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1-3 我らが愛しのバルベイジア通信基地 3

 川強はアルデ軍基地内の施設で唯一興味をひかれた建物、ザーベオン整備場へと愛機を持って行った。


 整備場。

 そこは、どぎつい照明に照らされた下、ザーベオンに手術をして武装を施す巨大なクレーンやマニピュレーターが生えている広大な空間だった。

 中央で川強のガンベータスが寝転がっている。まだ鎮静剤は投与されていないので、ガンベータスは眠たくなったので寝たのだろう。

 寝息をたてる金属のトラの周りで、アルデの整備兵が走り回っている。その様子を、川強は上の階のキャットウォークから見下ろしていた。


「金属の獣は何の夢を見るもんかな……」


 川強は呟いて、酒瓶をあおった。胸ポケットからタバコを取り出し、手榴弾としても兼用できる、ごついライターで火を点ける。

 ガンベータスの満足そうな寝顔から判断するに、夢の中でも帝王国軍のメントクアを殺戮しているのだろう。

 川強の眼下で、レーザー・ソーを担いだ整備兵がガンベータスによじ登った。

 ガンベータスの肩で火花が散って、装甲が除去される。

 その下の傷が露わになった。岩塩村で、帝王国軍ザーベオンのメントザーバーに、斧のような形状の尻尾を打ち込まれたのだ。

 肩ではなく、頭のキャノピーを直撃されていたら、川強は挽き肉になっていたはずだ。

 ガンベータスの創は、盛り上がって肉芽を形成し、その隙間から流体金属の膿を吹き出していた。


 帝王国軍か……。


 川強は自覚もなしに、奥歯を噛みしめていた。  

 川強がここ最近狩っていた、ケチな匪賊や車列強盗とは訳が違う、プロの軍隊。

 それがジュベロ大陸に攻め込んできた。そして、自分はそれを狩ることに決めた。岩塩村で血祭りに上げてやった。

 この程度のダメージは、安いものなのかもしれない。


「元気な子ね。回復力が並外れているわ」


 横で、女の声がした。

 川強はゴーグルの下、目だけ動かす。見知らぬ女が歩いてきて、川強の隣に立つと、キャットウォークの柵に身を預けた。


「人間の整備なんてなくても、相当な時間、単独で戦闘行動を持続できるわ。メンテナンスばかり求める、甘えん坊のアルデ軍ザーベオンに見習ってほしいくらい」


 女は手に持ったメモに何か書きながら続けた。


「傭兵と軍隊じゃ、ザーベオンのコンセプトが違うんだ」


 川強は答えた。


 彼女は、他のアルデ軍人同様、馬鹿げた迷彩服姿だった。最も、腰の周りに大量のポーチを着けて、そこに工具を突っ込んでいる様から、戦闘員ではなく、技術職だろう。

 黒くて真っ直ぐな髪を肩ほどまで伸ばして、その後ろに鉄兜をあみだにかぶっている。

 深い二重瞼と整った鼻筋という顔の、かなりの美人なのだが、こんな職場だからだろうか、一切の化粧っ気がなかった。

 指先から袖口までが油とザーベオンの血がこびりつき、同じような汚れが頬に跳ねていた。


「ザーベオン修理屋か」

「最近ではザーベオン・マイスターって呼ぶそうよ、あたし達のこと」


 彼女は奏田そうだ礼空れいくうと名乗った。


「さて、あんたのガンベータスの現状ね。大破しているのは肩だけだけど、全身相当ガタついているわ。消化器も黄色信号。栄養バランスは考えてあげてる?」

「基本的に、殺したザーベオンを食わせている」

「道理で! 血液PHが異常に低いのよ。結石やザーベ痛風のリスクが高いわ。かわいそうよ」

「かわいそう?」


 川強は肩を振るわせ、痙攣じみた笑いを発した。

 笑いながら腕を伸ばす。修理屋の女の胸ぐらをつかむと、引き寄せた。


「姉ちゃん、こいつは愛玩用のザーベオンとは違うぜ。食っていくために殺す獣さ。ぬるま湯は体に合わねえんだ」


 礼空は傭兵の乱暴な動作に動じずに言った。


「そうかもしれないけど、折角アルデ軍基地にいるのだから、フルメンテナンスをしていったら? 帝王国の怖~いザーベオンとやり合うつもりなら、万全の体調で望んだ方がいいんじゃないの? ちょっとした不調が命を奪う、そういう戦いを期待しているんでしょう?」


