1-4 守れパンレイト! 帝王国の野望と最凶の敵! 1
ザーン暦1763年。ついに第二次三国間戦争が始まったのである。
しかし、戦況は一方的であった。
グォース海岸に上陸した帝王国軍はアルデ軍を一瞬で壊滅させてしまったのだ。
そして、帝王国軍の邪悪な戦略は始まったばかりであった。
アルデ軍の最後の希望は、二人の傭兵、縁藤と川強だった。
アルデ軍攻撃隊長、関拍寺から二人に出撃指令が下る。
郊外都市パンレイトにて、アルデ軍ザーベオンが霧の中で、次々と通信を途絶しだしたのだ。
<バルベイジア通信基地 格納庫>
縁藤と川強が自分たちのザーベオンに乗るべくやって来た。
グォース海岸にてアルデ軍の主力が壊滅したために、格納庫はがらんとしていた。
この状況は、自分たちがアルデ最後の希望であるという事実を傭兵たちに強く実感させる。ったく、この国の軍隊は弱すぎる。
それは傭兵たちに、嫌悪感と、大きな収入のチャンスをほのめかす事柄だ。川強は手に持つ酒瓶を仰ぎ、口の端を紫色の液体がつたった。
縁藤が、吹き抜けに面した制御卓を操作する。下の階から籠を乗せたリフトが上昇してくる。中にいるのは、アルデのマイスターたちによって、最高の体調に整えられたガンべータスとザンファーレンの姿。
ザンファーレンは縁藤が最近五億ゴールドで買った謎のザーベオンで、赤く塗装されている。非常な高齢だ。表向きはライオン型とされているが、一体、何から進化したのかさえよく分かっていない。まともな人間ならこんなザーベオンに大金は費やすまい。
対して、川強のガンベータスは気性の荒いトラ型ザーベオンで、黄色く塗装されている。やはり常人は敬遠するタイプだ。そして、奇妙なことに戦闘ザーベオンのくせに火器が搭載されていなかった。
縁藤は表示板を見つめ、両手の人差し指でたどたどしくキーボードを叩いていく。
「……こうかいな? ちっ、よう分からへん。軍隊の情報端末は好かぬ」
「直接、尋ねりゃいいだろ」
呂律の回らない口調で、川強が助言した。
「そやな。塩梅はどうなん、ザンファーレン?」
ぱっ、と制御板に明かりが点った。ザーベオンの体はパーツごとに色分けされている。新パーツはうまく適合し、DNAログにもおかしなものは見当たらない。
「いい流れや。行って一戦やらかすとしますかいね?」
「おう。何をためらうことがある」
川強は手すりから身を乗り出すと、げええっと飲みすぎた酒を吐き戻した。さて、仕事だ。
「待ってください、二人とも」
二人の背後のエレベーターが唸りを上げ、新たな二人の人間がこの階に上がってきた。
がらがらとエレベーターのシャッターが開く。天井からのどぎつい光で顔は影になっているが、二人とも軍人だった。
片方は全身に包帯を巻き、松葉杖をつく男、紀兵長だった。帝王国軍によるグォース海岸での一方的な虐殺の中、部下を束ねて生還した男。
しかし、今では見る影もないほど憔悴し、エレベーターから傭兵たちの前まで来るのにも、息絶え絶えな有様だ。この男が、アルデ軍一の勇者なのなら、それ以下のアルデ兵というのがどういうものなのか。見てみたいとは思わなかった。
「彼も、あなたたちと同じ遊撃部隊に編入されました」
隣に立つ人間を示す。
「古鈴来です」
軍人らしく、迷彩服を着ていて、ヘルメットを脇に抱えている男だった。
首都ファラーデで流行りの、とげとげした金髪を生やしていた。黒い瞳に浮かぶのは横柄さとか軽蔑といった感情。直観的な川強はいろいろなオーラを察知する。古鈴の足の下の影は、黒い水たまりのように見えた。
しかし、それにしても若い。
川強はゴーグルを持ちあげ、まじまじと古鈴を見下ろした。十五歳前後だろうか?
こんな年齢の子供を使わなきゃいけないほど、アルデ軍は困っているのか。
恐らくは幼少のころから訓練ばかりしてきた人間なのだろうが、しかし、ベテランという称号を付けるには、年齢が五十ぐらい足りない。
まあ、仕方がない。軍隊には、傭兵社会にあるような、無能即死、という能率的なシステムがないため、緊急時に柔軟性が欠けるもの。
取りあえず口を開いて、この古鈴に挨拶する。
「目付ごくろうさん」
「目付ではない!」
辛うじて声変わりしている叫びを古鈴は上げた。
「目付って、超過勤務の一種なのか?」
「違うったら違う!」
しかし、違うったら違うと言われても、このタイミングでアルデ軍が傭兵たちに部下を貼り付ける意味は、裏切りに備えた監視としか思えなかった。
まあ、いい。
「で、古鈴、おまえのザーベオンは何だ?」
「見て驚きやがれ」
古鈴は乱暴な手つきで制御卓を叩いた。
「ヴォルデガーラだ!」
天井からアームが伸びて、地下の奥底からケージを引き上げた。
茶色い皮膚に、艶消しされた銀色の装甲を装備した姿。一人乗りにしては、かなりの大型で、重装甲のオオトカゲ型ザーベオン。ヴォルデガーラ。
開戦に活気づけられたマイスターが開発した最新型ザーベオンだ。
だが、それはつまり、正式採用されて大量に育成されていない段階の、試作機であることを意味する。実験的にいろいろ積んだ、高価なおもちゃというわけだ。果たして、戦闘で役に立つかな?
両肩に移植された四連ランチャーがなんとも目立つ。レーダーに見られた際にも、極めて特徴的な影で自己主張することだろう。
アルデ軍は、軍全体が狂気に取りつかれ、やたらと大型で強力な火器を搭載しているのだ。一説には、前大戦のトラウマが原因らしい。
名誉だの伝統だのではなく、利益を物事の尺度とするような職業、例えば傭兵などは、ヴォルデガーラのようなものを前にすると必ず冷笑を浮かべるのだ。
ヴォルデガーラを見ながら、にやにや冷笑を浮かべる傭兵たちに対し、古鈴は眉を吊り上げた。
「出撃するぞ! パンレイトが危機にさらされている。準備はできているのだろうな?」
「当然だ。一暴れすっぞ、ガンべータス!」
トラ型ザーベオンが吠えつつ、キャノピーを持ち上げ、川強がコクピットに上るためのロープを垂らした。
「ちょっと待て……おまえたち、ザーベオンと話ができるのか!?」
「んなわけねえだろ」
無邪気な子供の幻想に水を差す、大人の顔で川強は首を振った。
「人間がそんなことできたんは、千四百年も昔、古代ザーン人の話やで、軍人さん」
「俺はただ、直観的なだけだ。ザーベオンでも、人間でも、その動作や表情から、そいつの考えてることが分かっちまう。それだけだ」
言い残すと、傭兵たちはさっさとザーベオンへとよじ登る。
装甲の隙間から突っ込まれていたケーブルやチューブが切断され、飼い葉桶も回収された。人間どもは、巨大な機械の獣の頭部に埋め込まれたコクピットに収まった。
リボルバー型の防弾扉が開き、格納庫に光がなだれ込んでくる。
「出撃!」
三頭の戦闘ザーベオンが、矢のごときスピードで格納庫を飛び出して行った。高さ八メートルのコンクリート胸壁を飛び越え、有刺鉄線の茂みを突き破る。基地のやぐらの上で手を振るアルデ兵もたちまち小さくなる。