57話 被害者
時間が空いてすみません。
翌日の朝、リーナはサイネーシャの冒険者ギルドにいた。
「ヤヒトのことについて、エレガトルのギルマスから何か連絡あったか?」
「おはようございますリーナさん。いえ、エレガトルの方からは特に……。ですが、先程ヤヒトさんの捜索隊が出発しました」
「チッ、ギルマスのおっさんの野郎。ツノグマ討伐にはヤヒトの力が必要ってわかってんだろ」
ブレンダンへの悪態もそこそこに、リーナは応援依頼――例の鐘の音についてサイネーシャの冒険者ギルド職員に尋ねる。
「被害が出ているのは主にサイネーシャ北部に広がる山林です。サイネーシャの特産であるモジャキノコが群生している山林で、モジャキノコはこの時期から旬が始まるため、キノコ狩りに出向く方が多いのですが……」
「そのキノコ狩りに行った奴らが被害にあったと」
「はい。モジャキノコの採集が許可されている区画は事前に冒険者ギルドで安全を確認されているはずで、キノコ狩りの期間中も数人の冒険者が駐在しており、万が一にも魔獣や人を襲う害獣が現れた際は、速やかに対処することになっています」
「なるほどな。応援が必要ってことはその駐在してた冒険者やその後の討伐依頼で行った冒険者じゃあダメだったってことか」
太刀打ちできないどころか、多くの冒険者が命を落としたということはリーナも聞いているが、確認のためにも口に出して情報を整理する。
「被害にあったのは、キノコ狩りに訪れたサイネーシャ国民三名、近隣の村人が二名、冒険者十二名の計十七名です。内、キノコ狩りに訪れた五名と冒険者七名の死亡は確認されており、三名は生死も行方もわかっていません」
「ってことは、生還できたのは二人の冒険者だけか。――鐘の音を聞いたってのもその二人か?」
「その通りです。ですが、鐘のような音自体を聞いたことがあるという人は何人かいます。ただ、いずれも山林の外で遠くで鳴っているのが聞こえたというぐらいで、その正体までは確認できなかったそうです」
「あ、そういや依頼って『鐘の音の調査及び脅威の排除』だったな。戻って来た冒険者二人はどうなんだ? それらしい魔獣とか何か見てないのか?」
「それが――」
顔を曇らせた職員は、二人の様子については実際に見た方が状況がわかるだろうと、簡単な地図をかいてリーナに渡す。
「お二方とも現状、命に関わるような怪我等はありません。ただ、精神的なものなのか、状態があまり芳しくないという報告を受けています」
「そうか……」
まあ、二人に聞くことができていれば調査まで依頼に含める必要がないのだから、それができない理由があるということだろう。
冒険者であれば恐怖や衝撃的な光景を目にすることで精神的に大きなダメージを負ってしまうことも珍しくない。
しかし、冒険者ギルドの職員が実際に見た方が早いと言うのだから、恐らくそういうものとも別種の状態にあるのかもしれない。
あいさつもそこそこに、リーナは渡された地図を頼りに町を歩く。
冒険者ギルドからは少し離れ、町の喧噪が遠くなる閑静な地区だった。
進むにつれ、明らかに人の手で植えられ、手入れをされている花や木が多くなる。
「――ここか」
一際大きな花壇が庭にあるレンガ造りの建物の前でリーナは足を止める。
入口の上部に取り付けられた突き出し看板の文字と地図に書かれた文字とを照らし合わせる。
――『安静所』。
主に精神的な病を負った者の治療のためにある施設、精神病院のようなものである。
ガラガラと木製の引き戸を開けると、内は外壁とは違って温かみのある木構造で、窓から運ばれる花の香りも相まって、どこか心が安らぐような感覚を覚える。
施設内で話し声は聞こえているが、一見したところ人の姿はない。
代わりに、玄関脇にある棚に小さなハンドベルと『御用の方はこちらをお鳴らし下さい』と書かれた張り紙がしてあることに気付く。
リーナがハンドベルをつまんで軽く揺らせば、チリーンという優しい音色が廊下に鳴り渡り、「はーい。今行きますから、ちょっと待っててくださいね」という声の後に一人の年配女性が近くの部屋から出てやって来る。
