バス、異世界に派手に突っ込む
スノウが待ち合わせに指定した場所はギルド紹介場。
の横に併設されている訓練場だ。
どうやらスノウはここ最近でかなり名を上げているらしくスノウドロップの二つ名が付いているらしい。
その今をときめくスノウが人前で己の実力を発揮する機会があるのならどんな人間であれ多少は気を引かれるだろう。
対してリントは全くのDランク無名冒険者。
この場にいるほとんどのものがリントの事を知らない。
「完全に俺アウェイなんだけど…」
「あうぇい?なんのことか知らないけどまさか一人じゃ戦えないとか言わないわよね?」
「ナイナイ。俺を鍛えたじいちゃんは漢は最期まで一人であれなんて言うんだぜ。思考が上手に塗り替えられてら。それにな」
「それに?」
「これが終わる頃にはきっとみんな俺のファンになってるよ」
「…減らず口は相変わらずね」
右手に握られた杖を片手で軽く回すとレンガブロックサイズの氷塊がリントとスノウのちょうど中間の空中に現れて浮いている。
「この氷を今から上に上げるわ。そして地面に落ちたらスタートの合図。それでどう?」
「もーまんたい。それでいこう」
また訳のわからない言葉を
でも、その口を今度は完全に塞いであげるわ
「【上昇】!」
呪文共に氷塊が高く打ち上がる。
やがて頂点を迎えてあとは地面に落ちるのみ。
3…2…1…
「【凍地形成】」
先手はスノウに取られた。
氷の着地と共に杖を地面に複数回小突くと砂でできた平らな訓練場に氷柱がそこかしこの地面や壁から生えて戦場に地形の概念を付与した。
「こんだけの氷増やせるとか…やるじゃん」
氷柱に阻まれてスノウを見失ってしまった。
「こんだけあると流石に着火じゃ溶かすのは無理だな」
とはいえ上手に気配を消したスノウを察知するのははっきり言って無理。
どこから現れるか視認してからの対応になるな。
不意に杖が地面に小突く音が聞こえた。
「【踊るつらら】」
声と小突く音の方向は確認した。
氷柱の後ろから二つに分かれてつららが向かってきている。
【着火】
体に炎を纏わせ、それを巻き起こしてつららを蒸発させる。
「甘いあま…」
今度は100本近いつららが迫ってきていた。
「これはちょっと無理かもっ!」
回避行動に出ようにも左右前後ろどこを見ても氷柱に囲まれている。
「【炎の壁】!」
両手をつららが向かってきている斜め上に向けて炎の盾を作り出すが量が量なので全ては防ぎきれず多少のダメージは貰ってしまう。
蒸発したつららが蒸気になって視界が、見通しがかなり悪い。
蒸気が晴れる。
ようやく見えたスノウは視認可能な距離にいる。
「内に眠る未知の可能性に命ず、我に仇する全ての愚者に永遠の静寂を与えなさい…」
呪文のフル詠唱に最大限の魔力を放出するための特定の個人動作、背後にある巨大魔法陣。
待機中のマナが全てスノウの元に集まり周辺は氷によって凍てつく。
間違いない。
スノウは決着を付ける気だ。
「【静寂の氷】」
最後の言葉と共に放たれたその氷魔法は一筋の光線となり迷いなく周辺を凍てつかせてリントを襲った。
ほんの一瞬だけ世界が白く光る。
そしてスノウの視界に映ったのは自分の魔法により見事に氷漬けになった宿敵の姿。
「……やった」
スノウの思わず漏らした一言に見守っていた観客が湧き立つ。
「すげー!」
「流石スノウドロップ!なんつー規模だよ!」
10年前の雪辱を果たしてやや上機嫌に氷漬けにしてしまったリントを溶かしてあげようと近づく。
「やったやったやったー!これで婚約解消!あぁ…待ってなさい私の王子サマ!いつか見つけてみせるっ!」
だが、猛烈な違和感がそこにはあった。
自分の放った氷の光線と何かが真正面から衝突した痕跡。
「…笑ってる?」
そして当のリントはまるで、秘策打ち破ったりと言わんばかりににやけた顔だ。
そしてよぎったのは過去の記憶。
まだ、終わってない!!
