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「陽、ちょっと聞いてよ」
教室に着くなり紗英は不機嫌な様子で机に鞄を投げ置いた。
室内での朝練があったのか、前髪が汗で濡れている。
「どうしたの?」
「若島果穂だよ。今朝見かけたんだけど、こっちに睨みきかせてきた。あれは完全に敵意があるわ」
その瞬間、陽は肌を粟立たせた。
「気のせいではなく……?」
否定してもらいたくて投げかけた言葉だったが、淡い期待は紗英の表情により打ち砕かれた。
「気のせいなもんですか。私の呑気な後輩まで怯えてたんだから」
「そうなの……」
後輩という言葉に一瞬彼の顔がちらついたが、瞬きを繰り返して振り払った。
「やっぱり嘘でも協力するって言った方が良かったんじゃない?」
陽は弱気なことを口走ったが、紗英はあくまでも強気の姿勢だった。
「いや、千羽が陽への好きを匂わせている以上、協力するとは言えないでしょう」
「まあそうだけど、実際こうやって敵視されちゃってるわけだし……」
紗英は呆れたように首を振った。
「陽、過去に嫌な思いして逃げたいのは分かるけど、この場を逃げたって駄目。第一、そこで協力したら、あたし達が千羽の気持ち弄ぶことになっちゃうじゃん」
紗英はいつも正しいことを言う。自分は目の前の問題から逃げるばかりだと恥ずかしくなった。
「うん」
陽の声も自然と低くなる。
二人の間を沈黙が支配した。
「あれ?どうしたの?二人して暗い顔しちゃってさ」
そんな陰湿な雰囲気を振り払うかのような山下の闖入に、二人の空気はほぐれてお互いに笑い合った。
「なんでもないよ。山下、ありがとね」
紗英の言葉に山下は大袈裟に身震いしてみせた。
「藤堂が殴ってこないなんて怖い」
「どういう意味よ!」
「痛え!暴力反対!」
山下に強力なパンチを入れた紗英は、思い出したように陽に向き直った。
「ていうかそろそろ体育祭だけど、奇跡的に雨降らないらしいね」
「そうなんだ。なんでこの時期に体育祭なんだろうね。秋とかいいと思うけど」
「秋は文化祭があるからね」
山下が文化祭という言葉に敏感に反応した。
「文化祭楽しみだよなあ、メイドカフェやるクラスもあるんじゃねえ?藤堂もスタイルはいいからそういう衣装も似合いそうだよな」
「山下、お前顔だけはいいんだから少し黙ってろ!」
「千羽、助けて!」
山下はがなる紗英から逃げるように千羽に擦り寄っていった。
「山下と紗英っていいコンビだよね」
陽が言うと、紗英は吹き出した。
「やめてよ、しかもコンビって何よ」
二人はまた笑い合った。




