49話 乾杯の音頭
今回の話で、言うなれば第一章の終わりとなります。天守夜人が異世界に来て、冒険者として生きていくためのチュートリアルの完了です。
やはりヤヒトの聞き間違いではなく、リーナはヤヒトに盾をくれるらしい。
しかし、
「デュ、デュアンさんの!? それって――」
「ああ。あの時のだ」
あの時――忘れるはずもない。
赤黒のツノグマにやられたデュアン達の遺品を回収しにリーナと山の奥に入った際見つけた物だ。
ギルベルトの戦斧、ペッカのリュック、そしてデュアンの盾。
死の間際まで決して離すことなく身に付けていたであろう装備品は、三人が最後まで逃げずに戦い抜いた証――。
どれもただの思い出の品と言うには重すぎる大切な物であることはヤヒトにだってわかる。
リーナなら尚の事、それを誰かに譲るのは相当に心苦しいことだと思うのだが、あまりにもケロッとした顔で提案するもので、ヤヒトは反応に困る。
「さすがにそれはダメだろ! 貰えないって! 絶対保管してたほうがいい!」
「何でだよ! 使わないで保管してたってもったいないだろ! せっかく良い盾だし貰っとけよ。場所だって取るし」
まさか酔っぱらってこんなことを言っているのかとも考えたが、そんな様子は微塵もない。
命を落とすかもしれないほどの危険を冒して回収した遺品をこうも簡単に手放すのは、仲間想いのリーナらしくないとヤヒトは思う。
だから、強い意思で提案を断るのだが、リーナも譲らない。
「いやでも――」
「ああもう! うるせえなあ! ちょっと待ってろ!」
「あっ! おい、リーナ!」
渋るヤヒトに痺れを切らしたのか、リーナは「すぐに戻る」と近くの給仕に伝え、ギルドを飛び出してどこかへ行ってしまった。
それからものの五分程でリーナは戻ってきた。
手に布で包まれた大きな物を抱えている。
「ほらっ!」
「ぅお! 痛っ! なんだよコレ!」
「受け取ったな! もうそれはお前のもんだからな! まさか人からの贈り物を返却するような失礼なことはしねえよな!?」
グイグイと押し付けられる布は、やがてその結び目が解け、ハラリと捲れる。
「――――ッ!」
中から覗くのは白銀色の装飾をあしらった深紅色の盾――デュアンの盾だ。
所々に傷はあるが汚れの一切は見当たらないことから察するに、手入れをして丁重に保管されていたのだろう。
つまるところ、やはりこれはリーナにとって、とても大事な物であるということ。
「だから受け取れねえって! こんな大事な物! 下手に使って欠けたりしたらどうすんだよ!」
「受け取ってんだろ! 盾は傷付いてなんぼだ! それに欠けたら補修すりゃあいい話だろ!」
「受け取ってねえ! 押し付けられてるだけだ! そういう問題じゃねえ!」
双方意見を譲らず、盾が左右に行ったり来たり。
初めのうちは面白おかしくそんな二人の喧嘩を眺めていたダグじいさんだったが、いつまで経っても終わらない争いに顔を曇らせる。
「お前らいい加減にしろ!」
「だってリーナが!」
「だってこいつが!」
止めに入ったダグじいさんに、食ってかかる二人。
呆れたように首をゆっくり横に振ったダグじいさんは「いいか」と続ける。
「確かに物ってのは使わないと意味がねえ。それが盾だってんなら尚更だ。守るための道具を守ってちゃあ本末転倒だからな」
「ほら見ろヤヒト! やっぱダグじいさんはわかってんなあ」
「はあ!? ダグじいさんはリーナの味方かよ! こういうのは理屈じゃないだろ! 大切なものは大切に保管するのが気持ちってやつだ」
「ええい最後まで聞けい! リーナ、お前さんが言うことは正しいがヤー坊の言っていることも尤もだ。取り分けそいつはデュアンの忘れ形見でもあるわけだ。多少の傷や破損なら直せるだろうが、もしも完全に壊れちまったらもう元には戻せねえ。デュアンが残した数少ない遺品が失われるんだ。思い出の品を失うってのは悲しいもんだぜ」
「それは……! そうだけど……。でも――」
ダグじいさんの言っていることを頭ではわかっているようだが、どうしてかそれを飲み込もうとしないリーナは反論しようとして、ゴニョゴニョと言葉が尻すぼみになってしまう。
勢いがなくなったリーナを見たダグじいさんは、エールを一口飲み、次はヤヒトに顔を向ける。
「だけどな、ヤー坊。リーナの気持ちもわかってやれねえか?」
「リーナの?」
「ああ。ヤー坊を鍛えたのはリーナなんだろ? だったら、盾が壊れて危険に晒されてしまったことに対して、少なからず責任だって感じることだろう。また盾が壊れて命の危機に瀕すくらいなら、そこらの冒険者が持つ盾なんかよりよっぽど硬い盾を持たしてやりてえんじゃねえか?」
ヤヒトがチラリとリーナに目をやると、リーナは少し気恥ずかしそうに斜め下を向く。
