.
「ねえ、紗英は進路どうするの?」
陽は食堂のうどんを啜りながら問いかけた。紗英は持参した弁当の中身をつついている。
「あたしは学校の先生になりたいと思ってる。陸上経験を活かして陸上部の顧問とかもやれたらなーって」
「そうなんだ。紗英、なんか体育の先生とかやってそう。ちゃんと決めててすごいなあ」
「陽はまだ?」
「うん、大学は出ておきたいと思ってるんだけど、将来の夢がないから特に受けたいところも決まってないし」
ズズ、と歯切れ悪く麺を啜る。
「別に将来の夢なんて大学行ってから決めてもいいと思うよ。あたしのお兄ちゃんもそうだったし」
「紗英は受ける大学はもう決めてるの?」
「まあ、いくつかは」
陽は多少なりとも衝撃を受けて食べる手を止めた。脳内が焦燥に支配される感覚に陥る。
紗英はそんな陽を見て困ったように笑った。
「今は勉強とか、目の前のことちゃんとやってれば後で困ることはないから……って、お母さんの受け売りなんだけどね。そんなに焦ることないと思うよ」
「うーん、頭では分かってるんだけどなあ」
紗英はそれ以上突っ込んでくることはなかった。
「そういえば」と進路の話から一転、紗英が神妙な面持ちになった。体を乗り出して声のトーンがいく段か下がる。
「二組の若島果穂って子いるじゃん。ほら、去年陽と同じクラスだった」
「うん」
紗英につられて陽も体を乗り出した。
「あの子、千羽のこと好きらしいね」
「まじか、意外すぎて全然気づかなかった」
紗英は箸の先を陽に向けた。
「陽、気をつけてね。あの子結構いい性格してるらしいから」
紗英がこう警告するには色々と込み入った事情がある。陽は両手で顔を覆った。
「そのことなんだけど、今朝果穂ちゃんから一緒にお茶しないかって誘われたの」
あちゃー、とでも言いたげに紗英は大きな素振りでおでこを叩いた。
「もちろん断ったんでしょう?」
「いや、それがまだ……」
「でたよ、陽の悪い癖」
噂話をしていると、二人の元へ人影が近づいてきた。二人は乗り出した体を戻して平静を装った。噂をすればなんとやらだ。
「はーるちゃん」
ご機嫌そうな顔つきで片手を上げたのは果穂だ。その半歩後ろには歩美の姿もあった。歩美はバレー部に入っているだけあって、その長身とショートヘアで圧倒的な存在感があった。まるで用心棒のようにも見える。
「何話してたの?」
「いや別に、進路のこととか色々」
「ふうん」と果穂は、毛先を指で遊ばせて別段興味もなさげな返事をした。
「それで、今朝の話なんだけど」
果穂は陽の隣に座って身を乗り出した。
「考えてくれた?」
「そのことなんだけど」
間髪入れずに言葉を挟んだのは紗英だ。陽は安堵して気づかれないように息を吐いた。
「そのことなんだけど、今ここでできる話じゃないの?あたし達一応受験生だし」
紗英ははっきりとした口調で言った。紗英の口調にはどこか逆らえない力がある。そのはっきりとした物言いで励まされると、不思議と自信が湧いてくる。これに助けられたことも少なくない。
陽は戦線離脱した気になって背もたれに寄りかかった。
「悪いんだけど、私今、陽ちゃんと話してるの」
しかし果穂が笑顔を崩さずに言い放ったことで、一気に場の空気が凍りついた。それを意に介さずに、果穂は陽に迫る。
「どうかな……?」
果穂と歩美が去っていくのを確認すると、紗英は陽を睨んだ。
「陽のおバカ」
「ごめん」
紗英は顔をげんなりさせた。陽は残ったうどんを啜る。
麺はすっかり伸びてしまっていた。




