地球とハーモラル
一人でここに来るのは初めてだ。
昔の記憶では両親が幼かった自分には理解できない話をしておりとにかく退屈でしょうがなかった。
センタレアに来ると確定でここに寄るのでこの時間が苦痛だったし地球に戻る合図でもあったのでとにかくここが嫌いな幼年時代を過ごした。
「お待ちしておりました。リント・ヒナタ様」
出迎えの執事みたいな獅子の獣人のおじさんは見覚えがある。
「局長がお待ちです。この部屋へ」
言われるがままに戸を開ける。
そこに座っている老人は異界管理局の最高責任者だ。
「久しぶりだね。凛斗くんよ」
とても優しい声、落ち着く。
うちのじいちゃんもこの大人の雰囲気を見習って欲しい。
「おじさんの事は覚えてるかい?」
「はい。高橋健三さんですよね」
「さん付はいらないよ。今このハーモラルにいる地球人はおじさんと凛斗くんしかいないんだ。それに昔はやんちゃ小僧だったのに大きくなって」
「いやいや、まだまだ子供です」
「はっはっはっ、謙虚さも覚えたか。少し席を外してくれないかハクト。この子と二人で話したい」
「もとよりそのつもりです。茶は置いておきます」
机に茶と菓子を残してハクトという名の獣人は部屋を出た。
「さて、君も聞きたいことはあるだろうがまずはおじさんの質問に答えてくれ。どうやってハーモラルに来たんだい?」
「じいちゃんがこのチケットみたいなやつをくれたんです。それでら48時間だけハーモラルにいれるみたいで」
「ほう。まだ鋼の籠車は現存していたのか。清坊も相変わらず食えないことをする」
「俺としては全然ずっとこっちにいてもいいんですけどねーせめて高校は出ろって」
「君はまだ若すぎる。覚えるべき事が山積みな上に今しか学べないことも多々ある。人生とはそう積み重ねるものだ」
ここで茶をひと啜り。
「さて本題に入ろう。何故、ハーモラルに来たんだい?」
「向こうの世界で最近は頻繁にこっちの魔獣が出るんです。俺はその原因調査でじいちゃんに言われてハーモラルに来ました」
「ハーモラルの魔獣が…?ゲートは既に破壊されたと聞いていたが」
「だからますます分からないんですよ。俺は地球とハーモラルを行き来できる手段はこのチケットを知るまで無くなったと思ってたから」
「現時点でははっきりとした原因は分かりません。昔から何かの拍子にこちらの魔獣が地球に現れることは数十年に1度あったくらいだからね」
「ケンゾーさんでも分かんないなら俺はもうお手上げですよ」
「まあ待ちなさい。考えるにも情報が少なすぎるからね」
「実は隠されたゲートとかあったりするんですか?」
「おじさんが知る限りはないな。そもそも2つ目以降のゲートを作ったのは異界管理局だ」
「やっぱりそうだよなぁー。なかなか難しいなぁ」
「だが、新たなゲートを作ることは理論的には可能だ。技術も現存している」
「うぇ!?」
「しかしそれはあくまで理論的に、だ。例えるなら針の穴にバスケットボールを入れろ、と言ったかなりの無理難題だ」
「…無理じゃん」
「けどね、世の中の技術は思ったより進化している可能性もある。おじさん達が考えれなかった事と他の人がやったら案外簡単にできるかもしれない。例えば…魔科の融合とかね」
「マカノユーゴー?」
「少し話は逸れるけど…凛斗くんは雷獄の雨の原因は知っているかな?」
「昔母さんから教わったのはSランク魔獣【不死雷轟鳥】の影に起きる現象だって」
「正解。では何故その不死雷轟鳥はその様な脅威的な力を持っていると思う?」
「そういうふうに進化したとしか。人間だって猿から進化したし」
「なるほど。かなり一般的な答えだか…」
健三は立ち上がると棚からとある物を取り出した。
それを凛斗の前に置く。
「これは…基板?パソコンとか機械に付いてるあれ?かなり古そう」
「かつて幸運で勇敢な学者が常に雷を纏う不死雷轟鳥の真の姿を目撃、触れることができた。その際に死に物狂いで持って帰ってきたのがこの基板なんだ」