「それに、自分で言うのもあれだが、普段から装備品に触れている職人の俺にはわかる。デュアンの盾はかなり丁寧に手入れされてるぜ。毎日磨いてでもいない限り、使われなくなった盾がこんなに良く魔力を通すはずがねえ」
「――――」
ダグじいさんは盾に軽く触れて状態を確かめると、再び布で丁寧に盾をくるむ。
「そんな大切な物を誰にでも渡すような軽薄なやつじゃあねえよ。リーナは。ヤー坊もわかるだろ? 人一倍仲間想いで強がりなガキだ。そんな奴が自分の、仲間の大切な物を託そうってんだ。それぐらいお前さんを信用してんだ」
ダグじいさんの力強く、それでいて優しい声色は、ヤヒトを諭すように心に沁み込む。
リーナがとても仲間想いであることをヤヒトは知っている。
リーナが決して軽薄な人間ではないこともヤヒトは知っている。
だからこそ、未熟で弱くて考えなしに突っ込むような自分がデュアンの盾を受け取るべきではないと思った。
もしも盾を受け取ったとして、また決闘の時のように粉々に砕け散ってしまったら、リーナはどんな顔をするだろうか。
「でも、俺は――」
「よし、じゃあこれならどうだ!」
渋るヤヒトを見かねたダグじいさんは、エールでドンッとテーブルを叩き、声を張る。
「ワシが前に練習で造った盾をくれてやる! 少し手直しは必要だろうが一時間もかからねえ」
「いやでも、金が――」
「お代も結構だ。売り物にするつもりのねえ出来の物だからな。だからヤー坊に造ってやった盾よりも強度は落ちるぞ。無茶をすればすぐに壊れるぜ」
「それじゃ意味がねえからデュアンの盾やるって言ってんだろ!」
「だから――! 壊れねえようにリーナ、お前さんが面倒を見ろ! 近くにいりゃあ、万が一盾が壊れてもお前さんが何とかできるだろう? そんでこれからもヤー坊を鍛えてやれ。何もデュアン程とは言わん。お前さんは盾を使わないだろうからな。だからせめて、そうだな、冒険者ランク三になるまででどうだ? そこまでいきゃあ一人前の冒険者ってもんだろう。ヤー坊だってその頃にはこの盾をを扱えるくらいには精神面も鍛えられるはずだ! まあ、それまでに金が貯まるだろうから、繋ぎで新しい盾を造ってやることもできるしな」
「ランク三――――」
ヤヒトにはそれがどれほどのものかピンとこないが、冒険者ランク全体で見れば中位に位置するランク三であれば、確かに一人前と言えるだろう。
ダグじいさんの提案に、リーナも渋々ではあるが受け入れているようで、小さく頷いている。
「どうせこいつとはパーティを組むからな。鍛えるのは勿論だし、ランクもいずれあたしに追いついてもらうつもりだ。だが、やっぱすぐ壊れんのはダメだ。もちっとマシなやつを用意できねえか?」
「武具店に卸してるやつなら作り置きしてあるが、そいつはタダってわけにはいかねえ」
「それでいい。あたしが払う」
「えっ?」
「そうかい。まあ、今日は食って飲んでで忙しいから明日工房に取りに来るといい。おまけでちょっとした防具もつけてやる。ワシからの祝いだ」
「いや、あの?」
ヤヒトは提案に対して賛成も反対もしていないのに、リーナとダグじいさんだけで話が進んで行く。
決闘が決まるまでの話し合いもそうだったが、これは話に入れないヤヒトが悪いのか、それともどんどん決めてしまうリーナが悪いのか。
ただ、今回は決闘の時とは違い、ヤヒトにとって悪い話ではない。
デュアンの盾を受け継ぐのはひとまず保留で、新しい盾も買ってくれるという、むしろ理想的な話だ。
「盾が壊れたのは……いや、そもそも無茶な決闘することになったのはあたしのせいだからな。気に食わねえってんなら、冒険者として稼げるようになってから返せ」
何か言いたげなヤヒトに気付いたリーナは、そう言って骨付き肉を差し出す。
正直、盾を買ってくれるというのは嬉しいが抵抗はある。
抵抗はあるのだが、これからリーナと組むということやランクアップを目指すのなら、ここで盾を買うための資金をゆっくり稼いでいては余計にリーナに迷惑をかけることになる。
だから、
「――――わかった。頼む。けど、絶対に金は返すからな! 知識も実力も遠く及ばないからって、何でもかんでもおんぶにだっこじゃカッコ悪い!」
ヤヒトは骨付き肉を奪うように受け取ると強引にかぶりつく。
「そうこなくっちゃなあ! さっそく、明日はダグじいさんの工房に行った後にパーティを組む申請をするぞ! 今日は食べて飲んで楽しめ! お前ら! まだまだ飲むぞぉ!!」
リーナの音頭に、まだギルドの酒場に残っている者達が思い思いの歓声を上げる。
お開きムードだった酒場を再び給仕が忙しく動き回る。