戦闘意思を取り戻す瞬間、それは間に合わない。
リントに纏わりつき動きを止めていた氷が破裂した。
「うそっ…!」
火炎を纏う右拳がスノウの顔を襲う。
「きゃっ!」
咄嗟に怯えて顔を両手で守ろうとしたが、後ろに尻餅をついてしまった。
「…俺の勝ちでいい?」
その声で恐る恐る目を開き、立っているリントを見ると満面の笑みを浮かべていた。
観客の一人が声をまじかよ…と声を上げると先ほどのスノウのそれよりも遥かに大きな歓声が湧き上がった。
「にーちゃんなにもんだい!?」
「なんだよそりゃぁ!」
「すげぇー!!」
その歓声に酔わずに転げたスノウに右手を差し伸べる。
「お前、あの頃よりもすっごく強くなってんのにその油断だけは変わんないのな」
あの時も、スノウの敗因はお互い魔力切れと判断してのこのこと近距離戦に持ち込んだ慢心と油断だった。
「はぁー…最っ悪っ!」
差し伸べられた右手を左手で握って立たせてもらう。
「一個聞いてもいい?」
「何個でもいいよ」
「うざっ。私のフリーズ・フリーズをどうやって内側から破ったの?あれはBランクの魔獣にも通用する強力な私の切り札なのに」
「簡単だよ。自分の氷魔法で最初に自分を凍らせておけばそれ以降の凍りつきなんて感じないし自分の魔法なんだから簡単に溶かせる」
「はぁ…あんたが二属性使えるの忘れてたわ…」
「ま、氷魔法だからこの手が取れた事は大きいかもね。炎だったら強い温度の方に負けるし風だったらより暴風の方が勝つ。氷は相手の温度のほうが強くてもすでにある氷の上にまた凍るだけだし」
馬鹿に見えて実は変に頭が働く
だから尚更腹が立つのよね
「…私の負け。いいわ、恋人にでも妻にでもなんにでもしなさい」
「いやいや。結婚は前回で決まってるから今回は別のお願いだよ」
「ちっ。引っ掛からなかったか」
「騙そうとしたっ!?」
こほん、と気を取り直して今、スノウにしてほしい事を正々堂々を告げる。
「俺とギルドを作ってくれないか?そして俺の横にいて欲しい」
「ごめんそれむり」
「…ほぇ?」
即答だった。
ちょっと大事な場面でカッコつけたってのに。
「え、え、なんで?」
「だって私、センタレア直属の魔法士だから特定の民間の集団に肩入れするのは許可がいるもの」
「そんなぁ…でもぉ…」
「だからそれは諦めて。と言うかいつまで手握ってんの?」
がっしゃぁんと壁を破壊する轟音が響いた。
立ち尽くす観客、唖然とするスノウ、何かを思い出して青ざめるリント。
そう、リントをハーモラルに送ってくれた鋼の籠車である。
「な、なにあれ!なんなのあれ!」
「やっべぇぇ!忘れてた!」
アッス達に会ってから夜を2回過ごしてる。
そしてあの時と同じような角度に太陽は出ている。
「ちょ、ストーップ!あと5分だけー!ぎゃっ!」
「うわっ!」
バスの扉が開くと大きな手がリントを捕らえる。
そしてリントはスノウの手を握っていたので必然的にスノウも捕まって二人は強制的にバスに収容された。
「ちょっと!私関係ないって!」
閉じられた扉をひたすら叩きつけるがバスは無情にも再び紹介場の壁を破壊しながら空へ旅立っていった。
「「「「「なにあれ」」」」」」
残された観客は不恰好な顔で空を眺めていた。