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短編もの。

9年12組Z番 上田莉奈さんの生態調査部。



 ──その扉を、開いてはならない。



 直感的にそう感じたが、自分を抑えることは出来なかった。

 幼い頃から私は“好奇心の塊”で、押しちゃいけないボタンは押しちゃうし、入っちゃいけない場所には平気で足を踏み入れたりするような軽犯罪者気質の子供だった。


 今は立派に法を遵守する健全な女子高生をやってはいるけれど、それでもふとした瞬間、ネットで「禁足地」なんかを調べてしまっている。

 ああ、一度でいいから北センチネル島に訪れてみたい。

 危険なのは承知な上で、彼ら部族の生活がどんなものなのか、自分の目で確かめてみたい。

 別にそれで死んでもいいからさ。


 きっと私の前世は冒険家なんだと思う。


 言い訳をしたかったわけじゃない。

 どちらにせよ、もう既に終わったことだ。

 禁忌を破ってしまったことに変わりはない。


 私は扉を開いた。

 自らの手で、この足で、踏み込んでしまった。


 端的にいうなら──これは『後悔』の物語だ。


 ※ ※ ※


 風が吹いた。寒風だ。寒がりな私にとってはココアが欲しくなる季節だった。


「えー、にーしーろ、ここの八行目を……浜白(はましろ)。おい、浜白(はましろ)起きろー」


 国語教師に名前を呼ばれる前から私は起きていたのだが、ほんの些細な反抗意識から私は寝たフリを続けた。寒い、寒すぎる。なんでこんな真冬に窓を開けるのか。なにが換気だ。むしろ寒気だ。こんなのぜったいれいどだ。命中率は低いが当たるとしぬ。


「はーまーしーろ、起きろー」


 身体を触られそうになったので、すぐに頭を上げた。夢うつつで飼いネコとこたつで眠る夢を見ていたのにどうしてくれる。



「……先生、さむいです」


「先生は寒くない」



 先生は半袖だった。

 なんで国語教師なのに耐寒性高いのよ。寒空生まれ山小屋育ちですか。



「女子高生は寒がりなんです」


「生足を出してるのに?」


「セクハラです、と言いたいところですが、これにはふかいふか〜い理由があるのです」


「ほう、言語化を頼もうか。おれは国語教師だ。意図を明確に伝えてくれれば大概のことは納得する」



 私は悩んでるフリをした。時々、前髪を触りながら「んー」と目を瞑って、そういや腕を枕代わりにしていたからちょっと痺れるな、おでこもなんか赤くなってたらヤダな、てかトイレ行きたいとか、雑念を交えながらとりあえず出来る限りの時間を稼いだ。

 

 教室にいた皆が、私の回答に期待を寄せていた。

 私は「間」を恐れなかった。



「それはまた次回、お話し致しましょう!」


「おk。浜白、お前は今日居残り勉強な」



 キンコンカンとチャイムが鳴る。

 “美”とはーー鍛錬の蓄積である。


 ※ ※ ※


 逃げてやろうという好奇心が働いたものの、逆に居残り勉強というのも初めてだったので、ワクワクの期待値を天秤に掛けたところ、後者が勝ったので仕方なく行ってやることにした。


 手袋とマフラーを装備して、空き教室に向かう。教卓には課題のプリントが置かれていた。終わったら職員室に来るようにと黒板に書いてある。そんなに枚数はなかった。この量なら1時間もあれば終わる。どうせ明日は土曜日だし、部活も入っていないし、こうやって自習するのも悪くない。


 見知らぬ机と椅子に座るとお尻が冷えた。

 シャーペンを持つ手が震えている。

 手袋を外して「ふぅーっ」と温風を吹きかけて、課題に取り組んでゆく。

 私はやると決めたらやる女なのだ。


 隙間風がガタガタと窓を揺らしている。

 冬は暗くなるのが早い。夜間照明がついた。

 どこかで電子音がジーーっと鳴っている。



「なあ──お前は“()()()”って知ってるか?」



 ふと男性の声がした。廊下からだった。

 誰かと誰かが会話をしている。

 私は課題の手を止めて、そちらに聞き耳を立てることにした。



「えっ、裏部活? ヤバい部活ですか?? 闇バイト的な」


「いやそんな部費をたくさん隠し持ってる部室に金属バット片手に殴り込みに行くような荒っぽい集団じゃねーよ。野球部や柔道部が相手だったら普通に負けちゃうだろ。標的が文化部に限定されちゃうだろ」