 礼空が平然としているので、川強は凄みを消して、彼女から手を離した。


「一理あるな。なんなりとメンテナンスをしてやっといてくれ」


 礼空は乱れた衣服を直すでもなく、ポーチから算盤を取り出して弾いた。


「じゃあ、中型ザーベオン用フルコースで四千万いただくわね」

「金取るのかよ」

「こっちもプロよ。ただ働きはしない。代価はいただくわ」

「だとしても、四千万だと?」

「傭兵のレアザーベオンなんて整備するのが、どういう悪夢か想像してちょうだいよ。でも、その分の満足感は得られるはずよ」


 礼空はポーチからカラフルな小冊子を取り出し、川強に渡した。冊子の表紙に、『ようこそバルベイジア通信基地江!』とある。基地のパンフレットのようだ。

 礼空はパンフレットの、該当ページを示した。


「うちの基地は凄いわよ。ザーベオンの畜舎で供給されるザーベまんまは、アルデ・ミシュラン・ガイドから三つ星並みと格付けされている上に、ザーベ・ビールもタンクで貯蔵しているわ。更にアルデ式マッサージを習得しているザーベオン・マッサージ師まで常駐しているのよ。うちに泊まれば、どんなザーベオンだって、セレブ・ザーベオンに生まれ変わること間違いなしよ」

「そりゃ凄い」


 川強は興味なさげに言って、パンフレットを丸めて捨てた。

 礼空が拍子抜けた顔になる。


「戦闘狂の傭兵さんには、このよさが分からないのかしら……」

「なあ、整備屋、メンテナンスは確かに素晴らしいし、うまい餌でザーベオンも活力をリチャージできるだろう。だが、やっぱり基地の整備場に入ったならば、パワーアップしておきたいわけなんだよ」

「パワーアップねえ。表の練兵場で筋トレでもやればいいんじゃないの」


 川強はポケットから札束を取り出して、シャッフルする。


「俺は先ほどアルデ軍と太い契約を交わしたばかりでな。それに、噂では整備屋は色々と面白い玩具を袖の下に隠し持っているっていうじゃねえか」


 礼空はにんまり笑って、川強を奥へと導いた。


「こちらへ」





 整備場の奥、スクラップ場といった感じの広大な空間に通された。

 だだっ広い広間に、錆びた装甲や、切断されたザーベオンの脚が山を作っている。

 整備場同様に、クレーンのような重機が天井に据え付けられていたが、長いこと使われていないようであった。


「ここは、四十年前の第一次大戦のガラクタを転がしておく保管庫だったのよ。でも、グォース海岸の負け戦のおかげで、アルデ軍の管理部門がパニックになっちゃって、修理パーツの回転が速くなってね。その一部をちょっと拝借して、ここのガラクタをサルベージしてみたの」


 保管庫の端に置かれた長いテーブルの上に、ごたごたとパーツが乗せられている。錆びたり、ザーベオンの血液や肉片が付着したままのモノまであった。

 川強は礼空を振り返った。


「第一次大戦のパーツを? 凄いな、おまえ。当時の記録なんて、破棄されちまって、ろくに残っていないんだろう?」

「大したことじゃないわ。規格は今と同じだし、同じアルデ人の作ったものだし」


 礼空は指で鼻をこすりながら、目を逸らした。


「見てみて。掘り出し物があるかもしれないわよ」

「アルデのへなちょこザーベオンの脚だの尾だのを、うちのトラにくっつけてもしょうがないんだがな……」


 川強は言いながら、パーツを物色する。


「これなんかどうかしら」


 礼空が太いコイルスプリングのような物を示した。


「初期実験作グレイラーの頸部オーグメンテイョン・パーツ。グレイラーの頸椎に装着して、首をびよんと伸ばして、偵察に役立てようとしたんでしょうね」


 礼空がスプリングを平手で叩くと、スプリングは音もなく伸展して、長さ十メートルほどの柱と化した。


「制式採用されなかった理由は諸説あるわ。頭部コクピットを上昇させることの隠密性の無さとか、ただでさえ、弱点である頸部を伸展させることの脆弱性とか、見た目がバカっぽいとか……。竜脚類恐竜由来だけど、免疫信号は浄化済みだから、ガンベータスにも移植可能よ。どう?」