「私はこの安静所の所長をしてるもんだけど、何か急ぎの用事かい? 特に今日は新しい患者が来るって話は聞いてないし、見たところあんたは元気そうだしね」
「あたしはリーナ。冒険者ギルドの依頼で来たんだが、ちょっとここの患者に聞きたいことがある。最近、モジャキノコの採れる山で問題になってる鐘の音について、その被害にあった冒険者が二人いると聞いて来た」
「――ああ、彼らかい。わかった。ついてきな」
話を聞いた所長は少し声のトーンを落として言うと、廊下の突き当りにある部屋の前まで案内する。
「ギルドから来たってんなら聞いてるかもしれないけど、情報についてはあまり期待しない方がいいかもね。あと、命に関わるような怪我をしてないからって無理させないでおくれよ。治るもんも治らなくなっちまう。それじゃあ、私は仕事に戻るから何かあったらすぐに呼びなよ」
「ああ。わかった」
リーナは所長が戻るのを見送ってから、二、三度呼吸を整えて戸に手を掛け、驚かせないように注意を払って静かに開ける。
「――――」
清潔感のある広々とした部屋には二つのベッドが置かれており、内装や雰囲気から、あまり病室という印象はない。
一応、部屋の中央の垂れ絹を使って二部屋に区切ることもできるようだが、今は開放されている。
ベッドの上にはそれぞれに男が寝ていた。
年の頃は三十代前半、冒険者としてまだバリバリ働ける年齢だろう。
「――冒険者ギルドから来たリーナだ。今日は話を聞きに来た。具合が悪いとか気分じゃねえとかなら日を改めるから言ってくれ」
「――――」
「――――」
リーナの声に二人とも言葉を返さない。
ピクリと反応を見せたことから、どうやら声が聞こえていないというわけではなさそうなのだが。
リーナは戸に近い方のベッドにいる男に近づき、声をかける。
「体の調子はどうだ?」
「――ああ、今は、悪くない……」
今度は恐る恐るといった感じではあるが返答があった。
やはりこちらの声が聞こえていないわけではない。
リーナは続ける。
「今日は話を聞きたくて来た。例のモジャキノコの採集場の件だ。ここの二人だけが生きて帰って来たと聞いたが、何か情報はないか? 山のどこから音が聞こえたとか、ずばりその正体を見たとか。鐘の音がどんなものだったかとかでも――」
「鐘の……音……。あ、ああ……あああア! 嫌だイやダ!! やめテクれ!! うるさいうるさいウルサイウルサい! 怖い痛いやめて!! アアアあああアァあぁあアアァあ!!」
「おい! どうした!? 大丈夫だ! ここは安全だ!! しっかりしろ! おいっ! 安全だから! ここは怖くねえから!」
狂ったように叫び、暴れ出す男をリーナは抑えて声をかけ続ける。
騒ぎが部屋の外にまで聞こえたのか、看護師が一人応援に駆けつけ、そこからは二人掛かりで男を抑える。
――発狂は一分程で落ち着き、男は疲れたのかそのまま眠りに入ってしまう。
いや、これは気絶だろうか。
「やっと、落ち着いたか……? な、なあ、こいつ大丈夫か? このまま目を覚まさないとかないよな?」
不安になるリーナに看護師は優しく告げる。
「はい。呼吸も安定していますし、脈も今は暴れたせいで少し早くなっていますがすぐに元通りになるでしょう」
「そ、そうか。それならいいんだが……。すまない。こんなはずじゃなかったんだが、騒がせてしまった」
「いえ、最初の頃よりは良くなっているんですが、日に何度かあるんです。当時のことを思い出したり、鐘の音を連想するようなことがあったりすると恐慌状態に陥ってしまうみたいです」
「……だから生還したのに情報を聞くことができないってことか。でも、命に関わるような状態じゃあないんだよな?」
「はい、それは確かです。ですが――」
「ですが?」
看護師は何かを言いかけて口ごもる。
リーナが言葉の続きを待っていると、丁度所長が部屋にやって来た。
「どうだい? 何か聞けたかい?」
「いや、ダメだった」
「ふぅ、まあそうだろうね。まだ確定したわけじゃあないが、これは呪いを受けた可能性があるらしい」
「し、所長! それはまだ公には――」
「いいんだよこの嬢ちゃんには」
看護師が口ごもったのはこれだろう。
