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1-4 守れパンレイト! 帝王国の野望と最凶の敵! 2

<パンレイト>



 パンレイト。


 アルデの首都ファラーデから比較的近い沿岸都市。

 世の衛星都市同様、ここも必然的に、首都で不足するものの供給源の役割を押し付けられることになっていた。


 ファラーデに足りないものは、墓穴だった。

 なにせ人口一千万の大都市だ。ザーベオンが死ねば、蘇生廟へと運んで、転生を待てば済む話だが、あいにく人間はもっと面倒くさい生死サイクルを回っている。

 そして、ファラーデは地盤が硬くて、人が死んだからといってほいほい気軽に墓穴を掘るわけにもいかなかった。

 ファラーデを人の死体の下に埋めるわけにはいかない。墓穴都市パンレイトの出番というわけだ。


 都市の周囲三十キロの円内に並ぶのは、無数の墓標。パンレイトの尖り屋根の家屋には、墓掘り、坊主、墓標彫刻家および自分の墓の下見に来た観光客を相手するためのサービス業と、様々な職業の人が生活している。が、いずれの人間も、墓に囲まれた都市特有のひねくれた人間ばかり。




 幸い、今回の遊撃隊のミッションに、パンレイトの住人は関連しなかった。

 目標は、ここのアルデ軍壊滅の原因調査。そして、パンレイトに影響を及ぼす、帝王国軍の脅威を払拭することだ。


 三頭のアルデ軍ザーベオンが、陰気な小道を進んでいく。

 前を行くガンべータスが獰猛な戦闘ザーベオンというよりかは、くたびれた老犬のように見えた気がして、古鈴は顔を振った。

 ここの空気には人を弱気にさせる成分でも含まれているのか。いや、自分は少しナーバスになっているようだ。古鈴は判断した。

 指向性識別センサーを背中の鱗から突き出してみる。味方アルデ軍の反応はない。生きているアルデ軍はいないということだ。


「この近くでアルデ軍はやられたんだな。それにしても陰気な場所だぜ」

「当たり前や。ここは墓地なんや。死人に失礼のないよう、用心せにゃならん」


 縁藤がバックミラーから吊り下がった護符に触れながら言う。


「死人はおまえを噛まんぜ」


 川強は笑って言った。想像力に欠けるこの酔っぱらいは、自分がお化けにおののく姿を想像できないのだ。

 いざとなれば、ヴォルデガーラの背後に隠れるまでだ、と川強は背後のザーベオンを見やる。図体がでかく、目立つ武装を施したザーベオンは、よき避雷針になってくれようもの。

