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48話 慰労の宴

こちら、隙間時間でちょこちょこと書いているのですが、あと数話で書き溜めが尽きます。そのため、更新頻度が落ちるとことになると思いますが、ご了承ください。

 大きな鉄塊と見紛う無骨な鉄塊が空気を唸らせながら迫る――。


 「――――」


 どうにか避けようとするのだが、足は動かず、体を捻ることさえできない。

 助けを求めて声を上げても、その喉から出るのは微かな呻き声。

 逃れられない死を目前にしたヤヒトは――――。


 「――――っ!! ハァ、ハァ……。ここは?」


 急に体が動いたかと思えばそこにビリーの姿はなく、そもそも演習場ですらなかった。

 

 「――――」


 飾り気のない四角い部屋。

 壁際の棚には包帯やポーションなどの薬が並んでいる。

 

 「あぁ、医務室……か? 演習場の。ってことは、決闘は? どうなったんだっけ?」


 固いベットの上に座ったヤヒトの頭の中は、靄がかかったようにぼんやりしている。

 それは寝起きだからか、それとも決闘によるダメージのせいか。


 「なんか変な夢見た気がするんだよなぁ。何だっけ。コスプレと……味噌汁……?」


 しばらくベットに座っていると、ガチャリと部屋のドアが開く。

 入ってきたのは、オレンジ色をしたリンゴのような果物がたくさん入った袋を抱えたリーナだ。

 リーナはベットの空いた位置にスッと腰をかけると、果物を一つ取り出して齧りつき、残りは袋ごとヤヒトに持たせる。


 「思ったより早く目が覚めたな。具合はどう――」


 「決闘は――結果はどうなったんだ!?」


 リーナの姿を見た途端、ぼうっとしていた意識が一気に覚醒したヤヒトは、何よりも決闘の結末が気になり、リーナの言葉を遮って答えを求める。

 その様子に、リーナは呆れたようにため息を吐くと、


 「そんだけデカい声が出せるってことは体の方は大丈夫そうだな。でも治癒能力は体力使うんだろ? 近くの店で果物(リンゴ―)買ってきたから食っとけ。栄養豊富だ」


 「リーナ決闘は!」


 「わかった! わかったから大声出すな! 部屋が狭いからうるせえんだよ」


 「――――」


 怒られて、ワザとらしく口をギュッと噤んで見せるヤヒトにリーナは「チッ」と舌打ちをしてから、ニヤリと笑う。


 「――よくやった」


 その声音と言葉から、察することができる。


 「上手く、いったんだな! くはぁ……! しんどかった! まじで死ぬかと思った」


 安堵から出た深いため息と一緒に、ベッドに突っ伏すヤヒト。

 ゴロゴロと転がり出るリンゴーを袋に戻し入れ、その内一つを齧る。

 食感はリンゴ、味はマンゴーに近い果物だった。


 「かなり作戦とは違う形にはなったが、無事に乗り切れたな。元々キレやすい奴だったがまさか冷静になるのもあんなに早いとはな。いや、飽きっぽいだけか?」


 「まあ、無事かどうかはさておき、俺どのくらい寝てた? 決闘の後はどうなったんだ? ビリー最後は相当怒ってたよな? 俺この後殺されたりしない?」


 あっと言う間に一つのリンゴーを平らげたヤヒトは、二つ目を手に取りながら、立て続けに質問する。


 「お前がどれくらいから覚えてるかわからないが、アリッサが引き分けを宣告してすぐに気絶して、大急ぎで医務室に運ばれてから三時間くらい経ったな。納得いかない脳筋ゴリラはしばらくごねてたが、最後には諦めて帰ってった。何でも明日から依頼で遠征に行くんだと。機嫌が悪いからってすっぽかそうとしないあたり、腐ってもランク五の冒険者ってわけだ」


 「そっか……。ってことはすぐにビリーに出くわすってことはないわけだ。今会ったら何されるかわかんないからな」


 「ああ! 何だそんなことを気にしてたのか! まあ普段のゴリラの噂とか素行の悪さを見てたらそう思うのも仕方ないよな。大丈夫だ。あいつは人を怖がらせたり物を壊したりはするが、理由のない人殺しや暴力はしねえよ。だからこそ『冒険者』をやれてる」


