1-1 グォース海岸上陸戦 3
<ジュベロ大陸東端 グォース海岸>
アルデの輸送ザーベオン、グレイラーがのっしのっし歩いて、中に詰めた、もう少し小型の戦闘ザーベオンを産もうと準備していた。その周りではアルデ兵たちが物騒なアサルトライフルを手にうろうろしている。みんな緑色の迷彩服を着ているが、辺りは灰色の砂浜なので、その姿はアルルカンの一団の様によく目立つ。
紀はトランシーバー片手に作業を監督していた。
そのとき。
「ん?」
ずぼっ、と砂を跳ね飛ばして、黒い三角形が地面から生えてきた。その高さは一メートルほど。
それは砂をかき分けながら、アルデ兵たちの間を進んでいく。これは一体何なのだろう? 兵士たちは顔を見合わせ、ひそひそと尋ね合い、さらに紀の方へ疑問の眼差しを向けてきたが、紀だってこれが何なのか知るわけはない。
三角形は徐々にスピードを上げ――出し抜けに、地面が隆起した。
砂が百メートルも吹き上がり、その中から黒い流線型の影が姿を現した。
「帝王国軍のサメ型ザーベオン『アクアダビンサー』だ!」
地中からの奇襲だった。アクアダビンサーのエアインテイクからごうごうと音をたてて空気が取り込まれる。装甲の下で、シャークブルーの金属筋筒が膨張した。
そのまま空中で体をくねらすと、グレイラーの一匹に頭から突っ込んだ。
その長い首に噛み付き、たちまち暗褐色の血が吹き出た。
装甲化されたグレイラーの首をやすやすと噛み千切り、グレイラーの巨体はゆっくりと傾いで倒れた。
体内に収納されていた連中はひどい目にあっていることだろう。
さらにサメは身を跳ね上げ、頭部の眼がじろりとアルデ軍を見据える。ぞくっ、と紀の背中を冷たいものが走った。
「敵の奇襲だ! 野郎ども、戦闘配置につけ!」
紀は怒鳴りながら、引き金を引いた。アサルトライフルが吠える。
カンカンカンカン……と爽快な音をたてて全弾が弾かれた。
一人のアルデ兵などは手榴弾を投げつける。しかし、アクアダビンサーが尾ひれでそれを打ち返したため、手榴弾は持ち主の手の中に戻ってくる。
どかん! 一団のアルデ兵が吹き飛んだ。
巨大なメカモンスターに小火器で対抗するのは愚かであった。アルデ軍ザーベオンの出番である。
「レーザーアイルン起動!」
ティラノサウルス型ザーベオンは周囲のグレイラーから躍り出てくると、サメに向けて砲撃を加えた。
「ファイアー!」
だが、敵もさるもの。薄い光の膜がアクアダビンサーを包む。レーザーアイルンの砲弾は全てはじかれた。
アクアダビンサーは装甲だけでは心もとないと見るや、上着を羽織るような気軽さで防御シールドを張ったのだ。
跳弾はグレイラーやアルデ兵を吹っ飛ばしていく。
だれか、このバカ恐竜をひっこめろ! 砂の上に伏せるアルデ兵の想いが一つになった。
「ならば、ヤードーンキャノンをくらえ!」
ティラノサウルスは下がり、オオカミが大砲背負って、にじり寄ってきた。
人が潜り込めるほどの口径の重砲、ヤードーンキャノンがサメを向く。
ヤードーンバスターは、快速なオオカミ型ザーベオンに、重砲を搭載するという謎のコンセプトを元に育てられた、アルデ軍支援ユニットだ。これを食らえば、アクアダビンサーのシールドごとき、ひとたまりもあるまい。
「ロックオン成功。死ね!」
だが、アクアダビンサーは火を噴かなかった。代わりに、ヤードーンバスターの方が爆散する。
「なんじゃい!」
ヤードーンバスターのパイロットが狼狽して叫ぶ。アルデ軍は酔っ払ったザーベオンを連れて来たのだろうか。
いや、新鋭ザーベオン部隊はそんなミスをそうそうおかすものではない。何者かが、背後からヤードーンバスターを狙撃したのだ。
「一体、誰の仕業なんだ?」
「俺たちだぜ!」
紀の疑問に答えるように、ザーベオンの軍団が背後の林の向こうから出現した。
帝王国軍メントクア! ありえない!
アルデ兵たちは驚きのあまり、サメのことなど頭から吹き飛んだ。
一体、どういう理由で帝王国軍が背後から現れるなんてことがありえるのだ?
帝王国軍の先頭のメントクアのキャノピーが開いた。中から、金の飾りのついた黒服の男が立ち上がる。
「こんにちは。帝王国の将軍、ファントードです」
男は深みのある声を発した。
男の丸顔に手入れした灰髪が乗っているが、その顔に浮かぶのは爬虫類じみた冷酷さだ。
ファントードは砂の上を這いつくばるアルデ兵やザーベオンを見やり、一瞬の嘲笑を放った。そして、次の瞬間、目を吊り上げ口を開くと、アルデ兵たちの死刑を宣告する。
「アルデ軍の貴様らには死んでもらう! メントクア、ファイアー!」
一斉にメントクアたちが肩や胸から生やした砲を轟かせた。海岸に布陣するアルデ軍は、平等に死と炎を受け入れるほか無い。
アルデ軍は海岸から上陸してくる敵を討つことしか頭に無く、背後を突かれることは想定外だった。遮蔽物なんてものは無い。
レーザーアイルンが自らの体で壁を作って、ヤードーンバスターに反撃の時を作ろうとするが、結局はまとめて葬られるだけだった。
アルデ奥地の安全な通信基地では、三人組が通信機を前にやきもきしていた。
「紀、一体何が起こっているんだ? 紀~? 帝王国兵を見習って、しっかり報告して頂戴よ」
「フカが暴れているそうだ」
「アクアダビンサーかい。サメだけに、癪に障る奴です」
「ははは……」
通信に耳を澄ませていた関拍寺が口笛を吹いた。
「ファントード将軍、自らお出ましだそうだ。精の出るこったな」
「誰でしたっけ、それ?」
大程が首を傾げる。
「ほら、去年のカクテルパーティーで、程ちゃんがワインぶっかけた人だよ」
「ああ……。嫌な奴だったな」
『兵力の差がありすぎます! これより撤退します!』
あまりの爆音で、ハウリングを起こしている通信機の向こうから、紀の叫びが聞こえた。
「俺たちの誰かがグォース海岸に行くべきだったんじゃないのか? これじゃ指揮もできん」
関拍寺が提案するが、大程はぶんぶん首を振った。
「やめてくださいよ。威力偵察だなんて、小生は、まだ死にたくありません」
別に、威力偵察のつもりで紀を送ったつもりじゃないんだけどな、と孫考は胸のうちでつぶやいた。
手を伸ばして、通信のチャンネルを変える。
「航空戦力はどうした? フレーズンが着いていい頃だ」