 礼空は言った。言いながら、トラが首をびよーんと伸ばしている様を想像して、吹き出す。

 さながら、張り子のトラだ。

 礼空はけらけらと笑っていたが、傭兵がつられて笑うことはなかった。

 傭兵の眼は、一つのデバイスに釘付けになっている。礼空は真顔に戻って、口を開いた。


「……ああ、それ。お目が高いわ。流石ね」

「ピットだな」

「そ。古きよき偵察機能。最近のアルデのザーベオンは随分画期的な索敵装置を搭載しているから、時代遅れの感じは否めないわね」


 ピット。赤外線感知器官である。赤外線を用いて視る視覚。いわゆる、サーモグラフィであった。


「信頼性は?」

「抜群よ。長いこと使われてきたから。でも、これを先天的に発生させることのできるザーベオンはヘビ型ザーベオンだけよ。パーツに兌換性があるか分からないわ。あんたのトラで使用できる保証はないわよ」


 川強は手を伸ばして、ピットを抱えた。


「保証してくれなくていい。実戦で試すだけだ。いくらだ?」


 礼空は顎に手を当ててピットを見つめ、それから唇の端を吊り上げた。


「傭兵の兄さん、あんたが気に入ったわ。2500万で手を打ってあげる」

「高えな、おい。廃棄されていたパーツが2500万だと? なめてんのか」

「アルデ経済がインフレ気味なのは、あたしのせいじゃないわよ」


 川強の右手が霞を残して動いた。

 傭兵は、またしても整備屋の襟首を掴んで、引き上げる。礼空の気道が圧迫される。

 川強は彼女に顔を近づけ、穏やかな声で語る。


「なあ、おい。どうせアルデ軍の規則で、こういう副業は禁止されているんだろ? バレたらロクなことにはならねえんだ。こっちは弱みを握ってんだぜ。そこを考慮しろよ」

「さあ、どうなのかしら……。あたし、軍規なんてろくに読んだこともないから、禁止されているかどうか知らないのよね」


 礼空はしれっとした顔で小首を傾げた。


「それに、戦争中に、腕利きザーベオン・マイスターを営巣に入れっぱなしにするほどアルデ軍に余裕はないと思うわよ」


 礼空を睨みつけていた川強の眼が、微かに細まった。


 この女……。

 自分のことを怖がらない。

 野蛮な傭兵が眼前で歯を剥き出そうと、煙草の火が顔をかすめようと全く意に介していないのだ。

 強がっているわけではない。純粋に興味の対象として認識していない反応だ。


 川強は舌打ちした。

 傭兵の恐ろしさを教え込んでやろうにも、これでは埒があかない。


 川強は、礼空を離すと、金属テーブルの上に札束を投げ捨てた。

 足音高く保管庫を去ろうと、踵を返す。


「そんな顔しなさんな、傭兵さん」


 礼空は札束片手に、もう片手で傭兵の肩をぽんぽん叩いた。


「金払いのいいお客さんは、こちらとしても大歓迎なのよ。サービスでザーベ・ビールは飲み放題ということにしてあげるわ。ザーベオンは皆、ザーベ・ビールが大好物だから、あんたのトラも喜ぶわよ」

「そりゃあ、いいなあ」


 川強は機嫌を直して、にやりと笑った。






 さして時間も経たないうちに、礼空はこの申し出を後悔することになる。


 ガンベータスは、バルベイジアに備蓄されていたザーベ・ビールを、ものの二時間で飲み干してしまったのである。




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