 確かに、冒険者というのは一応ちゃんと国に認められている仕事である。

 そんな仕事に就く者が感情だけで無暗に暴力を振るったり、人を殺めていたりしたらランク五という上の位に認められるわけがない。


 「――でもあれだけ荒れてるのもどうかと思うけどな」


 「さ、そろそろ行こう。そんなんじゃ足りないだろ? 今日はあたしの奢りだ。いっぱい食って明日に備えろ!」


 リーナが空になった袋を指差して笑う。

 気付けば、今口にしたリンゴーが最後の一つだった。

 全然食べた気がしないどころか、むしろ中途半端に食べ物を口にして消化器官が動き出したせいか、段々と空腹感の主張が大きくなり始めている。


 リーナに手を引かれ、ベットから立ち上がるのだが、フッと膝から力が抜けてしまうヤヒト。


 「――――」


 「おいっ!」


 「ああ、大丈夫だ。問題ない」


 どうやら怪我が治っただけで、体力は万全と言えるほど回復していないらしい。

 リーナに体を支えられながら演習場を後にしたヤヒトは、その足で冒険者ギルドまで連れられる。

 ギィッと軋む木製の扉をあければ、


 「おいっ! やっと主役がおいでなすったぞ!」


 「お前ら! あの荒くれ者に立ち向かった勇敢な新人に乾杯!」


 たくさんの人でごった返すギルド内は、まるでお祭り騒ぎ――。

 それに、当然と言えば当然だが、集まったほとんどが冒険者である。


 「さ、早く食べないと無くなるぞ」


 「あ、ああ」


 場の空気に圧倒されるヤヒトは手を引かれるがまま、酒場の中央のテーブルに着くや否や、目の前にたくさんの料理が運ばれてくる。


 「今日の決闘はお疲れさまでした! 飲み物はどうさされますか?」


 一通りの皿が並んだところで、給仕が二人に声をかける。


 「お前、エールは飲めるのか?」


 「エール? ああ、ビールみたいなやつな。俺未成年だからやめとく」


 「ん? 未成年だから? まあ飲みたくなったら後で頼めよ。――じゃあ、あたしはエールで、こいつには何か果物のジュースを」


 「かしこまりました! あ、伝票は最後にリーナさんにお渡しするということでよかったですよね?」


 「ああ、それでいい。急にこんなに忙しくさせちゃって悪いな」


 「いえいえ、そんな! では、ごゆっくり!」


 相当大変だろうに、笑顔で別のテーブルの配膳に移る給仕。

 さすがのプロ意識と言ったところだろうか、きびきびと動く手際の良さとその愛嬌から、彼女の隠れファンも多いらしい。


 「伝票は最後にって、まさかこの宴会の代金は全部リーナが!? 冒険者ってそんなに稼げるもんなのか? 俺なんて一月も依頼こなしてようやく武器を買えたんだぞ」


 「ハハッ。まあ、さすがに新人のお前よりは稼いでるな。でも、ここの代金はお前のおかげだけどな」


 「俺? 何で? あっ! 決闘の特訓に付き合った指導代とか取ろうとしてんだろ!」


 ヤヒトは口に運ぼうとした料理を素早く取り皿に戻す。

 食べてしまったらリーナの要求を飲まざるを得なくなってしまうような気がするからだ。

 しかし、そんなヤヒトの抵抗をリーナはエール片手に笑い飛ばす。


 「そんなわけ! 何もオニガ村()から出てきたばかりの新人から金を毟り取るほど困ってねえし、強欲でもねえよ。ほら、決闘の前、演習場の入口で賭けをしてたろ?」


 「……あぁ!」


 言われてみればそんな会話が聞こえていた気がする。

 確か、リーナがお金の入った革袋をあの腹の立つガリガリ――ポルロフの子分に渡し、全額ヤヒトに賭けるように、言いつけていたはずだ。


