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52話 不穏な呼び出し

 臭いも見た目も人間――かなり引っ掛かる言い方だが、それよりもヤヒトが気になったのは、ルーベルが言った『同族』という言葉だ。

 しかも、ルーベルはヤヒトの治癒能力を見てそう言ったのだ。

 ということは、


 「ルーベル、もしかしてそっちも治癒能力あったりする? 傷すぐに治ったり、手足もげても生えてきたり、腹に穴が空いても塞がったり」


 「腹!? あー、腹に穴はさすがになったことないけど、手なら前に切られたけど生えたな。ほら――」


 両手をヤヒトの顔の前に突き出して握ったり開いたりして見せるルーベル。 

 そんなことをしても過去に腕を切られたかどうかはわからないだろうに。


 「まじか! こんな化け物みたいな能力あるの俺だけかと思ったけど、いるとこにはいるんだな! なんか親近感わくな」


 「私も私以外に会ったことも聞いたこともないから驚いた!」


 ルーベルは余程嬉しかったのか、横たわるオオイノシシをバシバシと昂る感情を表現する。

 そんな様子を見ていたヤヒトだが、ふと自分がオオイノシシの討伐依頼で来ていたことを思い出す。

 木々の隙間から見える空には赤みが差しており、あまり悠長に話していては町に着く前に暗くなってしまうだろう。


 「あ、ルーベルごめん。そろそろ俺はそろそろ町に戻るんだけど、どうする? 一緒に戻るか? また――」


 「また魔獣に襲われたら大変だ」と続けようとしたが、最終的にオオイノシシを討伐したのがルーベルであることから、無用な心配だろうとヤヒトは言葉を切る。

 ――木の上で泣いていないで最初から倒してしまわなかったのはなぜだろうという疑問も浮かぶが、まあいいだろう。


 ヤヒトの誘いに、ルーベルは少し考える素振りを見せた後、首を横に振る。


 「町はいいや。貴様――じゃない。ヤヒト? のおかげでしばらく持ちそうだし、魔獣から逃げ回らなくていいからな!」


 鬱憤を晴らすかのようにオオイノシシをドスドスと叩くと、満足したのか、くるりとヤヒトに背を向けてググっと伸びをする。


 「じゃあ、私もそろそろ行こうかな。トアト畑(縄張り)も荒らされちまったし」


 「そっか。行く当てはあんの?」


 「いんや。適当。まあ、また会おうぜ。ヤヒトの臭いは覚えたからさ。近くにいたら顔出すよ」


 「臭いって……。俺、そんなにか? 一応清潔にはしてるんだけど」


 胸元や脇の辺りを嗅いでヤヒトは臭いを確かめるが、多少汗臭いだけで特別不潔な感じはしない。

 それとも、自分ではわからないだけで、他人からしたらもしかして――。


 「アッハハハ! じゃ、またな! 次は獣に潰されないように気を付けろよ!」


 「いや木の上まで逃げて泣いてる奴に言われたくねえ!」


 「だからそれは忘れろ! ――あ、あとギルドにはオオイノシシ(これ)やったの私だってのは内緒な。私冒険者じゃなし、いろいろ面倒になるだろ?」


 そんなやり取りをした後、ルーベルはニッと気持ちのいい笑顔を見せて、たったか走って去っていった。


 「ふう」


 謎の多い少女だったと、ヤヒトはルーベルの姿が見えなくなるまで見送った後、ポーチから解体用のナイフを取り出す。


 「オオイノシシの討伐証明も耳でいんだっけ? 牙とかのがわかりやすそうだけど、まあ硬いからか」


 体躯に相応しい大きな耳を切り取り、ナイフと一緒にポーチに押し込む。

 気持ち的には解体して肉なんかを持って帰りたいところだが、荷物になるし、そもそも解体の技術をヤヒトは持たない。


 「帰ったらギルドに頼もう。さ、俺も急いで帰るかな」



 ▲▽▲▽▲▽



 急いだ甲斐もあってか、日暮れ前に冒険者ギルドに戻ることができたヤヒトは、討伐完了の報告と死体の回収処理の手配を頼む。


 回収された死体は解体所に運び込まれ、使える素材や食用肉などに分けられる。

 希望があれば解体後の素材や肉を受け取ることもできるが、特にいらない場合はそのまま売却され、その売値から回収の手数料と解体料を引かれた分が報酬に上乗せされる。

 何かと物入りの新人冒険者にはとてもありがたい仕組みである。


 「――では、上乗せ分はまた後日のお渡しになります。それにしても、よくお一人でオオイノシシの討伐ができましたね! ヤヒトさんの目覚ましい成長とご活躍に私も嬉しく思います!」


