、紳士的に、彼は言葉を続けた。


「…俺は、君たちがそこまでして引き止めるような、そんな大した人物ではない。それに…番になるというのは、互いの部族にとって、とても重要なことだろう? 俺のような人間が入り込むのは、きっと、集落の秩序を乱すことになりかねない。だから…」


男は、言葉を濁しながらも、あくまで「君のため、そして集落のため」という理由で、その申し出を断ろうとした。


彼の目的は、あくまで「肉付きの良いエルフ女性を育成すること」であって、「特定のエルフと番になること」ではない。


それに、まだ彼女は、彼の理想とする体型には程遠い。


男の言葉を聞いて、年配のエルフの顔には、再び深い絶望の色が浮かんだ。


これほどまでの申し出をしてもダメなのか。

もう、男を引き止める手立てはないのか。

集落の食の未来は…?


しかし、女エルフは違った。

男の、建前めいた、そして少し突き放すような言葉を聞いても、彼女の瞳の光は消えなかった。


彼女は、男が初めて作ってくれたあの料理を思い出した。


あの時、初めて知った「美味しい」という感情。

それは、彼女の世界を根底から揺るがすほどの衝撃だった。

そして、あの料理を作った、男の手つき、食材に対する真摯な姿勢、そして、料理を振る舞った後の、どこか寂しげな背中。

あの瞬間から、彼女の中で、料理だけでなく、その料理を作った男自身に、惹かれる気持ちが芽生えていたのだ。


男の言葉を聞いて、女エルフは、グッと唇を噛み締めた。


もう、建前はいらない。

集落のため、なんて理由も、もうどうでもいい。

今、伝えたいのは、自分の素直な気持ちだ。


彼女は、男に向き直り、震える声で、しかし、ハッキリとした言葉で語り始めた。


「…初めて、あなたの料理を食べた時のこと、覚えていますか…? あの時、私は…生まれて初めて、『美味しい』という感情を知りました。世界には、こんなにも素晴らしい味があるのかと…」


彼女は、あの時の衝撃、そして、その後に男が毎夜作ってくれた料理、今日の、皆が涙を流したあの料理まで、一つ一つ、その時の感動を言葉にした。


男の料理が、彼女に与えた影響の大きさを、男自身に、そして周りのエルフたちに伝えようとした。


「…そして…あの時からです。あなたの料理に…そして、その料理を作るあなたに…私は、惹かれてしまいました」


彼女は、まっすぐに男の目を見つめて言った。


「短い間でしたが…あなたのことを知って、あなたの料理を食べるうちに…私は、あなたに、惹かれてしまったのです…!」


そこまで伝えると、女エルフの瞳から、知らず知らずのうちに、涙が溢れ落ちた。


それは、男の料理がもう食べられないかもしれない、という悲しみだけではない。

自分の素直な気持ちを伝えられたことへの安堵と、そして、もしかしたら、このまま彼が去ってしまうかもしれない、という、純粋な別れへの悲しみだった。


男は、涙を流す女エルフを、静かに見つめていた。


彼女の言葉は、建前でも、集落の都合でもない。


ただひたすらに、自分への、純粋な想いだった。

あの、理想のエルフ像ばかりを追い求めていた男の心に、その純粋な想いが、じんわりと沁み込んできた。


そして、彼は、ゆっくりと女エルフに向かって、手を差し伸べた。


「…ありがとう」


男は、優しい声で言った。


「…俺のことを、そこまで必要に、そして、想ってくれた人は…今まで、誰一人いなかった」


街でどんなに名声を得ても、彼の料理を愛してくれる人はいても、彼自身を、そこまで深く必要としてくれる人はいなかった。


男は、女エルフの瞳を見つめ、そして、確かな口調で、彼女の差し出した手を取った。


「…俺で、良ければ」


彼の顔に、初めて、打算ではない、心からの柔らかな笑みが浮かんだ。


「…俺で良ければ、どうか…君の傍に、いさせてくれ」




さてさて、というわけでね、あの凄腕料理人は、まんまと、というか、無事というか、エルフの集落に居つくことになったんだ。


あの女エルフの決死の告白が、彼の心を動かした、ってことになってるけど…まあ、本人の目的は、最初っから森に留まることだったわけだから、ある意味、計画通り? いやいや、女エルフの純粋な気持ちは、あの男の歪んだ(?)エルフ愛をも凌駕するほどのものだった、と信じたいね。


まあとにかく、男はエルフの集落で料理人としてやっていくことになった。


ここからは、彼の本格的な腕の見せ所…かと思いきや、彼の頭の中にあるのは、やっぱり例の計画さ。


エルフの集落の皆には、引き続き美味しい料理を振る舞う。

それは、彼がここにいるための大義名分であり、エルフたちの協力を得るための必須条件だ。


それに、美味しい料理を振る舞えば、皆が満足して、食材集めにも熱心になってくれるだろう。


男は、集落の皆には、あくまで健康を気遣い、適正なカロリー計算をしながら、彼らの食生活を改善していくことを心掛けた。


うん、表向きはね。太りすぎは病気の元だし、長寿のエルフが早死にされたら困るから、って。


でもね、その傍らで、あの女エルフに対しては、全く対応が違ったんだ。


集落の皆に振る舞う食事とは別に、男は、毎日、女エルフのためだけに、特別な料理を作り始めた。


それはもう、腕によりをふるってね。


彼女が持ってきてくれた食材に加えて、こっそり自分の隠し持っていた特別な材料も惜しみなく使う。


朝、昼、晩、そして、食後には、集落では考えられなかったような、甘くて美味しいデザートまで用意する。


「これは、君のために、特別に作ったんだ。遠慮なく、全部食べてくれ」


なんて言いながら、彼女の皿に、これでもか、とばかりに料理を盛る。愛情?いや、カロリーを盛ってたのかもしれないな。


女エルフも、男の料理が大好きだから、それを断る理由もない。


それに、集落の皆も、彼女が男を引き止めるための「番」になった、という経緯を知っているから、彼女を狩りなどの危険な仕事に連れ出すこともなく、比較的集落の中で過ごさせるようになった。


これが、彼女の消費カロリーを抑える上で、図らずも男に功を奏したわけだ。


そんな生活が、一日、また一日と続いていく。男は、相変わらず他のエルフたちには健康を気遣った料理を出しつつ、裏では、女エルフに「美味しい」を、そしてカロリーを注ぎ込み続けた。


一年も経つ頃には、男もすっかり集落の生活に馴染んでいた。


エルフたちも、最初は警戒していたが、美味しい料理のおかげで、今では彼をすっかり受け入れていた。


そして、そんな男の側を、いつも歩いているエルフがいた。


そのエルフは、他のエルフたちとは、明らかに姿が違っていた。


すらっとした、まるで絵から抜け出してきたような、美しいエルフたちの中で、そのエルフだけは…そう、ほんのりと、いや、もしかしから、しっかりと?…ぽっちゃりとしていたのだ。頬はふっくらとし、腕や足には、健康的な丸みが帯びている。


かつて、彼が集落に来た時に見た、細身の女エルフの面影は、そこにはもうなかった。


まさしく、男の理想通り。彼が追い求めた、あの「肉付きの良いエルフ女性」が、そこにいたのだ。


そう。男の、壮大で、ちょっと歪んだ目標は…


たった一人の女エルフを相手に、ここにきて、ようやく達成された、ってわけさ。


(おしまい)

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