1-4 守れパンレイト! 帝王国の野望と最凶の敵! 13
ガンベータスは身を屈めて跳躍すると、手負いのメントクアにのしかかる。口から突き出た牙を、深々と喉元に食い込ませる。気道と動脈を噛みちぎられたメントクアは、傷口から天井に届かんばかりの血飛沫をあげて絶命する。
敵が倒れふす前に、ガンベータスは次の獲物求めて走り去っていた。
縁藤はメントクアの相手をガンベータスに任せ、支援部隊のショットスコープに狙いを定める。
ザンファーレンの背中が盛り上がる。肉と装甲をこじ開けて肉腫様の砲塔がポップアップした。太い管が二本、肉腫に結合した。動脈に見えるが、中に詰まるのは弾丸。ザンファーレンが自ら作った、給弾管だった。
ショットスコープが尾の先につけた毒針付き重砲を発射する。縁藤は機敏に射線から愛機を脱するよう、跳躍させた。空中で砲塔が旋回して、ショットスコープを狙う。双方が同時に発砲した。灼熱の砲弾が空中で交差する。
傭兵が取りこぼした、禍々しい見た目のメントクアがヴォルデガーラに襲いかかってくる。
半魚人型ザーベオンのメントクアは、人間に似た形状の上半身に、格闘戦で敵の身体を引き裂くための棘を全身から生やしている。前腕で手斧や短槍を構えている奴もいる。人間に似た前腕を持つメントクアならではの芸当で、その汎用性は恐るべき威力を発揮する。
下半身は魚を思わす形状ながら、決して見た目ほど鈍重ではない。むしろ、発達した両腕を使ったナックルウォークで、二足歩行型ザーベオンよりも安定した機動を見せていた。
それが迫ってくる。
敵は殺意に燃え、受けた損害に対する復讐の念に猛り狂っている。
古鈴は、覚悟を決めた。
傭兵に負けるわけにはいかない。ヴォルデガーラの真の実力を見せてやる。
古鈴は素早く計器の操作突起を押し上げ、ミサイルランチャーを起動する。
「ロックオン! エイム! ハット!」
何を思おうと、手は果てしない訓練通りに動いた。
古鈴は、前方のメントクアをロックオンするや、八本のミサイルを同時に発射した。
外しようもない近距離直接攻撃。ほとんど消費していない推進剤もろとも成型炸薬がメントクアを直撃する。
メントクアが血も凍る叫びをあげて、飛び上った。
オレンジとブラックの入り交じった色で爆炎が花開く。ヴォルデガーラの装甲を熱波が叩き、機内温度が跳ね上がる。
コクピット内の計器を冷却するための冷房が作動するのを、古鈴は感じた。
次の瞬間、メントクアが爆炎を突き破って襲いかかってくる。
「うわっ!」
古鈴は思わず叫んだ。
腹に空いた大穴から腸を引きずりながらも、メントクアは鞭節状の尻尾で地面をのたくる。そればかりか、距離を詰めてくると、力強い両腕でヴォルデガーラの前脚を掴んだ。
「くそっ」
並みのザーベオンなら即死するほどのダメージを与えたというのに。
驚きのしぶとさ。これが帝王国軍のバックボーンたるメイン・バトル・ザーベオンの力か。
ぶんっ、とメントクアは尾を振り、叩きつけてきた。ヴォルデガーラは咄嗟にそれを頭の角で食い止める。角は曲がり、両者の装甲が四方に飛び散った。
破片は銃弾のようなスピードでキャノピーを貫き、計器が火花を上げた。
「うあああ!」
意図せずとも、古鈴の口から自然に叫びが上がる。
メントクアの力に対抗しようと、力の限りにジョイスティックを押し込む。だが、ヴォルデガーラは地面のコンクリートを抉りながら押されていく。
そのとき、横ざまから何か物凄い力がメントクアの体をかっさらっていった。
トラがメントクアの頭部をくわえたまま、激しく首を振っている。ぶちぶち、とおぞましい音が続いた。筋肉がちぎれ、骨が砕け、ついにはガンべータスは獲物の頭をもぎ取った。
脊髄がずるずると伸び、何ガロンともあろう鮮血が迸る。
ガンベータスは強靭な顎の力で、メントクアの頭部と帝王国軍パイロットをバラバラになるまで咀嚼していた。銀色の牙の間から滴る血と肉片。凄惨な光景だ。
「お、おい、私の敵だぞ。横取りするな、傭兵!」
息も絶え絶えの口調で、古鈴は傭兵に抗議した。傭兵は笑い声を返してくる。
「名誉を重んじるアルデ軍人さんだろ。譲ってくれよ。こっちは取った敵の首の数が、収入に繋がるんだ」
返り血を全身に浴びたトラが振り返る。
「だ、だからって……!」
「もし、本気で敵と一対一のデュエルを楽しみたいなら、そう宣言しろ。俺たち傭兵は戦闘の美学というものを重んずるんだ。黙ってやらせてやるよ」
ガンベータスはぶるぶると身体を振って、血を振り払った。全身を濡らす返り血で、装甲板がトラ柄を描いている。
「おっと、ダベっている間はないな。相方が、みんな片づけちまう」
川強は言いながら、古鈴を残してガンベータスを駆っていく。すぐさま、帝王国軍のザーベオンが血祭りに上げられる。
何かの憂さを晴らすかのような、濃密度な暴力が荒れ狂い、次から次へと敵を葬り去る。
古鈴は呆気にとられるしかなかった。
古鈴は、もう一方の傭兵、縁藤の姿を探す。
ザンファーレンは、発砲したかと思うと、跳躍し、伏せ、ショットスコープに狙いを定める暇を与えなかった。常に動き回る機動力と、圧倒的な手数でショットスコープ部隊を完封し、殲滅しようとしていた。
ザーベオンの闘争の場から一歩離れて、帝王国軍中将のアメイクは直立していた。
その目の前で、部下が手際よく葬られていく。
だが、どれほど帝王国兵が無惨に、無慈悲に殺戮されようとも、アメイクは微動だにせず、ひたすら戦いを睨みつけていた。
秘密基地内の焼け付くような暑さも、あるいは流れ弾すら気にしている素振りを見せなかった。
神経が鋼でできているのかもしれない。
その真横で、グラウ博士のザーベオン、ネオ・ウルトラ・ショットグラウダーは、青白いスパークとオゾンをまき散らしていた。搭載した電算機をフル活用して、明日の帝王国のために、あらゆるデータを集めているのだ。
殺戮を一段落着けたガンベータスが、返り血で血みどろの顔をアメイクに向けた。
「岩塩村で何も学んでないのか? 量産品のメントクアごときで俺らは止められねえ! つくづく、帝王国の頑固さと学習能力の低さには呆れかえるぜ!」
川強が嘲笑を浮かべて、アメイクを挑発した。
しかし、岩塩村の帝王国軍兵士は誰一人として生きて帰ることはできなかったので、情報不備を責めるのは少し酷かもしれない。
「なるほど……。ザンファーレンに、ガンべータス。岩塩村の一件も貴様らの仕業が」
アメイクは眉間に深い皺を寄せ、顎を強ばらせた。
「貴様ら、できるな。重量級の相手をさせてやろう」
アメイクの言葉を聞いて、グラウ博士は髪を振り乱して叫んだ。
「中将! 両ザーベオンとも、最終調整がまだですぞ!」
「構うな。出せ」
アメイクの声音には、あらゆる反論を封じ込める、怖いものが含まれていた。
グラウは蒼くなって、頷いた。