 「ってことは、俺がビリーに負けなかったから。みんなビリーにばっか賭けてたもんな」


 「まあ、そういうことだ。私以外にも大穴を狙った風変りな奴が数人いたらしいけどな。それでもここの代金を持っても余るくらいには儲けさせてもらったぜ」


 からからと笑いながら、大きな肉を頬張るリーナを見たヤヒトはさすがに我慢できなくなったのか、先ほど置いた料理を急いで口に詰め込む。


 「うまっ! だったら遠慮しないで食うからな! 今腹減ってるからめっちゃ食うぞ!」


 そうと決めたからにはもう遠慮はしない、というより、料理が美味しすぎて手が止まらない。

 リーナの返事をまたずに次から次へと皿に手を伸ばすヤヒト。

 決闘で失った血肉を取り戻すが如く、凄まじい食べっぷりに、周囲も盛り上がる。



 そんなこんな、楽しい時間は峠を越え、チラホラと帰る人が出始めた頃、ヤヒト達のテーブルにどっかと腰を下ろす者が現れた。

 ――ダグじいさんだ。

 手には串焼きとエールが握られており、どうやらこの宴会に参加していたことが窺える。


 「おっ、ダグじいさんも来てたんだな」


 「おお、ただ酒が飲めるって騒いでるやつがいてな! それによく聞いてみりゃあ、ヤー坊の祝勝会だって言うじゃねえか! そうなったらお前さんの武器を造ったワシも参加したって悪かねぇだろう」


 「確かに! 楽しんでってくれ! って言っても俺の金じゃないんだけどな。しかも引き分けただけで勝ったわけじゃないから祝勝会ってわけでもない――――ああっ!」


 何かを思い出したように立てて立ち上がったヤヒトは、突然ダグじいさんに頭を下げる。

 理由がわからず困惑するダグじいさんは、横にいるリーナに顔を向けるが、リーナも首を傾げるだけで、ヤヒトの行動の意図がわからないようだ。


 「ど、どうしたヤー坊。武器造った礼ならいらねえぞ? それともやっぱり冒険者でもねえワシがここに参加するのは――」


 「ごめん! せっかくダグじいさんが造ってくれた盾、壊しちゃった! 本当にごめん!」


 「ああ!? 盾を壊しただぁ!? まだ持って行ってからそんなに経ってないだろう! いったいどんな使い方したってんだ。そこらの新人冒険者が持つ盾より良い物を造ってやったつもりなんだが」


 ヤヒトの告白に、ダグじいさんの感情は、怒り二割に対して驚き八割といったところだろうか。

 すぐに壊されたことを咎めたい気持ちはあるのだろうが、それよりも、自分でも良い出来だと思った盾がこんなにも簡単に壊されるものだろうかと疑心を抱いているのだ。

 手を合わせて拝むように謝罪するヤヒトと、ゴワゴワとした髭長い髭を撫でながら考え込むダグじいさん、二人の様子を見ていたリーナは空になったジョッキにを上げて二杯目を追加で頼んだ後、


 「まあ、あんまり怒んなよダグじいさん」


 「そうは言ってもなあ、いくら初心者だからといって道具をぞんざいに扱うのは、職人としてワシは良しとせん」


 「っても、ヤヒト(こいつ)は魔力もまともに使えねえし、相手がビリーとあっちゃあしょうがないんじゃねえか?」


 「ああ!? ビリーだぁ!? まさか、今日の決闘って、あの荒くれ者とやりあったってのか!?」


 この会がヤヒトの決闘に関するものだということは人伝に聞いていたらしいが、相手がビリーであるというのは聞いていなかったのだろう。

 驚愕を顔に浮かべるダグじいさんはグイッとエールを呷ると、大きくため息を吐く。


 「うむぅ、相手があの荒くれ者とあっちゃあ仕方ないか。すまん、取り乱した。しかし、祝勝会ってこたぁ、ヤー坊が勝ったってことか? 今、魔力も使えねえって言ってたがにわかには信じられん」


