1-4 守れパンレイト! 帝王国の野望と最凶の敵! 3
「どうした、アルデ人。怖がれ……こっちの姿は見えないのだろう?」
帝王国パイロットの陰険な声に対し、川強は短い失笑で応じた。
うちのトラをなめすぎだ。
可視光域でしか物をとられられないようでは、今日まで生きてはこれなかった。
川強の両手が計器の上を踊る。先日仕入れた新たなパーツを応用するときは今だ。
セントラル・ドグマがどうとか、詳しいことは知らなかったが、パーツを移植すればザーベオンはそれに応じて適応するもの。
ガンべータスの計器にて二重螺旋のアニメーションが表示された。
それが勢いよく回転しだす。
神経組織が移植片に手を伸ばし、細胞レベルで融合していく。
『シンセサイズ完了』
ガンべータスの頭部、眼の少し前方で、金属毛をかき分けて瘤が姿を現した。
にきびではない。新しい感覚器だ。
ビットと呼ばれる赤外線感知器官。夜行性の生物が進化させた、夜間の殺しのための、眼。
『神経節接合完了。知覚起動率16%』
川強の前のディスプレイが、赤外線波長の世界を描写する。ガンベータスの間合いの中に、赤く輝く甲殻類が立っていた。
「見えたぜ」
ジョイスティックを思い切り押し込み、床が抜けるほどフットペダルを踏む。神経シナプスの火花という形で命令は伝わり、ガンベータスは霧に穴をあける勢いで駆け出した。脇腹や後脚のノズルからプラズマ・ジェットがほとばしり、空気がゆがむ。
敵もさるものだった。
この霧の中、ガンべータスの襲撃を察知し、かわしさえしたのだ。
強力な足のバネを利かして、五十メートル後方にずしんと着地した。
しかし、腕をもぎ取られた後だった。ブレード付きの長い腕は、驚異的な柔軟性を持っているが、案の定それゆえに装甲は装着されていなかった。
腕は墓標を跳ね飛ばしながら地面を転がり、ヘルビストンの流す黒い血は、ここに眠る死者を今一度溺れさすかと思える勢いで噴き出た。
「おのれ……撤退だ」
帝王国軍パイロットが唸った。ヘルビストンの方も低音を発しているが、痛みから来る悲鳴ではない。憎悪から来るものだ。そもそも、ヤドカリ型ザーベオンに痛覚などあるのだろうか。
敵は再び跳躍して、その姿を消す。
「逃がすか!」
川強は怒鳴ると、迷わずガンべータスを霧の幕の向こう側へと飛び込ませた。
後ろ姿は直ちに白くぼかされ、物音ばかりが墓場に響いた。