1-4 守れパンレイト! 帝王国の野望と最凶の敵! 9
アメイク・ゼクピュー帝王国軍中将が、秘密基地の広大な回廊を歩いていく。
帝王国軍将校のみが被ることを許された神聖な灰色の野戦用ヘルメットを目深に被っている。士官服を一部の隙なく纏う、その身には力と落ち着きが同居していた。その背筋は鉄骨が入ってでもいるかのように、ぴしっとしている。
帝王国では、黒は不吉な色という。にもかかわらず、アメイク中将は黒々とした髪を目が隠れるほどまで伸ばし、同じ色の髭を顎の先で尖らせていた。
額から眉間を通り、目の下へと伸びる傷を多少なりとも隠そうという意図かもしれないが、それは一層アメイク中将の迫力を増すばかりの見た目であった。
士官候補生時代の、禁じられた決闘の痕であり、彼の積み上げた栄誉に疑いを持つ者をその手で葬ってきた証であった。
アメイク中将の前に数人の帝王国軍ザーベオン・パイロットが歩み寄り、敬礼した。
「中将様、ヘルビストンは回復行程に入りました。損失した器官の移植も順調です。しかし、ヘルビストンがこれほどの損害を被ることは、予想外でした。我々はアルデ軍ザーベオンの能力評価をやり直さねばなりません。また、この秘密基地も危険にさらされる可能性が予測されます」
「ほう。そうか……」
アメイク中将は石のような表情のまま言った。
ジュベロ大陸侵攻作戦は、順調に展開しているものの、完璧とはほど遠かった。
開戦前の帝王国軍情報部の報告通り、平和ボケしたアルデ軍は弱体の極みにあった。にもかかわらず、帝王国軍は想定されていた完全勝利をおさめることができていないのだ。
グォース海岸上陸線では、膿戸殿軍隊長によって虎の子アクアダビンサーを中破され、歩兵部隊も損害を受けた。先行したメントクア部隊は、岩塩村で何者かの伏撃を受けて全滅した。
おかげで、帝王国軍は徹底的な戦果拡張に失敗し、結果としてアルデ軍に防備を整える時間的余裕を与えてしまった。開戦時の予定では、現時点で、すでにアルデの首都ファラーデは陥落しているはずなのだ。
そして、今日、新たに投入して圧倒的な威力を発揮していたヘルビストンが手傷を受けた。これをどう受け取るべきか。
アメイクは背後に続く男へと目をやった。
「どうする、グラウ主任博士?」
彼の背後に白衣を着たマッドサイエンティストじみた男が立っている。青白い痩せぎすな顔に分厚い眼鏡をかけ、右手にはフラスコを持っていた。フラスコの中では怪しい水溶液が泡立っている。
この男はグラウ・イルボーシュ帝王国攻撃部隊主任博士であった。
彼の頭の上のピンク色のもじゃもじゃとしたものが揺れている。これは、グラウ博士の髪であり、爆発した脳味噌ではない。
博士は薄く笑って、フラスコを揺らす。
「なぁーに、心配ありません。さまざまな実験結果から考察しますに、アルデ軍がこの秘密基地に脅威を与えることなど、出来はしますまい。なんといっても、帝王国軍最高の頭脳たるわたくしが設けた偽装です! 怠惰なアルデ軍は、見つけることすらできません!」
グラウ博士は耳障りな甲高い声で一笑した。
「見つけたぞ」
博士は、後ろからかけられた低い声に反応して、ぴたりと動きを止めた。そして、血走った眼をゆっくりと巡らせる。
最前まで帝王国軍ザーベオン・パイロットが立っていた位置に、三人のアルデ人が立っている。縁藤、川強、古鈴の三人に他ならない。断末魔もなしに始末された帝王国軍パイロットの骸が、その足下に転がっている。
「なんですと~?」
グラウ博士は目を剥いた。顔は赤く変色し、血管が浮き上がった。食いしばった歯の間から涎が伝う。
彼の設計した秘密基地にアルデ人の姿などあってはならなかった。にもかかわらずアルデ人がいるということは、彼の天才的な頭脳に途轍もない矛盾を感じさせた。それは、恐るべき不条理であった。天才的頭脳に耐えられるショックを越えていた。
グラウ博士は白目をむくと、床の上に倒れた。床の上でもがいて、手足を振り回した。
「意表を突かれました。意表を突かれました。意表を突かれましたぁぁああ!」
グラウ博士が絶叫する。天才か狂人にしかあげられない声であった。
「警備に見つからずに潜入してきたことは誉めてやろう」
アメイク中将は、頭を抱えて床の上を転がる帝王国軍最高の頭脳をまたぐと、三人の侵入者を睨みつけた。
「だが、たった三人で何ができる! 者ども、殺せ!」
アメイク中将が大喝するや、白い装甲服をまとった帝王国兵が二十人ほど物陰から現れる。鉄の規律で鍛えられた、一糸乱れぬ動き。そして、兵士は両腕でサブマシンガンを構えていている。
「将が護衛を連れていなわけないよな……ほらみろ、援軍を待つべきだった!」
ピストルを向けながら、古鈴が呻いた。対する傭兵は、余裕綽々だった。
「なぁに、わてはこんなもんを持っとんのや」
縁藤は懐から、缶に棒をくっつけたような物体を取り出した。缶に着いたピンを歯で引き抜く。
「そらよ」
下手投げで帝王国兵の足元へそれを放る。帝王国兵たちは投げつけられた物体が何なのか分からず、それを見つめて首をひねるばかりだ。
「逃げるべ」
傭兵たちが身軽に物陰に飛び込む。古鈴も一瞬遅れてそれに続く。
直後、縁藤の投じた柄付き対人手榴弾が爆発した。
「ギャー!」
爆風と火炎と鉄片が荒れ狂う。帝王国兵の装甲服もなんの助けにはならない。手榴弾の爆発有効効果域の中にいた帝王国兵の一団は吹き飛んだ。
傭兵の攻撃に翻弄される帝王国兵を攻めることはできないだろう。帝王国に柄付き手榴弾は存在しないのだ。