深夜の昇る太陽
7/22 夜
ダディオの屋敷を後にしてアヅラタンへと向かう昇る太陽一行だが日が暮れてことをきっかけに一度歩みを止める。
出発したのが昼前なのでおおよそ8時間ほど移動をしただろうか。
「今日はこの辺で野宿だな」
辺りも広く、地面を観察しても人や魔獣の足跡などの痕跡はない。
夕方頃から降雪も落ち着いていたので道にも雪はなく、ダリオルも快適に脚を動かせていた。
「今日の見張りはオレとアレタだ。前半後半は勝手に決めるから他の奴らは寝てろ」
全員で野営の準備を行っている最中、唐突にアテラが宣言する。
「えーいいよそんなん。俺やるって」
拾ってきた薪に自分の魔法で火を点けていたリントが気を使ったのか交代を申し出ると男子陣の荷車にて調理器具を探していたアレタが返す。
「いいの。僕とアテラちゃんが怪我ないんだからリントくん達はしっかりきっかり休むこと。いい?」
「でも…」
「いい?」
「ハイ…」
どの世界においても医療に通ずる者の圧の強さには負ける。
食事を終えて夜もふけると前半の見張り番であるアテラは男子共が寝る前に工具や資材等を取り出す。
木材は雪に触れて水分を含まぬように厚い布を被せておき、自分が見張り番の際の仕事を行う。
「車輪…よし。軸は…いいな」
そう、荷車の点検である。
今、昇る太陽は使用している扉付き小部屋タイプの荷車と一般的な丈夫な布を被せた幌荷車の2台はアテラもといその父親のロックが営む工房で作り上げた値段以上の最高品質だがそれでも点検は欠かさない。
「ったく。女達の小部屋はまあ大丈夫だろうが…流石に野郎はちと寒いだろうな」
ミガレユノに入る前に女子の利用する荷車には白雪あざらしの皮を利用して内側から防寒性能を上げているが男子達の荷車はお粗末な加工しかできていない。
大きな理由はそう、資材不足だ。
『もちろん工房で育つ技術もある。だが時には資材や人手が不十分な状態で働かなきゃいけねえんだ。それは今回身に染みただろ?』
シンヘルキを出る(出される)前に工芸の師である父からの言葉を一人になると何度も思い出す。
幸い、リントが炎魔法の使い手であり謎の特性として寒くなると勝手に体温が上昇して人間暖房のようになるため男子達は寒さに苦しんでいるわけではないが仲間の寝床を快適にしてやれないのはかなり悔やまれる。
が…
まあアレタ以外は丈夫だから大丈夫だろ
「さて…やるか…」
見張り番といえど実際は凍えないように焚き火の近くで暖を取りつつ火が消えぬよう薪を追加するのみ。
稀に火や荷車に飾ってある森崩しの猪の角に怯えずにノコノコと現れて暴れるが大抵Dランク以下の低知能魔獣なので薬師のアレタ以外の団員なら簡単に対処ができる。
それだけでは暇なのでアテラは夜な夜な大工として何かをひっそりと作り続けており完成が少しずつ見えてきている。
あとは集中さえしてしまえば時間の流れなんてあっという間に
「アテラちゃん交代の時間だよ」
「……そうか」
焚き火から離れていて、なおかつこの寒空の中でもアテラは大量の発汗を見せており目つきもかなり鋭い。
おまけに4度目の声掛けでついに反応が帰ってきたことからかなり深い集中にいたようだ。
「もうちょっとだけ作業していいか?邪魔にはならねえようにする」
「気にしないで。僕も焚き火の前で本を読むか薬を作るかだから」
「そうか。ちょっと待ってろ」
会話にはなっているがアテラはまだ作業をしているような感覚。
しっかりと頭を使った会話ではなく反射的な会話に多少首を傾げたがアテラが端材を使い一分もかからず背もたれ付きの椅子を創り上げた。
「丸太に座るよりかこっちの方がいいだろ。簡単なもんだがな」
「あ、ありがとう…あ、すごいいいかも」
いざ座ってみると接地面とのバランスもよく、揺れたりガタつくこともなく安定した座り心地だ。
こんな神業を魅せてくれたアテラにはやはり天才なのだろう。
「うっ…」
作業に戻ろうとしたアテラが少しふらつく。
「大丈夫かい!?アテラちゃん!」
即座にアレタがアテラのもとに駆け寄り倒れてしまう前に肩を持って先程の椅子に座らせる。
「焚き火があるとはいえすこし離れ過ぎだよ。体温維持と作業を並行しちゃうと体力の消費が大きいんだから」
「いや…もう大丈夫だ。心配かけた」
「ダメだよ。もう荷車に戻って休むんだ」
「アヅラタンに着く前に今の作業を終わらせてえんだ。頼む」
「あまり言ってほしくないと思うんだけど…君は女の子なんだ」
アテラにとってその言葉は危険単語である。
それはもちろん理解しているがここまで言わなければきっと張り付けになっても作業をし続けるだろう。
「おいテメエ…!今なんつっ__」
「これは差別とかじゃない。区分けなんだ」
吠えかかったアテラを遮るように話を続ける。
「人間や工芸族という種族は置いておこう。どれだけ強がって頑張っても女性の力や体力が男性に追いつくことは特例はあれど基本的には無いんだ。それに君はまだ17歳で体作りもまだ終わっていない。過剰に働くのは長期的に見てもいいことにはならないよ…アテラ」
年下の異性ということもあってちゃんを付けて呼んでいたがアテラはおそらくいい気はしないだろう。
