手引した者
「じゃ、俺学校行くから」
ちょっとした事故でハーモラルから地球にスノウを連れてきてしまい一晩経つ。
そんなスノウはわざわざ玄関まで見送りに来てくれた。
「似合ってないな。そのジャージ」
ハーモラルから何の前触れもなくそのまま連れてきてしまったので変えの服装などあるわけがない。
ハロウィンならまだしも今は普通に6月中旬だ。
もしご近所さんに見られたらあんまり良くない気がするので、中学時代に来ていたジャージを今は着せている。
ま、うちのじいちゃんがいる時点でこの家は変わり者の家と認識されてるんだけど。
「あんたの服、動きやすくて結構好きよ?」
「俺のことは?」
「とっとと行きなさい」
「スノウちゃん冷てー。いってきまーす」
さてと、バカは学校に行ったけど私は何をすればいいのやら
何の見返りもなく住まわせてもらうのも気が引けるしお家のお手伝いでもしようかしら
「おばあさまー。私でなにかお手伝いできることはありますか?」
「お気になさんな。メロウルのお嬢様にそんなことはさせられん」
「…ご存知なんですか?」
「その顔にその白い髪、祖母の血がかなり強いのう」
「祖母の事をご存知なのですね」
「立ち話も疲れる。お茶でも飲みながら話そうや」
どうやって飲めばいいのこれは…?
なんかとても熱そうだしポーションみたいに濃い緑色だし
出されたお茶に疑問の視線しか向けれない。
「シアナは存命か?」
「ええ。あのご年齢になっても花園の手入れは欠かしておりません」
「裏庭の青いメフラホラウはまだ咲いているのかい?」
「大きくきれいなお花ですか?祖母はそのお花に並々ならぬこだわりを持っていますよ」
「そうかい。大事にしてくれているんだねぇ」
「あの…失礼ですがシアナ婆様とはどの様な関係で…?」
「なに、ただの友達さ。大事なね」
おばあさまそう言うと茶をすすった。
そうやって飲むものなんだと理解したので真似て啜る。
「凜斗と結婚するのかい?」
「ぶふぅー!」
不意すぎてせっかく口に入ったお茶を吹き出してしまった。
「なななな、なんで!?」
「だってあの子。ハーモラルから帰ってきてしばらくは喋らなかったのに、ある日急にお嫁さんができたって話してくれたんだよ。だからガールフレンドも作らずにハーモラルに想いを馳せてたんだ。でもまさかシアナの孫娘だったなんてねぇ」
「でもっ!私はまだ認めてないのでっ!」
「それでいいさ。でも、もし出来るならハーモラルでのあの子を支えて上げてほしい。何も考えてないように見えて、心はかなり傷付くからねぇ。うちらもこの老体じゃ戦えはしても何かを探るための旅はできない」
「おばあさま…」
「だからあの子には親族以外の頼れる誰かが必要なんだよ。凜斗と出会ったのがシアナの孫のスノウちゃんで良かった。あの子がなんで地球に帰ってきたかはスノウちゃんも知らないわけじゃないだろう?」
10年前の雷獄の雨が頭を埋め尽くす。
「そう…ですね。分かりました、私も雷獄の雨にはいつか立ち向かう時が来るとは思っています。そこに関してはきっとリントと辿り着く先は同じですから」
「ありがとう、スノウちゃん」
私とて行方をくらましてしまった両親を探さずにいるつもりはない。
それに…
「それに、私も負けっぱなしは癪ですから。いつかまたリベンジします」
「とりあえず、日向の跡継ぎの心配は無さそうだねぇ。ほっほっほっ」
顔を真赤にそれは知りません!と声を荒げてしまった。
日が落ちる少し前にリントが帰宅した。
「ただいまー。ばあちゃん今日何ー?」
玄関から靴を脱ぎ捨ててその足で食卓に向かう。
「おばあさま、この肉の味付けはなかなか美味しいです。ショーガヤキ?でしたか。こんな味付けはハーモラルで食べた事ありません」
「そうかい。なら明日はもっといいものを食べさせてあげよう」
どう見ても日本人の顔と髪色ではない美少女が割烹着を来て食事を取っている。
箸ではなくフォークとスプーンを使ってはいるものの完全に和食に順応しておりスノウの適応力の高さが伺える。
「…めっちゃ馴染んでるじゃん」
この世界は凄いわ!
蛇口をひねるだけで温かいお湯が出てくるの!
おまけにこの白くて冷たいどろっとした液体はとても髪に馴染んでこころなしか髪の艶が良くなった気がする!