ただでさえ呪いというのは未だに解明されていないところの多いものだ。
確定もしていないのに呪いのことが公に広まれば過度に不安を煽ることに繋がる。
「いいって、でもそれで呪いのことが広まったらここから情報が漏れたって思われてしまうんじゃ……。あ、いえ、すみません! 冒険者さんを信用していないとかではなくて!」
「いや、いい。そういう事情なら仕方がないだろ。誓ってあたしは公言しない――と言っても、それも信じられないだろうけど」
リーナが悪人ではないことが十分に伝わっている看護師は、自分の気持ちと責任感の間でオロオロと狼狽し、所長とリーナに交互に視線を移す。
そんな看護師に所長はフッと小さく笑って、
「まあ、気持ちはわかるけどね。でも大丈夫さ。なんてったってあのデュアンのとこにいた娘だからね」
「えっ!? デュアンって、あのデュアンさんですか!?」
今度はさっきとは違う意味の視線を行き来させる看護師。
どうやらデュアンを知っているようだが、ただ知っているにしては反応が大袈裟過ぎる気もする。
「おいおい所長さん、その言い方じゃあ、あたしがデュアンに養ってもらってたみたいに聞こえねえか? 逆逆。あたしが世話してやってたと言っても過言じゃないね! ――で、あたしがデュアンのパーティだったら安心できんのか?」
所長に言い張った後、看護師にそう問えば、看護師は「はい!」と、驚きと興奮が入り混じって上擦った返事で答える。
「詳しくは知らないけど、この娘の故郷の村があんた達パーティに救われたことがあるんだと」
「そうなんです! 私はサイネーシャにいたので実際の活躍をこの目で見たわけではありませんが、村が大量発生した魔獣に襲われそうになっているところをあなた達が救ってくれました。特に、私の両親はロックバードに攫われそうになっているところをギルベルトさんに助けてもらったそうで、本当に感謝していました。もしもサイネーシャで会うことがあったら改めて感謝を伝えてほしいと言われていたのですが……」
興奮して早口になる看護師だったが、ふとデュアン達がもうこの世にいないということを思い出してしまったのだろう。
リーナの前で軽率な発言をしてしまったことも含めて自分の至らなさに気が咎めたのか、どんどん声のトーンは落ち、表情も暗く沈んでしまう。
こんな状況になるのはもう何度目だろうか。
リーナにとってはもう慣れたもので、もう過去を引きずっていないことや、デュアン達のためにも話を控えたり悲しんだりしないで笑顔で思い出話や笑い話をしてやってほしいという前向きな考えを伝える。
それを聞いた看護師は少し迷いながらも、幾分か明るい笑みを浮かべてくれる。
「――感謝の意は今度墓参りにでも行った時に伝えとくよ。何なら一緒に行くか? ちょっと遠いけど」
「ありがとうございます。機会があれば是非よろしくお願いします」
「ああ。あいつらも喜ぶぜ」
看護師が落ち着いたところで本題だ。
情報が聞けないとなると、どうしたものか。
「あっちのもう一人も同じ感じか?」
対面にあるベッドの上で、外に咲く花が風に揺れるのをボーっと見ている男を見てリーナが問う。
「そうだねえ。二人とも普段は落ち着いてるんだけど、当時を思い出すと暴れちまうんだ。さっきも言った通り、呪いの可能性があるからね。もう三日、四日もすれば外国から解呪師が来てくれる予定になってるよ」
所長はそう言って眠った男に落ちた布団を掛け直す。
ギルドでも情報を聞くことができなかったとなると、リーナがもう一人に聞いても無駄だろう。
呪いが原因となれば尚更リーナの手には負えない。
「っぱ実際に行かないとわかんねえか。――じゃあ、突然来て悪かった。あたしはこれで帰るよ。もしもこいつらが治ったらギルドを通してでも教えてくれ」
「はいよ。あんたも気を付けるんだよ。あんたがここに来て発狂して暴れられたんじゃあ、取り押さえるのに依頼出さないといけなくなるからね」
所長の冗談――いや、半分は本気で言っているのだろうが、リーナは「ハハハッ」と笑いながら安静所を後にする。
「よし、さっそく行くとするか。――ヤヒト、お前も早く来いよ」




