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旅立ちはバス停から

たやと申します。

もとは別の物語を書かせていただいたのですが心の中にある未知への探究心とかわいい幼馴染とずっと一緒にいたい欲望が重なった結果、今作が作られました。


別途で連載している純白のブラックロードと今作を織り交ぜながら投稿したいと思います。


時刻は午後10時を回ったところだ。

夜の暗さに包まれた校舎の壁が破壊され、崩れる音が何度も響き渡る。

屋内だと身軽に飛び跳ねまくるあの黒い虎(シャドウ・タイガル)のほうが有利なのは10年前は知っていた。

だが無情にも10年という時というものは人の記憶を掠め取る時間としては十分にあったらしい。

3階廊下のガラスを叩き割って運動場に飛び降りる。

着地の寸前に足に硬化魔法を適応させれば落下の衝撃など無に等しい。


「思い出した思い出した。確か群れで行動する夜行性のDランクの魔獣だったっけ」


そして後を追うようにシャドウ・タイガルは運動場の土に足をつけた。

幼い頃はハーモラルで飽きるほど読み込んだ幼児向けの魔獣図鑑もあの時持って帰ることすらできなかった事を最近悔やんでいる。


「火の魔法に弱かった気がするけど、俺さ魔法を他人とか敵に向けて飛ばしたりするの出来ないんだよね」


独り言を無視してシャドウ・タイガルはその強靭な四肢を使い俺に飛びかかる。

鋭く尖った鉤爪は人の体など容易く切り裂けるだろう。


「ギィァァァ!!」


苦痛の叫び声を上げたのは人間の俺じゃなくて魔獣のシャドウ・タイガルの方だ。


「それ、昔は苦しめられたよ。親父は自分で解決してみろって助けてくんなかったし」


確かあの時は避けても避けても飛びかかってくる動作に苦戦したので土壇場で考え出したこの策が今でも役に立っている。


「初めてのカウンターだったよ。教えてくれてありがとうございました、と」


隙を見せず瞬時に空に開いたシャドウ・タイガルに距離を詰めてもう一発、力を込めて、魔力を右拳に集中させる。


「【着火(イグナイテッド)】!」


自分なりの詠唱を唱えると右手には燃え盛る炎が纏われた。


「うぅるぁぁぁぁ!」


腹部に強烈な一撃、手応えあり。


地面に体を着ける事なく、シャドウ・タイガルは蛍が放つような儚い光となってその姿を世界の循環に必要な生命力(マナ)となって天に帰った。


その光の中から軽い落下音が聞こえた。


「ふむふむ。生命石(マナストーン)の大きさは並、残った部位は爪だけか」


魔獣の魂と身体のほとんどはマナになって姿形を残さないが1個だけ確定で残る物と、稀に残る物がある。

それがこのテニスボールサイズのマナストーンとその魔獣にとって最も強力だった身体の一部だ。

それらをポケットに収めて撤収の準場をする。


「さてと、帰るか」


これで俺の、日向凛斗(ひなたりんと)の夜のお仕事は終わり。




「ぶぅわぁっっっかむぉぉぉぉん!!!」


帰宅するなり轟くは我が祖父の渾身の怒鳴り声だ。

筋骨隆々、仙人のような被害に太陽の如く照り輝く頭。

近所の子供からついたあだ名は筋肉仙人。

毎回の事なのでもう耳を塞ぐ準備はできていた。


「なんだよじいちゃん。こんな夜更けに怒鳴っちゃって」

「発生練習ぢゃっ!!!!!!」


迷惑すぎだろこの爺さん


「近所迷惑だからやめな爺さんや」


このかなり腰の曲がった老婆は我が祖母だ。

じいちゃんと違って話もわかるし料理もうまい。

この筋肉仙人を止められる唯一の存在。


「そんなことよりじいちゃん。今日出たのは黒い虎(シャドウ・タイガル)だったよ。ほれ、マナストーンと爪」

「よぉくやったぁ!!」

「だからうるさいて」

「ふんむふんむ。ま、雑魚じゃがええやろう」


人が苦労して取ってきた戦利品を雑に桶に投げた。


「そんなことよりどうすんの。去年は月一あったかどうかだけど先々月から月に3回はこっちの世界に来てるけど」

「ガキは黙っとれぃ!」

「んだとこのクソ筋肉ジジイが!」

「馬鹿タレ、落ち着かんかい。たわけども」


話を聞かないじいちゃんにすぐ熱くなってしまう俺、そしてそれを力で諌めるばぁちゃんの3人で今はこの日向家で暮らしている。


「実際、なんか解決方法とかないの?俺これ以上夜更かしすんの疲れるんだけど」

「ハーモラルとこちらを繋がりを断つしかないっ!」

「できんの?」

「無理っ!」


じゃあ言うなよ


「ハーモラルに何か異常が起こっとるのかもしれんの」


畳の上でお茶を飲みながら正座をしていたばあちゃんが何かを推察した。


「異変って?」

「こっちの世界が科学で発展したと言うのならハーモラルは魔法で発展した世界じゃ。わたしらでも多少の魔法は分かるが規模の大きな魔法や踏み込んだ先にあるのもは分からん」