ただ呼び方を変えるタイミングが見当たらなかった。
「これは医学を学んだ者としての忠告、そして仲間としての注意だ」
もちろんこんなことでアテラが納得するとは思わない。
何より彼女のことを一切尊重しない最低な発言だ。
「それに…今の僕の仕事はみんなを健康に過ごさせることなんだ。だから仲間の不調を見過ごすわけにはいかない。アテラもシンヘルキで仕事を全うしていたんだ。僕の気持ち、分かるよね?」
若くして絵に描いたような責任感の強い仕事人であるアテラには仕事ということを強調して伝える。
「女の子って言ったのは謝るよ。そうでも言わないと君は無茶してでも動くと思ったから。とにかく、今夜は休んで。片付けなら日が明けたら僕達で片付けておくから」
「そこまで言われちゃ…我が儘言えねえ」
椅子から立ち上がり弱々しい足取りで女子達が休息を取る荷車へと入っていった。
「休息をちゃんと取れれば大丈夫だと思うけど…ん?」
何かが草を掻き分け、土を踏む音を鳴らすとアレタは立ち上がり身構える。
一人旅をしていた頃から魔獣に遭遇した際は即撤退、低級の魔獣であれば退治はできなくとも様々な材料を混ぜ合わせた強烈な匂いを発生させる玉を投げて追い払ったりもしていた。
シンヘルキの謎の船内で大型熊の魔獣に使用したのが一例だ。
そしてとうとう、焚き火の明るさによって音の持ち主は姿を表す。
「これは…!?」
一言で表すなら神々しい狼。
その動き、一挙一動に目を奪われ息をすることさえ忘れそうになる。
銀のように輝く体毛は焚き火の明かりを強く反射し美という概念を覆された。
ひどく深い傷を負っていてもだ。
敵意は全く感じない。
それどころか助けを求めているような目線で焚き火の近くまで弱々しく歩く。
近くまで来てようやくアレタは気が付いた。
「子供!?」
深く傷ついている狼の魔獣の背には傷を負った小さな狼が横たわっている。
おそらく親子だろう。
アレタの前で止まると背中の小さな狼を地面に寝かせた。
「僕は獣医じゃないけど…やるしかない。でもその前に」
「グォンッ!」
親狼の方が深刻な怪我を追っているので治療を優先しようとするが吠えた。
だがそれも弱々しい。
「…分かった。この子をすぐに助けて君も助けるよ」
急いで荷車から治療道具を取り出して即座に小狼の治療を開始する。
「切り傷…いや違う…挟まれた…?それに魔法による攻撃を受けた痕も…」
これは想像よりも長丁場になるぞ…
薬草と油を練った薬を塗り包帯で巻き、負っている傷の分同じことを複数回。
それが終われば魔力回復薬を口に流し込む。
後はこの寒さで凍えないように焚き火の近くで布を体に被せて休ませて処置を終わらせる。
「よし。後は…」
親狼の処置、だった。
「…ごめん」
仮に親の方の治療を最初に始めていても結果は変わらなかったであろう。
だから自らの処置を拒み子の治療を優先させたのだ。
そして陽が昇ると一匹の幼い魔獣の遠吠えが辺りに響いた。
「こいつは白光の狼。シンヘルキからアヅラタンにかけて生息している知力の高い狼の魔獣。だが個体数も激減している上に血族以外との関わりを徹底的に嫌っているから俺も資料でしか見たことがねえけどな」
夜中に起こった事を起きてきたリント達に報告をする。
そしてバルが小狼について解説を行った。
「へー、きれーな毛だなー」
「だねー」
地に埋まった親の前で座り続ける子供の白光の狼をリントとアヤネが興味深く観察、時折噛まれかけている。
「成体ならAランク、経験を積んだ老練な個体ならSランクに位置するほど強えんだが…成体が戦いに負けるなんて考えられねえ。それに他種族の人間にわざわざ助けを求めるたぁよっぽど追い詰められてたんだろうな」
「そうだね…きっと親も我が子を助けたかったんだろうね」
「白光の狼とはいえあんなに小さいんなら一匹で生き抜くのは厳しいだろうな。幼体とはいえ他の白光の狼は受け入れることは多分しないからな」
「うちで飼えないの?もしいてくれるなら野宿を任せれるんじゃない?」
スノウが言った。
「それはアリだ。まあプライドの高い白光の狼が俺達を主として認めるかどうかってとこだ…ん?」
親の前で座り込んでいた小狼が立ち上がるとアレタの前へと歩く。
数秒だけ見つめ合うと小狼は座り尻尾を振った。
それが意味することは…
「へえ。アレタのやつ認められたな」
「すごいの?」
「俺が知ってる限りじゃ白光の狼が人に懐いたなんて事例は過去に2件。それも数十年前だ。よっぽど人懐っこい性格なのか恩義を深く感じてるのか、だ」
「うーん…じゃあよろしく。白光の狼じゃ呼びにくいよね…」
「白いしシロでいいんじゃね?」
「威厳がない。ホワイト・シルバー・スピード・ヴォルフ・ゼータがいいと思う」
「長いでしょ」
適当なネーミングのリントにやたら長いシフラにスノウが冷静なツッコミを入れた。
「そうだね。白く輝く狼…グロウリーなんてどうかな」
「あぉん!」
「じゃあよろしくね。グロウリー」
理解しているかは不明だがこの吠えは少なくとも前向きなものだろう。
グロウリーと名付けられた小さな狼は撫でられると恩義を感じた主へ忠誠を示す遠吠えを発した。