 「えっ? いや、まあ、それほどでも……ないですよ?」


 まさか、「実は自分はオオイノシシにやられそうになって、どこの誰かもわからない少女が討伐したんです」だなんて言えないヤヒトは、まるで自分のことのように喜んで称賛の言葉を送ってくれるアリッサに後ろめたい気持ちを持ちつつ、ルーベルとの約束通り彼女のことは口にしなかった。


 仮に本当のことを言ったとしても、ルーベルについて追及された場合、彼女がどこからきてどこに行ったのか、どうやってオオイノシシを倒したのかなど、何も有益な情報を出すことができないのだから、言う意味もないだろうというのがヤヒトの主張。

 決して面倒だからとかではない。

 決して。



 ヤヒトが報酬を受け取り、鈴の音に帰ろうとギルドの出入口を開けたところで、


 ――ガッ。


 「あだっ」


 ドアが何かに当たり、半開きのどころで止まってしまった。

 ヤヒトと同じタイミングでドアの向こうに人が立っていたらしい。


 「あ、すいません! 人がいると思わなくて」


 「いや、構わない。この手の出入口にはよくあることだ」


 幸い、相手に怒っている様子はないようで、ヤヒトはホッと胸をなでおろす。


 「――あたしもここのドアは何とかしてくれって前から言ってんだけどな。上の方ガラスにするとか、引き戸にするとか、もう一つドア付けて入口と出口を完全に分けるとかさ」


 「あ―確かにそれはいいっすね。早くそうしてほし――。って、リーナじゃん!!」


 「おっヤヒトだったか! なんだ? 今から依頼か?」


 「ん、今終わって鈴の音に帰るとこ。それより、帰るのって今日だっけ?」


 ドアの外にいたのは、用事があるとかで三日間空けると言っていたリーナだった。

 予定では、帰って来るのは明日の朝で、午後からパーティの手続きやら何やらをするという話だったはずだが。


 「ああ。ちょっと急な呼び出しがかかってな。用事は早めに切り上げて戻ってきたんだ。あっそうだ! ヤヒト、お前も来な! さっき帰るとこだって言ってたし、暇だろ?」


 「暇っていうか、確かにやることはないけど、どこ行くんだ? 急な呼び出しって言ってたよな? 俺が行ってどうすんだ? 誰からの呼び出し?」


 リーナが呼ばれるということは、ランク五の冒険者に対する依頼か何かだろうが、そこに新米のヤヒトが行ったところでむしろ迷惑でしかない。


 「ギルマスから呼ばれた。二階の部屋にいるってよ」


 「ギルマス!? ギルマスって『ギルドマスター』だよな!?」


 冒険者ギルドのギルドマスターは、エレガトルにおいて王様のような立ち位置にいる人物である。

 そんな人物の呼び出しに、ヤヒトなんかが付いて行くのは余計に迷惑であろう。

 いったいどんな提案をしているのかと、リーナの常識に疑いを持つヤヒトは、引き攣った笑みと驚愕が混じった何とも言えない表情を顔に浮かべる。


 「他にギルマスってないだろ。いいから来いって」


 「いやいやいやいや! 俺が会っていい人じゃないって! 呼ばれたのリーナだし! 無関係の下っ端冒険者が一緒に行くのはおかしいって!」


 「無関係って、どうせパーティ組むんだから無関係じゃなくなるだろ。それに――」


 慌てるヤヒトとは反対に、不自然なくらい冷静なリーナの発する空気は、さらにピリッとしたものに変わる。


 「ギルマスからの呼び出しってのは、『赤黒のツノグマ』に関することだ」


 「赤黒の……ツノグマ……!」

しばらく忙しい日が続いているため、執筆が滞っています。

申し訳ございません。

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