 そんなことを考えながら、川強はタバコをくわえた。マッチを擦るが、なかなか火がつかない。


「畜生、なっつう湿気だ。喫煙できねえ」




 通信機の向こうから、ダッシュボードのシガーライターをカチカチいう音が聞こえてくるのに、古来はいらいらした。


 傭兵め、アルデ兵のプライドをずたずたにしたのでは飽き足らず、将来、肺癌になってアルデの医療費を逼迫する気か。

 傭兵どもの行動パターンから、彼らの不思議な風体のザーベオンまで、すべてが気にくわなかった。


「それに霧まで出てきたぞ」


 川強が低い声で言う。

 古鈴ははっとして、ジョイスティックを回した。首が短いせいで、振り向くという動作ができないヴォルデガーラにいらつきつつ、機体を回転させる。


「霧だと!?」


 霧だった。

 もくもくと広がってきて、世界を包み込んでいく。

 コクピットから見えるものは、まるでミルクの入れすぎで台無しになったカプチーノのように、もやもやしたものばかりとなる。


「気を付けろ! ここのアルデ軍がやられた時と同じだ!」

「軍人さんや、わてらはいつも気を付けているんや」


 縁藤はうそぶくが、何の防御火器も起動しようとしない。

 古鈴は計器から生えた操作突起をいくつも押し上げ、背中のランチャーを目覚めさせつつ、ターゲットカーソルをめぐらす。


 出し抜けに一撃が来た。

 蛇のような何かがくねりながら迫ってくる。その先端には、ブレード。すでに殺したアルデ軍ザーベオンの血で濡れている。

 呆気にとられている古鈴をよそに、縁藤は直ちに反応した。前脚の爪でブレードをはらうと、


「いきなり何すんねん!」


 ライオンがかっと口を開き、エネルギー弾を吐いた。唾液腺に仕込んだ武器だろう。

 弾は地面をうがち、爆風が霧を少し押しやった。

 そこに、一目で戦闘ザーベオンと分かる、恐ろしい敵が立っていた。


 不気味な奴だった。

 カニ型か、クモ型か、ゲジ型か、なんとも判明しがたいが、とにかく哺乳類の温かみも、爬虫類の落ち着きもない雰囲気を放っている。

 二本の長い触手じみた腕を甲羅から生やし、それだけでは飽き足らず副腕を腹から突き出して、うごめかせている。

 頭の上から眼柄が飛び出て、眼球が赤く殺意に燃えていた。


「あれは、……ヘルビストンか?」


 通信機の向こうから、雑音にまみれた川強の声がする。


 ヤドカリ型ザーベオン、ヘルビストン。

 確か、ワンスーク大陸の山奥で、災厄をもたらす不吉なザーベオンを、バンズ人や帝王国人がそんな風に名付けていた。敵はそれを手なずけることに成功したのだろうか。


 異形の敵が、ブレードの付いた腕を頭の上で交差させた。そして、外骨格を震わせて吠える。

 アルデ軍誇るザーベオンのような、勇ましき咆哮ではない。雷鳴とトランペットの音色を足して二で割ったような不気味極まるもの。

 古鈴の体を震えが駆け抜けた。音がヴォルデガーラの機体を震わせたのみならず、このザーベオンとその主にさえも恐怖の萌芽を撒き散らす、そんな咆哮だったのだ。

 ヘルビストンはブレードを古鈴に向けると、体を震わせながら突進を始めた。

 二足歩行のザーベオンの上、大柄で、決して素早くはない。

 しかし、あまりに強大なパワーを抑えがたいのか、異常にぎくしゃくとした動きが、襲われる側をおののかせる。


 古鈴は背後でさっと傭兵たちが散ったのに気付きもしない。

 ただ、圧倒的な敵に迫られる窮鼠ならではの必死さで、火器管制を呼び起こす。間接が白くなるほどジョイスティックを握り締め、照準レーダーパルスの波が帰ってくる前に、壊れんほどの力でトリガーを引いていた。

 ヴォルデガーラのランチャーが一斉に火を噴いた。


 撃ちだされたのは、新式にして、高価な跳躍榴弾。マイスターたちから攻撃力の計測をしてデータを持ち帰るように言い聞かせられていたが、当座の最優先目標はこの恐るべき敵に対処することだった。

 黒く光る榴弾は、土を跳ね飛ばしながら好き勝手バウンドしつつも、異形の敵へと迫る。


「ひよっ子にしては、いい武器持っとんな」


 縁藤は川強との間に専用回線を開いて言う。ヴォルデガーラを襲って、装備を分捕ることをほのめかしているのだ。しかし、川強は喉の奥でかすかに笑うだけだ。

 榴弾が敵に肉薄する。ヘルビストンは八個の弾にかすかにのけぞった。


「甘いわい」


 だが、のけぞっただけだ。肝心の爆発が起こらなかった。


「なに……止められた!?」


 ヘルビストンの腹から生えた副腕が全ての弾を止めていた。それにも主腕と同じようなブレードが付いている。

 敵は信管を作動させないままに、全ての砲弾を刺し貫いたのだ。


「これだから、飛び道具に頼るのはダメなんだ。俺に任せろ」


 川強は自らの美学が、世界共通の物理法則に匹敵するかのような発言をして、ガンベータスの身を沈めさせる。


「うちのトラの牙に大道芸は通用しねえ」


 ガンベータスの背中のレーザーソードが、物騒な光の刃を伸ばした。

 これと、ガンべータスのスピードが合わさるとき、川強の戦闘哲学は真骨頂へと至るのだ。

 しかし、ヘルビストンから冷笑のような音が漏れてきた。


「愚か者が。このヘルビストンの特殊能力を見せてやろう」


 敵は天に向かって反り返ると、再び咆哮を放った。


「ヘルエアスモーク!」


 まるで、それに呼応するかのように霧が強まっていく。


 いや、本当に霧なのか? ゴーグルの奥で、川強の目が細まる。

 ヤドカリ型ザーベオンの甲羅や外骨格の隙間から、白くて粘着質な気体が放出されている。

 すると、あのザーベオンは何らかの気象をコントロールする能力を持っているのだ。

 人間がいまだに真似できぬことを、ヘルビストンは進化を通じて発達させた。


 興味深いことだ。川強は低く口笛を吹いた。

 その間にも霧の濃度は急速に増していく。いまや、敵の姿ばかりか、傍らの味方さえ見えない。




「これで俺の姿は見えなくなった」


 霧の中、ヘルビストンの唸り声と、獲物をいたぶる喜びをあらわにした帝王国兵の言葉が響いてくる。古鈴の呼吸は、いやがおうにも増していく。

 この急場をしのぐ手などあるのか? 敵は手錬のパンレイト守備軍を単機で滅ぼした兵。

 恐怖を通り過ぎ、超然とした闘志を抱きつつ、古鈴は弾を装填する。

 軍用ザーベオンに乗ったその日から叩き込まれてきた知識は消え失せ、窮鼠特有のパニックじみた精神のみが残っている。

 ジャッキがヴォルデガーラのランチャーに、火薬を秘めたミサイルを押し込んでいく。


「そうだ。怖がれ。恐怖すればするほど、我がヘルビストンは喜ぶのだ」


 すぐ近くで敵の声がするのに、何も見えず、敵意ばかりがひしひしと伝わって来る。


「出て来いよ……弾丸ぶっ込んでやる」


 気も狂わんばかりの緊張に締め付けられつつ、古鈴はヴォルデガーラの機体を旋回させた。


「そうかい……軍人さん、実戦は初めてやな?」


 ライオンが霧の向こうから染みだし、ぽんっとヴォルデガーラの肩に片脚を置く。

 古鈴は歯を食いしばり、キャノピーの向こうの傭兵を睨んだ。


 初めてじゃないわけないだろ!? 海の向こうの軍事国家が攻め込んで来るまで、ここは平和な国だったのだ。


「ほな、川強の戦い方を見てみることや。なんぞ参考になるやもしれんけん」


 縁藤は言う。

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