「その分からんものが原因ぢゃっ!!!!」


決めつけだろそれ


「仮に向こうに原因があるんだったら俺らじゃどうしようもないじゃん。だって10年前に全部のゲート壊れちゃったんだから」

「ゲート()なっ!!!」


じいちゃんは先ほどのマナストーンを投げ入れた桶を抱えて庭に立つ。


「なにすんの?」

「ぬぅっん!ぬんっ!ぬぬぅっっん!!」


まるで粘土や餅をこねるように桶に手を入れて練り出した。

無駄に気合を込めているせいで汗が飛び散って少し汚い。


「マナストーンってめっちゃ硬くなかったっけ?」

「爺さんにとっちゃ綿飴同然よ」


なんつー怪力してんだようちのじいちゃん


「これを受け取れぇい!凛斗!」


マナストーンをこね終わったじいちゃんは俺に緑の透明色のビー玉のようなものを渡す。


「なにこれ?」

「食え」

「なるほどなるほど。食べるのね・・・って食う!?」

「それはお前の体を再度ハーモラルに適応させるための手っ取り早い方法ぢゃっ!こちらと向こうでは大気中のマナ濃度が段違いぢゃからなっ!幼少時代をハーモラルで過ごしたといえブランクがあるっ!生命の塊たるマナストーンが濃縮されたそれを食べて適応するんぢゃっ!」

「ハーモラルに行けんの!?」

「そのためにお前を鍛えたっ!」


あのハーモラルにもう一度行ける!

親父やお袋と旅をしたあのハーモラルに、今度は俺1人で冒険できるんだ!

美しい景色に美味しい食事、様々な種類の生き物が交わったあの幻想的な世界に!

そして、()()()にまた会えるんだ!


「これが鍵ぢゃ。失くすなよ」

「失くさない失くさないって…紙切れ?」

「バスチケットぢゃ」

「バス!?ゲートは!?」

「10年前に全部壊れたって自分で言ったぢゃろ」

「こういうのって普通さ!家の地下に隠してあったとかじゃないの!?」

「ないわぁっ!あとちゃんと高校は卒業させる予定ぢゃから48時間で強制的にこっちの世界に連れ戻されるぞい」

「なんで!?」

「当たり前ぢゃっ!お前はまだ高校生っ!せめて最低限の事は覚えさせんとあの世で恭平達に合わせる顔がないわっ!」

「ぐぬぬ…親父を出されちゃしょうがねえ」

「出発は明日の午後7時ぢゃっ!それまで支度せえ!とっととそれ食えぃっ!」


こうして、日が登った。

いつも通りの時間に家を出ていつも通りのルートでいつも通りの学校に通う。


「おい日向、今日カラオケ行こうぜ。他校の女子も来るんだってよ」

「悪いけど今日はパス。また誘ってくれ」

「あー、お前女いる時機嫌悪そうだもんな」

「余計なお世話だっての」


ありがたいことにいつも通りの友達が遊びのお誘いをくれたが事情が事情だけにお断りさせてもらう。


学校が終わる。

宿題の有無はバッチリと聞き取ってハーモラルに向かう為に必要な物を鞄に詰め込んですぐに出れるようにする。


「俺がいない間こっちに魔獣出たらどうすんの?」

「ワシが出る」

「…ええ」

「若僧に心配されるほど衰えとらんわっ!!!」

「あーはいはいそうですか」

「そもそもお前。まさかそのチャラチャラとした服装でハーモラルに行くわけではあるまいなっ?」

「ジャージだろ?これでいこうとしたけ」

「ぶぅわっっかもぉっん!」


不意打ちだったから耳塞がなかった。


「郷に入っては郷に従えぃっ!これを着ろぅっ!」


投げ捨てられたのはハーモラルで一般流通している旅人に人気の服装だ。

動きやすく革と鉄で出来ておりそこそこ耐久力もある為昔はこれを着ている人を何度も見た。


「確かに、こりゃいいね。じゃ、行く」

「ぶぅぅぅっっわっっぁっっかっっもぉぉっっん!!」


また不意打ちだったから耳塞がねえ


「なんなんだよ!」

「武器を持たぬかドアホぅ!何のためにお前にあらゆる武器の使い方を教えたのかぁ!これを持てぃっ!」


投げ捨てられたのはこれまたハーモラルで流通数の多いロングソード。

おまけに少し錆びてて使い勝手はかなり悪そう。


「銃刀法違反だろ!」

「黙れぃ!とっとと出発せんかぁっ!」


いつか俺が殺してやるこのジジイ


「んで、どうすんの?」

「チケットを天に上げい」


外に出て敷地外の道路、歩いて数秒のバス停に寄ってからポケットから昨夜渡されたチケットを空にかざす。


「なんだあれ」


星空に十字の切れ込みが現れその奥から一筋の光が高速でこちらに落ちてくる。


「おいおいおいおい・・・うわぁぁぁぁぁぁ!!」


隕石を思わせるような落下速度だったが音はとても静かで家の前にそれは落下寸前に空中に止まった。


「いつまで目を閉じとる。はよ行かんか」


じいちゃんの言葉で恐る恐る目を開くと目の前にはかなり錆びてぼろぼろのバスが停車していた。


「マジでバスなんだ・・・」


乗務員も乗客も誰もいない寂しげなバスを眺めた。

何かを思って車体に触れると少しだけ昔のことを思い出した気がする。


「・・・じゃあ俺行くから」


手すりに捕まり階段を登る。


「凛斗」

「なに?」

「無茶はするでないぞ」

「・・・分かってるって」


ごめんじいちゃん

振り向きはしないよ

あんたの鍛えた孫がハーモラルでも通用するって証明してくる


客のいないバスの最奥の中心に座る。

程なくしてバスは動き始めて車内は揺れるがすぐにそれは治る。

窓から見える景色はどんどん地上から離れていき、やがて雲を突き抜けた。




これは二つの世界を救う為に奔走するバス停から旅に出た勇者とその一行の物語である。


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