勇者は再びこの世界に舞い戻る
トロルという魔獣をご存知だろうか。
異形の巨人という言葉がぴったりな巨大で力強く人と同じ二足歩行の魔獣だ。
個体差はあれど3メートルから大きなものだと7メートルはある個体もいるらしい。
棍棒を持っていればみなさんのイメージに分かりやすいだろうか。
センタレアから50キロ先にあるベリダバ山までは基本的にどんなに高くてもD級までの魔獣しか出現しないことが確認されており初中級の冒険者や兵士たちの修行にはうってつけの場所であった。
ハーモラルにおいてのトロルのランク定義自体はD。
だが、そのDの中でも上位に位置し、ある程度経験を積まないとかなり厄介な相手になると広い認識を冒険者達に知られている。
「こんなところで…トロルが出るなんて聞いてねえよ!!」
そんなトロルがセンタレアから20キロほどしか離れてない森林で出くわしてしまった。
抵抗するも歯が立たずご自慢の棍棒の一振りで肋骨が逝ってしまったようだ。
ならばせめて自分を慕ってくれている部下を逃がす!
「俺が時間を稼ぐからお前ら撤退だ!」
「リーダー!そんなんだめっすよ!」
「そうっすよアニキィ!」
「お、おまえら…!」
くうー!俺は最高の舎弟を持ったぜ!
二人の舎弟に奮い立たされ改めて意を決し自慢の大剣の刃をトロルに向けた。
「行くぞお前らぁ!これが俺ら【終わりなき死者】の絆の力だぁ!」
これで咲かせてみせよう我らが花を!
「うわぁぁぁぁぁ!!待って待って!!ストーップ!」
「は?」
「ひ?」
「ふ?」
トロルといざ対峙せんとしたばかりだったが謎の車輪のついた大きな鉄の箱がトロルにぶつかって巨木に打ち付けられた。
「アニキ!なんなんすかあの鉄の箱はぁ!?」
「おちおちおちおちちちち!」
「リーダー落ち着いて!」
謎の鉄の箱から一人の人間、おそらく少年がかなり疲弊した様相のおぼつかない足取りで現れた。
「うっぷ。なんつー運転しやがんだよこのバスは・・・」
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、ああにききき!」
「おおおおおおおおおちおちんおちんおち!!」
「リリリリリーダァァァァ!」
「ウボォォォン!」
急に現れた謎の人間、凹んだ鉄の箱、吠えるトロル、もう何がなんだかわかんねえよ!
「んあ?こいつは確か」
「トロルだ!逃げろあんちゃん!」
忠告も間に合わずトロルの持っていた棍棒はすぐ前にいた男の人間を潰してしまった。
砂煙が舞い上がって性格には確認できないが、無事であるはずがない。
「あんちゃん!大丈夫か!?」
「無理っすよアニキ!即死です!」
「逃げましょうリーダー!今しかないっす!」
「ちくしょう!すまん名も知らぬ少年よ!お前の犠牲に感謝す__」
「痛ってぇ!」
砂煙が晴れるとそこにいたのはトロルの棍棒を両手で受け止めた犠牲になったと感じた少年だった。
「トロル…ああ思い出した。確かベリダバ山超えたとこにいる魔獣だったっけ。つまりここはベリダバの先ってことか」
トロルは棍棒を再び振り上げたが、そのタイミングで少年は何かを呟くと両拳に炎が巻かれた。
「うっはぁ。このマナ濃度、ホントにハーモラルに来たんだぁ!」
トロルを棍棒を振り下ろし、少年は炎の拳を突き上げて衝突する。
木製の棍棒は燃える。
そしてトロル本体にも棍棒を伝い豪炎がその巨体に燃え移ると不気味な断末魔を叫びながらマナストーンのみを残して灰になった。
「マナストーンだけかぁ。腰巻きとか残してくれりゃよかったのに」
「ととととトロルをぉ!燃やしたぁっ!」
「ん、あんたら誰?」
気付いてなかったのかぁ!?