笑い声と食器の音が飽和する冒険者ギルドの酒場、また楽しい宴会が始まるのだと誰もが思っていたのだが――。
「――――」
乱暴に開けられた冒険者ギルドの扉が大きな音を立てる。
次いで、そこから現れた人物を目にした皆は、今までのどんちゃん騒ぎが嘘か夢だったかのように静まる。
扉を背にしていたヤヒトも、何事かと後ろを振り返れば、
「――――ぁ」
「いよぉガキぃ。決闘終わりで早速打ち上げたぁ、ずいぶんと景気がいいじゃねえか! ええおい!?」
手下二人に荷物を持たせたビリーがヤヒトに笑いかける。
笑っているといっても、親しみを込めたにこやかな表情とは違い、腹ペコな肉食獣が獲物を見つけた時のような爛々と殺意を滾らせた目は、見た者の背筋を一気に冷やし、人によっては夢にまで出て来そうな恐怖を与えられる。
「ビリー……」
他の冒険者達には目もくれず、一直線にヤヒト達のいるテーブルにやって来るビリー。
一瞬、リーナの方を一瞥するが特に声をかけたりせずに、視線をヤヒトに戻す。
「ガキぃ、お前はいったい何者だ? あの戦い方はなんだ? 最初は回復魔法が使えるからあえて捨て身の戦法を取ったのかと思ったが、ありゃあ違うな」
「――――何が言いたい?」
一応、治癒能力のことを隠しておくために、あえて明言はせずにビリーの出方を窺う。
ビリーが回復魔法であると思っていてくれるのなら尚更好都合だ。
せめて、怖さで震える気持ちが変に動揺したりしないように、テーブルの下で太ももを抓つことで平静を保とうと努めるヤヒトだが、ビリーの圧力に対して、それが有効かといえば正直怪しいところだ。
「――そもそも、あれは回復魔法か?」
「――――!?」
ヤヒトの心臓が大きく跳ねる。
この激しく脈打つ心臓の鼓動がビリーに聞こえてしまうのではないかと思うほどに、太ももを抓る指に力が入る。
「今思えば魔法にしてはおかしな点ばかりだ。最初は熟達した魔法使いだからだろうとも思ったが、仮にそうだとしても、いや、そうだとしたら、わざわざ回復魔法ありきの戦い方をするか? 普通なら肉弾戦よりも距離を取って魔法を撃つ方がいいに決まってる。違うか?」
「…………」
「だんまりか。そうかいそうかい! まあいい! 運が良いことに俺はこれから長期の遠征だ。ほんとは制限時間もルールもなしで思いっきり戦いたかったが、しょうがねぇ。精々死なないように頑張れよ。あぁ! やられそうになったら誰かが救ってくれるから大丈夫か! ハッハッハァ! じゃあ、そういうことだガキ。――またな」
「――――」
息の詰まるプレッシャーの塊は、受付で少し話した後、ギルドの外へ出ていく。
最後の「またな」はきっと『また会おう』に加えて、『また戦おう』という意味も含まれているのだろう。
静寂の中、周りからチラホラと会話する声が聞こえ始めてようやくヤヒトの体から力が抜ける。
まさかあれほどビリーが核心に迫った質問をしてくるとは思わなかった。
「ふぅぅ……。そりゃあ冒険者なんだからギルドに来るよな。――――どう思う?」
「あ?」
「あー、何でもない」
「ん? ハッキリしろよ」
このまま治癒能力を隠すべきか、というより、隠し通せるものなのかヤヒトはリーナの意見を聞きたかったのだが、質問の仕方が漠然としすぎていてリーナには伝わっていないらしい。
ただ、特にリーナに気にした様子がないということは、そこまで深刻に考えなくてもいいことなのかもしれない。
「――何を悩んでんのかわかんねえけどさ。これから強くなってけばいいだろ」
「いや、そんな脳筋な考えじゃビリーみたいじゃんか。――でも、そうだな。今よりまともに冒険者やれるようになれば色々変わるかもな。見え方とか、考え方とか」
「チッ! さっきからボソボソ言ってんな! これからを考えろ! お前にはまだまだやることもやれることもたくさんあんだろ! とにかく、今やるのは食って飲んで体力を回復することだ! いいな!?」
「そうだそうだ」ともう何杯目かのエールに口をつけるダグじいさん、「今日の主役と乾杯させてくれや!」と寄って来る数人の冒険者――。
そんな陽気な雰囲気に囲まれては、真剣に悩んでいるのが馬鹿らしい。
「ぃよし! もうなるようになれだ! ――乾杯っ!!」
ジュースの入ったコップを高らかに掲げるヤヒトの乾杯の音頭で、閉店まで残り時間僅かとなった酒場の雰囲気は最高潮を迎える。
この投稿で書き溜めが完全に尽きました。これからは週に一回更新できたらと思っていますが、何分、趣味の範囲で空き時間にちょこちょこ書いているだけなので全く筆が進みません。そのため、もしかしたら週一投稿も怪しい時があるかもしれませんが、あたたかく見守っていただけると幸いです。
いつもお目を通していただき、本当にありがとうございます。