「待って待って。なんで魔法が中心のこのハーモラルにそんな現代的な機械部品があるの?」
「異界管理局が設立された理由はご存知かな」
「もちろんです。お互いの技術を行き過ぎないように仲介するって感じですよね」
「そうです。しかし過去に何度か、ハーモラルの世界に地球の技術が持ち込んだり持ち込まれたりされてしまった事がある。ですがこっちと向こうでは大気中のマナ濃度の違いから異なる世界の機械などは動作せずに壊れてしまう」
「俺も昔こっそりゲーム持ってったらめちゃくちゃ怒られた上に使えなくなってびっくりしたなぁ」
「逆も然り。こちらの世界で作った魔道具なども向こうの世界ではガラクタ同然。魔法も向こうの世界ではかなり弱体化しています。ですが時折、魔法と科学が突然何かしらの反応を起こして超常的な現象が起きてしまう事がある」
「え?」
「過去にハーモラルに持ち込まれた多数の機械。その中の通信機、冷蔵庫、コンロのこの3つが偶然なのかは分かりませんが大気中のマナと融合してしまい3つの命を生み出してしまいました」
「…まさかそれが!?」
「お察しの通りだよ。通信機は不死雷轟鳥の【ヴォルトアン・ヘアット】として、冷蔵庫は凍てつく大陸亀【フロン・フロスト】として、コンロは爆ぜる火山龍【レンジド・オーブナー】としてそれぞれの生を持ち始めました」
空いた口が塞がらないとはまさにこの事を言うのだろう。
昔聞かされていた情報と全く違う。
「地球の機械とハーモラルのマナが融合したこの3体の生物はハーモラルに現存するどの魔獣よりも圧倒的な強さを誇ります。ハーモラルの魔法と地球の科学の融合、我々は異界融合と呼んでいますがそれだけの人知の及ばない強大な力を生み出す事が可能なのです。偶発的にも、ね」
「で、でも!それと新たなゲートを作ることに何の関係があるんですか!?」
「我らが作ったゲート自体も、最初に現れたゲートに倣って作成された物です。作成自体も意図的に異界融合を行わないと作れません。今の段階では何者かが糸を引いているとしか考えられませんね。」
「その何者かをとっちめないと解決は遠そうだなぁ」
「これから凛斗くんはどうなされるつもりなんだい?」
「48時間しかハーモラルにいられないから本格的に動くのは来月の夏休みに入ってからになりそうです。じいちゃんに滞在時間変えれるか聞いてみないとだけど」
「滞在時間に関しては自由に設定できます。もともとその鋼の籠車を開発したのはおじさんと清坊だからね」
「本当ですか!?じゃあそれまでセンタレアで準備しとかないと!ハーモラルを巡るのは夏休みにしようー!」
「よければ来週も管理局に来てください。ハーモラルに戻られた勇者様に細やかながらご助力をさせていただくよ」
「勇者だなんてぇ〜へへっ!」
こういうところは普通にまだ子供…それどころか幼児だな
管理局を後にしたリントを興味深そうに窓から眺めていると主人が横に立った。
「気になるかい?ハクト」
「えぇ、2年前に来たメクニ婆が言っていた特徴とあまりにも合致していたので。彼が二つの世界を救う勇者…なのですか」
「少なくとも私は、そう思っていますよ。彼の両親も素晴らしい冒険者でした。その血筋を継いでいるのなら可能性は十二分に」
「ですがまだあまりにも子供です」
「今世界を救うわけではありません。そもそも危機という危機もまだ完全には判明していない。それに子供だというのなら我々大人が支えればいいのです。大人とは子供のために生きるのですから」
「…出過ぎた事を」
「構いませんよ、それが普通の反応なのだから。まぁ、私も子供に大した事を言えるほどの事はしていません」
凛斗くん、君がハーモラルと地球を救う勇者である事を私は確信を持っています
神の悪戯で分たれたこの二つの世界を私は救う事が出来ないどころか君の両親すら行方を掴めていない
きっとこれから君を待ち受ける運命は過酷なものになるでしょう
ならばせめてそれを少しでも受け止めるのが大人の所業
願わくば、見届けたいものだ