「なるほど。あんた達は結成したばっかのギルドで資金や素材稼ぎのためにこの辺で魔獣を狩ってたと」
そのへんに良い腰掛けに使えそうな石があったので一旦座りながら今の状況と場所を聞く。
「ちなみにここってベリダバ超えたとこくらい?俺センタレアに行きたいんだけど」
「い、いえ。ここはセンタレアから20キロ離れたとこです!」
そういえばメートルとか数の数え方はあっちと同じなんだっけ。
えーと確かハーモラルとあっちの成り立ちは・・・忘れた!
「おお、これは好都合。方向はどっち?」
「俺らが案内しますよ!恩を返さないと!」
「いやぁ別にそこまでは…」
「おめえら!道案内すっぞおらぁ!」
「「おぉっす!」」
熱い人達だなぁ。
まぁ実際、道とか覚えてないし助かるな。
「じゃあ甘えるよ。えーっと…」
「アッスです!」
「イッスです!」
「ウッスです!」
三兄弟かよ
「俺は凜斗。こっち風に言うとリント・ヒナタ」
「リントさん!よろしくざざざぁっす!」
道を下ってセンタレアに向かいつつアッス達に今のハーモラルの事情を尋ねることにした。
特に、リントのみが本来の世界に帰る事になったあの事件のその後を。
「なあ10年前に起きた【雷獄の雨】って知ってるか?」
雷獄の雨
それはとある魔獣が移動する際に発生する超絶異常気象だ。
雨は水として降らず、代わりに雷が雨粒のように絶えず降り注ぎ牢獄に閉じ込められたかのように誰もその場から動くことができなくなるほど強烈な天候なのだ。
「知ってまっさぁ。本来だったらそこでセンタレアは壊滅するはずだったらしいんですよね!」
「だけどとあるギルドが全精力を上げて雷獄の雨の軌道を逸らしたんですよ!そして民衆からの死者を出さずに!」
「俺らはそのギルドに憧れてこのノットデッシースを結成したんスよ!」
「なるほどネー。その後のセンタレアはどんな感じだった?」
「被害はあったんすけど…数年でなんとか今まで通りのセンタレアに戻りましたよ」
とりあえず、壊滅的な被害は出てないのか
よかったきっとあいつは無事だ
「リントさんはどこの出身なんですかい?最近のセンタレアをよく知らないようだが…」
「え、あ、俺?」
向こうの世界のこと話して良いのかな
でも夜明けの太陽のみんなは知ってたし
嘘つくにもハーモラルのことうろ覚えだし
ま、嘘ついてもしょうがないか
「俺は異世界から来たんだ。こっちの名前で言うと【チキュー】だったかな」
「ううぇぇぇぇ!」
「ち、ち、チキュー!?存在したんですか!?」
「そういえばヒナタってあの伝説のギルドの夜明けの太陽にいたあの異界の夫婦と同じだ!」
「そんな有名なの?」
「有名も有名!雷獄の雨からセンタレアを救った英雄ですよ!道理であんなに強いわけだ…」
「夜明けの太陽のみんなは今も元気でやってんのかな」
その一言でアッス達は足を止めた。
「実は…」
間違いない、ここはあの時、あの宴会をしたその場所のはずだ。
周りの景色は違えど道の作りはそう変わるはずじゃない。
でも今目の前にある建物には
「慰霊碑…」
ハーモラル語で『センタレアを守りし偉大なる勇者達』と大きく書いてありその下には夜明けの太陽で活動していた冒険者の名が記されていた。
「親父は、母さんはっ!」
何個か知った名前もあるが指でなぞりつつ両親の名を探す。
「無い?じゃあまだ生きてるのか!?」
何周しても両親の名は見つからない。
ならばまだ生きている可能性は大いにある。
「よかった…生きてるならまた会える…」
ハーモラルでやるべきことが一つ増えた。
魔獣が向こうの世界に頻繁に出現する理由と両親の捜索、この二つを俺はやり遂げる!