スノウ、異世界に立たされる
「うわうわうわ!」
「きゃぁぁぁっ!」
ハーモラルの雲を飛び出たバスはあっという間に下降、そしてコンクリートの道路に勢いよく着地すると扉が開き無理やり中に入っていた二人を叩き出してどこかへ消えていった。
「んだよ!このクソバス!安全運転しろぉ!」
「いったぁ…どこよここ…体もなんか重いぃ…」
あたりを見渡すも目に映る全てのものがわからない。
等間隔に更に伸びている灰色の棒、道の上に赤色に光る謎の看板のようなもの、光を放ちながら高速で進む車輪のついた鉄とガラスの箱。
「なにここぉ!?」
「あ、ここが地球ね」
「チキュゥ!?ふざけないで!私明日やる事あるんだけど!!」
「まあまあ落ち着けって」
「落ち着けるかぁっ!」
「俺も初めて行き来したんだからよく分かってないんだよ。すぐハーモラル行けんのか。帰ってじいちゃんに聞かないと」
「無理ぢゃっ!!!」
無事に帰宅して開口一番じいちゃんに聞いた。
このチケットまたすぐ使えんの?
そして返ってきた言葉がアレ。
「だってスノウどんまい」
ふざけてる、リントといいこの筋肉だらけの老人といい
「…きゅう」
「あ、崩れた」
スノウは口から魂でも抜けたのかと言わんばかりに小声で何かをつぶやき唖然と膝から崩れ落ちた。
「このチケットは一度使うと魔力充填に3日はかかるんぢゃっ!」
「じゃ、じゃあ3日経てば使える…のね?」
「そしたら俺の休日と合わなくなる」
「あんたの休みなんてどーでもいいわよ!あぁどーしよう!明日は遠征参加者の発表があるのに…」
それよりこの老夫婦…
ここ数年で私が出会ったどんな人より…強い!
特にお爺さまの方、脅威的な体格から放たれる威圧感に体からにじみ出る精錬された圧倒的で強烈な魔力
この感覚…まるでうちの団長と同等かそれ以上の実力を持ってるのは間違いないわ
リントの祖父母という事前情報がなければ息をつまらせて呼吸することができなかっただろう。
どうすればマナ濃度が薄いこんな場所でこれだけの力を備える事ができるのか。
「それより、久々のハーモラルは疲れただろう?今日はもうお休み。スノウちゃんは空いた部屋に今日はお眠り」
「あ、ありがとう…ございます」
と、言われて案内されるもその部屋にあったのはベッドではなく少し厚い布の上にブランケットがあるだけ。
「これが文化の違いなの…?ベッドは?というか明かりはどうやって消すの?」
部屋は変わり凜斗の部屋。
明日の学校の用意をしていなかったので通学鞄から不要な教科書などを入れ替えているとスノウが勢いよく部屋の扉を空けた。
「きゃぁっ!男の部屋に勝手に入るなんて!」
「黙りなさい。レディが床で寝るだなんて考えれないわ」
「お前も昔家族で旅してただろ…あ」
って思ったけど確かこいつんとこの家族ってうちみたいなダリオルでちゃっちい荷車引いてるんじゃなくて隊商みたいにプレハブみたいな部屋に車輪付けて複数体の魔獣で引っ張って旅してたもんな
「残念。この家にベッドはこの部屋しかないんだわ」
「じゃああんたのベッドで我慢するわ。部屋変わって」
「なんつーわがまま。そんなこと…」
いや待てよ?
このまましばらくベッド貸せばスノウの匂いが付いてめちゃくちゃいいベッドになるんじゃね?
「ウン。イイヨ、イッパイツカッテ?」
「…なんか企んでない?」
「でもちょっと待って。明日の学校の用意だけするから」
英語の教科書を手に取り鞄に入れようとするとスノウが教科書を持つ右手を掴んできた。
「なんでハーモラルの字が記されているの?」
「え?」
本を奪い何ページかをめくり興味深そうに眺める。
「文法は違うけど、この文字はハーモラルの文字よ」
「あー知らないんだっけ。この字は地球じゃ英語って言うんだ」
「…はぁ?」
「んで、今話してる言葉は日本語」
あれ?これって言っていいんだっけ?