「リント。出たわよ」
「おー。どうだった地球の風呂?」
「最ッ高!もうこのためだけに地球に住みたくなってきたわ!」
「ははは、地球の風呂はこんなんじゃ終わらないぞ。てかそのハーモラルの服着てんだ…」
「当然でしょ?いつ昨日みたいに魔獣が現れるかわかんないじゃない」
「まさか、2日連続だなん_」
日向家に住まう3人と居候(仮)のスノウが再び攻撃的な魔力を感知した。
「おいおい、まじで2日連続かよ。しかもまだ夜9時だ…下手したら一般の人に危害が及ぶ!」
「昨日より脅威度は低い…精々Dランクくらいかしら」
「じゃあ俺の出番だ。じいちゃんが動いてないからな」
玄関にて靴を履き外に出かけようとするとスノウもハーモラルから履いてきた靴を身につける。
「私も行く。2人いたほうが楽でしょ?」
「さんきゅ。行こう」
路上を走り攻撃的な魔力の元を辿る。
「あ、そうだ。ハーモラルの感覚で戦ってると狂うからな!マナ濃度が薄い分、ハーモラルに比べて魔法の威力が落ちたり効果が薄かったりするだけじゃなくて単純に身体能力も…」
スノウの走行速度がみるみる下がっている。
息切れもかなり激しく起こっており地球とハーモラルの環境の差を改めて実感する。
「はぁ…はぁ…やっぱ身体…おも…」
「ちょっと失礼っ!【足部強化】!」
速度を落としてスノウに合わせると後ろ太腿と背筋に手を回す。
俗に言うお姫様抱っこだ。
同時に足に魔法をかけて路上でなく建物の屋根や屋上を駆ける。
「ちょ!あんたなにしてっ!」
「うっはぁ!女子って軽ぅ~!」
夜街の空を飛び回り魔獣がいると考えられる場所、廃工場にたどり着く。
スノウを降ろして暗い工場内部に足を踏み入れる。
「【ちゃっか】」
あまり魔力を込めずに、詠唱もテキトーにすることで灯火程度の炎を人差し指に灯す。
所々天井に穴が空いているので月明かりが差す場所もあればそうでない場所もある。
「なに?今のやる気ない詠唱」
「めっっっっっっちゃ弱火の炎のえいしょー」
パリンッ!
ガラスで出来たナニカが地面に落ちる音がした。
音の方向はやや前方。
それと同時に人が歩くような足音が響き2人は戦闘態勢に入る。
「人…なの?」
「元々は、ね。服装からしてハーモラルの人だ」
二人の目に映ったのは腐死人。
生気の感じられない足取りでゆっくりと着実に迫りくる。
スノウはこのゾンビを止めるために杖を小突き氷魔法を発射寸前まで魔力を高めた。
「ごめん。故郷に墓を作ってあげれないかも」
が、接敵して3歩進んだゾンビを凜斗が錆びかけた剣で身体と首を切り離した。
速い…リントの剣筋、見えなかった…
「魔獣になっちゃったから残るのはマナストーンだけだけど。これはハーモラルの土に埋めておくよ」
倒れたゾンビの身体は飴たまの様なマナストーンを残して儚い光となって散っていく。
そのマナストーンに向けて左右両方の手のひらを胸の前で合わせ拝む。
せめて安らかに眠ってほしいな。
「リント…?」
「…あぁごめん。他にはいなさそうだし帰るか」
マナストーンをポケットに仕舞い廃工場を後にしようと背を向けた時だった。
「ぷっ…あっはっはっはぁ!!」
趣味の悪そうな女の笑い声が廃工場に響いた。
しかしスノウや凜斗には感知したのは今のゾンビだけのはず。
ハーモラルであれ地球であれ、人や魔獣だけでなく犬などの動物、どんな生物でも魔力というのは存在しており基本はそれを隠すことは出来ない。
それを隠すことが出来るというのは多少なりとも魔法を学んだ事がある、ということだ。
「腐死人なんかに哀悼の意を示すなんて…キミ面白いねぇ!」
「誰だ、お前?」
声の方向に視線を向けるもそこにあるのは影だけ。
凜斗が魔法を発射できれば話は速いがそれはできないし、スノウも炎魔法を使えないので相手の姿を確認する術はない。
下手に着火を使って辺りに炎を巻き起こしてもこの古い廃工場に炎が移って燃えてしまう可能性だって全然ありえたのでゾンビには不得手な剣を使ったのだ。
「いやいや。自分から顔晒すわけないじゃん」
「へー、そっかそっか…スノウ」
「【踊るつらら】」
前の力比べみたいにたくさんつららを出すわけではない。
二本程度なら無挙動でスノウは出せるんだよ
放たれたつららは声が聞こえた辺りの天井を破壊して月明かりを無理矢理差し込ませる。
あわよくばこの天井だった瓦礫に潰れてくれないかと思う。
「3本出すつもりだったのに2本しか出なかったわ。これがマナ濃度の差…か」
「あー。痛いなぁもう」
砂埃が治まると声の主の女の姿を月明かりが照らし出す。
その女が纏っている服装は地球、少なくとも日本ではハロウィンくらいでしか見られないほど異端な格好だ。
外見の年齢は凜斗やスノウと大差はなさそうだが顔つきや怪しい紫の髪色も明らかに日本人ではない。
「その胸当ての紋章…あなたアヴェダレオの人間ね」
「あべだれお?」
「センタレア大陸から見て海の向こう側の大陸にある侵略国家よ。数十年前からセンタレアを支配しようと暗躍してるの」
「んー?なーんでセンタレア直属の魔法士様がいるのかなぁ?」
「あんたよりはまともな理由よ、巻き込まれただけ。そっちこそわざわざ異世界まで来て何をしているのかしら?魔獣を放ったりして何を企んでるの?」
「言うわけ無いじゃん。おまけに顔見られたし、ここで消すしかないか」
「じゃあやってみろよ」
「うん、わかった」
10メートルは離れた距離を何の動作もなく詰めてきて右手首から鋭い針が突出した。
驚いたがそれには対応できる。
咄嗟にその右手首を左手で跳ね除け、迷いなく顔面に右拳をのめり込ませると数メートルは後ろに飛んでいった。
「嘘ぉ…キミ、女の子にも容赦ないんだね」
「人の命を愚弄したお前が女?笑わせんなって。それにお前はもう終いだよ」
「はぁ?何言って_」
突如、轟音が響く。
巨大なナニカが勢いよく落下したかのようなとても大きな音の方向を振り向くとそこには二人の老夫婦が臨戦態勢に入っていた。