「なんでそんな“闇部活”に対しての解像度高いんですか」


「いや誰も闇部活の話してねーんだよ。てか、なんだよ闇部活って。勝手に命名すんな」


「先輩が話を広げたんじゃないですかっ!」



 どうやら男子生徒と女子生徒のようだ。

 後輩女子のことは知らないが、もう一人の男性は同級生なのでよく知っている。


 彼は──鴉崎(からすざき) 冬馬(とうま)

 この学園で一番の情報通だ。



「話を戻すぞ。【裏部活】はこの学園に存在していると噂されてる7つの部活動だ。とは言っても、学校の七不思議みたいな古臭い怪談めいたものじゃない。だから怖くはない。正直、悪ノリに近い」


「悪ノリ?」


「ああ、そうだ。一個ずつ紹介してゆくぞ」



 私は課題のことなんてすっかり記憶から消し去って、ノートを開き、メモを取ることにした。



「まずは①()()()()()。これはグラウンドに犬が入ってくるか監視カメラで見張る部活だ」


「……はい?」



 聞き手の後輩女子ちゃんと同じ反応をしてしまった。ついつい吹き出しそうになった。



「次に②()()()()()()()()()()。これは靴箱に入ってるラブレターをチェックして、宛先は正しいか誤字脱字等はないか確認する部活だ」


「……いやいや」



 今どき、靴箱にラブレターなんて入れるだろうか。昭和じゃあるまいし。



「続いて③()()()()()()()机の中に放置されている教科書を没収していく部活だ」


「そんなのが部活!!???」



 だめだ、おもしろすぎる。



「次に④()()()()()()()()()。その名の通り、ロッカーの中に入ってる箒をきちんと並べたりする部活だ」


「雑用過ぎるでしょうが!!」



 ボランティア活動みたい。



「続いて⑤()()()()()()()()()


「おっ??」


「これは非公式の学校裏サイトの運営をする部活だ。生徒や先生に対しての悪口や誹謗中傷を書き込まれてないかチェックして取り締まったりする」


「意味ないじゃないですか!! 学校裏サイトなんて悪口を書いてこそなのに!!」



 もう個人ブログじゃん。



「えーそして⑥()()()()()()。これは帰宅しないことに重きを置いてる」


「帰宅しない!!!???」


「帰宅をしない。学校に寝泊まりする」


「帰宅を!!? しない!!? どういう意味!?」



 た の し そ う。



「そしてラストが⑦()()()()()。解放されがちの屋上を施錠して、飛び降り自殺を防いだり、青春を謳歌する奴らから居場所を奪って校則を厳守させる部活だ」


「わ〜リア充ムカつくから入ってみたい〜(きらきら)……じゃないですよっ! なんですか!そのふざけた部活動の面々は!?」


「まあまあ落ち着け。気持ちはわかるが、話はここからだ」



 私だけだろうか。普通は呆れるべきところをこんなにも楽しんでしまっているのは。


 鴉崎が声のボリュームを落とした。



「……実はな、()()()()()があるんだ」


「いや、実はもう一個あったとかいう設定を後出しで付け足すんなら最初から8つにしといてくださいよ!? 誰も存在を知らないのにムダすぎる!設定厨か!」


「この8つ目が異質なんだよなあ」



 窓がカタカタと揺れる。

 今日は風が強い。見ると、雨が降ってきているようだ。

 声が聞き取りづらい。どうしても聞きたい。

 好奇心に負けて、私は席を立つ。

 忍び足でゆっくりと教室の扉に近付いてゆく。


 ドアに耳をくっつける。

 鴉崎も「間」を恐れないタイプだった。




()()()()()()() ()()()()()()()()()調()()()。」





 どこかで雷が落ちた。

 私は落雷が苦手だった。天災が一番太刀打ちできないから。


 知らない女性の名だった。存在しないクラスの、現実的にあり得ない学年の、それまで挙げた悪ふざけの羅列のようなものとは異なり、意味の全くわからない謎めいた部活動だった。


 不思議と心が揺れ動いていた。

 この「謎」を知りたかった。

 学校一の情報通である鴉崎から直接、話を聞いてみたかった。

 仮にそれがどんなにくだらない結末だったとしても。



 ──その扉を、開いてはならない。



 直感的にそう感じたが、自分を抑えることは出来なかった。


 私は扉を開いた。

 自らの手で、この足で、踏み込んでしまった。


 最初に言っておこう。

 これは決して無意味で空虚な馬鹿げた話ではない。



 端的にいうなら──これは『後悔』の物語だ。




こちら第23回書き出し祭り企画、参加作品でした。

↪︎ https://ncode.syosetu.com/n7952jv/13/

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