「なによそれ…訳わかんない…」
「深く考えないほうがいいよ。俺もいまいち分かってないし、なんか地球とハーモラルの成り立ちがーとか複雑な歴史に首突っ込むことになるから。じゃ、ベッド使っていーよ」
リントは硝子でできた板をポケットに仕舞うと扉を開けて退出、しかけたが最後に
「あ、ここ押せば電気…明かり消えるから」
そう言い残して部屋を移った。
言われたとおりに謎の突起に恐る恐る手を伸ばして押してみる。
「ひゃっ!」
ぱちっと高い音が鳴ると連動して天井の明かりが消えた。
他にもなにか仕掛けがあるのではと勘ぐりながらもベッドに入る。
「男の子のベッドってなんか変…」
当然、父以外の男と同衾なんてしたことはない。
体臭の違いもあるだろうが少々癖になる匂いが時折、鼻に入っていく。
思い返せばかなり濃密な一日だった。
朝に10年前の汚点を晴らすべく精一杯のリベンジを果たそうとしたが結果は力不足。
だけどリントの方も余裕綽々というわけではなかった。
推察するにリントの力は私と同じの冒険者ランクはB以上はある。
そして謎の鉄の箱に強制的に入れられこの地球に無理矢理連れてこられてさらに謎が増えて…
「って!さっきまで朝だったんだから寝れるわけない!」
外の景色が夜だからすっかり忘れてたけどハーモラルはきっとまだ昼過ぎくらいのはず!
今日の活動時間はまだ5時間も経っていないわ!
「というか…私あと5日もここで過ごさないといけな__」
ぴりっと、肌が攻撃的な魔力を感知した。
この感覚は人に害をなす魔獣のソレに近い。
でもこの世界に魔獣が現れるなんてあり得るのだろうか。
「っ!?」
どうする?
とりあえず臨戦態勢には入っておこう
距離的には少し離れている、そもそもハーモラルから来た私が介入してしまってもいいものなの?
しかもこの距離から感知できるってことはかなりの力、Bランク以上はあると断言してもいい
「リント…とりあえずリントに教えなきゃ…え?」
その感覚、攻撃的な魔力が急激に無くなった。
縛られた身体が解き放たれたかのような感覚だ。
「なに…きゃあ!」
不意に地面が軽く揺れた。
理解不能なことが何度も発生しているのでたまらず外に出る。
幸いドアノブはハーモラルと共通仕様でよかった。
外には同じように魔力を感じ取ったリントが先に出ており顔を一瞥された。
「ねえリント!今の感じたよね!?」
「しっかりとね」
「現れたと思ったら消えちゃって…一体何が起こったの!?」
「目ぇかっぴらいとけよ。多分とんでもないもん見えるぞ」
その言葉を言われて生唾を飲む。
リントは裏庭へと足を運んだのでその後に続く。
そしてスノウが目にした光景は…
「なんぢゃ貴様ら。とっとと寝んかい」
筋骨隆々の上半身裸状態のリントの祖父が庭の大きなある石に腰を掛けている。
だが強烈な違和感がそこにはある。
「すげーなじいちゃん。そいつなんだっけ?」
「アギト・レクスの牙と顎骨ぢゃ」
人の背ほどある鋭い牙が数本、小部屋ほどある顎の骨が庭に転がっていた。
そして腰を掛けている石はマナストーン、それも大玉ほどある。
「大顎の喰竜…Aランク魔獣じゃない!?」
そもそも遭遇事態がとんでもなく事例数が少なく生息数が懸念されている強力な魔獣が地球に?
その上、マナ濃度の薄いこの地球で傷一つなく短時間で仕留めたというの?
この御老体が?
本当に、一体何なのこの家族は…?