 「あー、勝ってはないんだ。引き分け。――多分、俺が新人だからって油断して遊んでるうちに制限時間になったんだと思う。運が良かったよ。でも、盾はほんとごめん。俺がもっと上手くやれたらよかったんだろうけど」


 「いいや、盾のことは気にするな! 格上相手に打ち合って死ななかったってことは、俺の造った盾のおかげでもあるわけだろ? しっかり使った結果終わりを迎えたなら道具だって本望ってもんだ! ――にしても、ビリーが引き分けか。珍しいこともあるもんだ」


 実際、制限解除状態になるまでは防戦一方だったヤヒトを弄んで遊んでいたのだから、それが理由で時間内に決着を付けられなかったという点では嘘ではない。

 いや、制限解除状態のヤヒトであっても、ビリーがその気になればすぐに殺すことはできた。

 だから、「死ね」、「殺す」と言いつつも、戦闘が大好きなビリーは、あえて止めを刺さずに時間を忘れて楽しんでしまった結果が引き分けになったのかもしれない。

 

 いずれにせよ、おかしな話ではあるが、ヤヒトが生きて決闘に幕を引くことができたのはビリーのおかげであるという面が大きい。

 もちろん、あそこまで耐えられる地力を付けてくれたリーナがいてこそだが。


 「――でも、そもそも決闘になったのはリーナのせいでは?」


 「ん? やっぱお前もエール飲むか?」


 「……いや、いらねえ」


 そのリーナも今はご馳走に夢中であり、たとえヤヒトがここで不満をぶつけても、軽く流されて終わるだろうことは想像に容易く、最早怒る気にもなれない。


 「でも、そっか。俺盾無くなっちゃったのか。俺の一ヵ月の努力の結晶がぁ……」


 「冒険者やってりゃあそんな時もあるさ。俺もすぐに新しいのを造ってやりてえが、丁度仕事が入っててな。半月後なら予約できるがどうする?」


 「半月かぁ。お願いしたいところは山々なんだけどさ、金がねえんだよなあ。この一週間は決闘のための特訓で依頼も受けてないし」


 「ならしょうがねえな。ヤー坊相手ならまた割引くらいならしてやれるが、こっちも仕事だからな。タダでってわけにもいかねえ。まあ、また頑張って稼げ! ハッハッハッハッ!」


 テーブルに項垂れるヤヒトとは正反対に、酒が回りだしたのかダグじいさんは大声で笑う。


 盾だけを造ってもらうなら、前回よりも費用は掛からないだろうがそれでも半月で資金を集めるは難しいだろう。

 そもそも、壊れた胸当てや刃こぼれした剣を修理してもらうのだってそれなりにお金がかかるのだから、結局、それらも合わせてしまえば前回と必要なお金はあまり変わらない可能性だってある。


 「はあ、また薬草採集の日々か……。いや、今なら簡単な討伐依頼なら俺でもいけるか?」


 どうにかして短期間に資金を稼げはしないものかと思案するヤヒトだが、ランク一の冒険者が稼げる額などたかが知れている。

 それこそ、今回のリーナのように賭け事でもしない限り一度に大きな金を得ることは難しいだろう。


 「盾やろうか?」


 「――――」


 突然、そんな提案をしだしたリーナに訝しげな顔で返すヤヒト。

 なぜなら、リーナは双剣を使うバトルスタイルをとっているからだ。

 古くなった盾を譲るという話ならおかしくないだろうが、二対の短剣を持ち、素早く動き回って戦うリーナが盾を持っているとは思えない。

 ヤヒトの聞き間違いだったのだろうか。


 「あー、盾を買う金をくれるってことか? でも貰うより借りるほうがいいんだけど。なんか仲間内でそういう施しを受けると気まずいし、いや、借金もやっぱあれだな。友達同士での金の貸し借りはしない方がいいって話も聞くし。だから金ならいいや。頑張って貯める」


 「ああ? なんであたしがお前に盾を買い与えるんだよ。金じゃなくて盾をやるって言ってんだろ! 造ってもらう時間待つのも暇だろ。――――デュアンのお下がりだけどいいか?」

このような素人作にも目を向けてくださる読者の方々、本当にありがとうございます。

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