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46話 決着

こちら、隙間時間でちょこちょこと書いているのですが、あと数話で書き溜めが尽きます。そのため、更新頻度が落ちるとことになると思いますが、ご了承ください。

 瞬く間に近づくビリーの荒い呼吸と地面が抉れる振動。


 「――――」


 覆いかぶさるようにできる影がヤヒトの()()()を予告する。

 制限解除状態の勢いは完全に消沈し、アドレナリンが切れた頭は恐怖で上手く働かない。

 この死への恐怖というのは、何度経験しても慣れるということはないのかもしれない。

 きっと、克服できるのは不死にでもなった時か、本当に死んだ後ぐらいだろう。


 無駄だとはわかりながらも、反射的に頭を守るように両腕で抱え込み、目をギュッと瞑る。

 この世界に来てから死を覚悟するのは何度目か。

 別に長くこっちにいたわけでもないのに、その短い期間で多くの人と関わり、家族のように思える人達や友達、憧れる存在もできた。

 見るもの聞くもの全てが新鮮で心躍る毎日だった。


 何だかんだで決闘も上手く作戦通りにいって、明日にはまた鈴の音の美味しい料理を食べて、リーナとパーティーを組んで依頼でも受けるのだろうと思っていた節があった。

 甘い考えかもしれないが、治癒能力のおかげ、いや、治癒能力のせいで短期間に分不相応な功績をあげてしまったが故のツケが回ってきたのかもしれない。


 治りの遅い足を見ればわかるように、今度ばかりは治癒能力も当てにならない。

 食いしばった口に広がる血の味と共に、この短期間で何度目になるのか、元の世界での生活やこの世界であった出来事が走馬灯として瞼の裏に浮かぶ。

 結局、どうしてこの世界に来たのかも、何かを成すこともできずに自分は死ぬ――。


 ――あ、でもシリルのお母さん救えたのはよかったな……。


 そんな滲んだように浮かんだ思いが合図のように、ゴウッという空気がうねる音が耳に入る。

 わざわざ目を開かないでも、それがビリーの棍棒が迫る音であることはわかる。

 せめて最期くらいは苦しまないように即死することを祈るヤヒト。

 直後、横から強い風が吹き――。


 ゴガギガガギン!

 ドゴッ!


 来るはずの衝撃はいつまで経っても訪れず、代わりに激しい金属音が鳴り、次いで地面が揺れる。


 「んだゴラァッ! 邪魔すんじゃねえ! どういうつもりだ――リーナ!!」


 「――――」


 止めを刺されないばかりか、突然怒号を上げるビリー。

 その口から出た名前の通り、どういうわけか怒りの矛先はヤヒトではなくリーナに向けられている。

 いったい何が起きたのか、ヤヒトは恐る恐る目を開けて確認すれば、棍棒を地に着けたビリー、そして、ビリーとヤヒトとの間に割って立つリーナの姿。

 手には魔力で覆われた二対の短剣が握られていることから、さっきの連続した金属音は、リーナの仕業であることが窺えた。

 

 「リーナ……? 何で……?」


 決闘は一対一で行われるものであり、外からの手出しは認められない。

 そのため、リーナがヤヒトを助けたとなると、ヤヒトの反則負けでになる。

 また、今助かったとしてもビリーのことだ、これだけ怒らせたのだから、きっと後でヤヒトを殺しに来るだろう。

 だから、ヤヒトの負けが確定したところで、リーナがヤヒトを庇うメリットは何一つないはずだ。

 単に情をかけただけだと言われればそれまでの話だが。


 「そこをどけリーナ! そのガキは今ここでぶっ殺す!」


 「――終わりだ」


 棍棒を構え直すビリーに対して、右手に持った短剣の切っ先を真っすぐビリーに向けるリーナ。

 それを宣戦布告と取ったのか、ビリーが舌打ちをして棍棒を振り上げるが「だぁから」と、少しイラっとした声で牽制し、


 「もう終わりだって言ってんだろ。初心者相手にムキになってんじゃねえよ脳筋ゴリラ」


 「あぁ!? どういう――」


 そこまで言って、ビリーは短剣の先が微妙に自分からはズレていることに気付く。

 指しているのは肩越しの壁――今回の決闘の立会人を務めるアリッサの席にある大きな砂時計。


 「なっ!? クソがぁ!!」


 「――――」


 ビリーの驚く大声で、恐怖で放心状態になってしまっていたアリッサが我に返り、ハッとした表情で拡声器を手に取る。


 「そこまで! 制限時間内に決着がつかなかったため、この決闘を引き分けとします!」


 アリッサの宣言により、同じく二人の鬼気迫る様子に息を呑んで固まっていた観客が再び動き出し、誰からというわけでなく発せられた歓声が歓声を呼び、演習場内外が熱狂の渦に包まれる。

 称賛と非難が飛び交う中、未だ状況を飲み込みこむことができないヤヒトの肩に、リーナが手を置き、


 「よくやった」


 「――――」


 その一言で、この過酷な決闘が終わったのだと理解した。

 そして、安堵感が心に広がるにつれてヤヒトの全身からは力が抜け、視界が暗転する――。



 ▲▽▲▽▲▽



 「――――」


 ふと誰かの声が聞こえた。


 「――そろそろ……あま……子……」


 意識の覚醒と共に、徐々に声がハッキリしてくる。

 この体験ももう何度目か。

 経験上、ある程度意識が回復すると治癒能力の影響か、空腹のせいで食べ物の匂いに敏感になる気がする。

 今も、魚の焼ける良い匂いと味噌汁の優しい香りが――。


 「味噌汁?」


 親しみ深い香りのせいで危うくスルーするところだったが、これはおかしい。

 こっちの世界はまだまだわからないことでいっぱいであるが、少なくともオニガ村やエレガトルに味噌や醤油の類はなかった。

 だから、味噌汁の匂いだってするはずがない。


 「――――」


 ではここはいったいどこなのかと慌てて跳ね起きて見れば、やはりヤヒトの滞在する鈴の音でもなければ、演習場の一室というわけでもなさそうだ。

 というより、ここは


 「日本――」


 ヤヒトの住んでいた部屋にはなかったが、それでも日本人なら味噌と同じくらいには馴染み深いであろう畳が床に敷かれており、枕にして寝ていたのもフカフカの敷布団。

 近くにはちゃぶ台、壁には破くのに失敗した日めくりカレンダーがかけられ、部屋の端には立派な日本刀と掛け軸が飾られている。

 まさに『日本』という感じの和室には似つかわしくないゲーミングパソコンや、大型の薄型テレビが備え付けられているのが気になるところだが――。


 とにかく、ここがエレガトル王国が存在する世界ではないことは確かだ。

 いや、そもそも本当に異世界転移などしていたのだろうか。

 実は、刺激のない現実に飽き飽きした末に見た夢でしたというほうがよっぽど現実的な考えだ。


 しかし、それならこの服装やこの部屋はいったい。

 夢だと気付いただけで、まだ眠っているなのだろうか。

 考えれば考えるほどに思考はこんがらがり、次から次へと答えが出せない疑問が浮かぶ。


 「味噌汁の夢でもみたのでしょうか?」


 「――――ッ!」


 背後から聞こえた声にビクッと身をすくめるヤヒト。

 声は女性のものであるが、元の世界でも異世界でもヤヒトには聞き覚えのない声だ。

 ただ、特に悪意は感じず、かけられた言葉もヤヒトの漏れた一言に関するものに過ぎない。

 そういえば、夢現で誰かに呼ばれていたような気がする。


 ヤヒトが起きてから誰も部屋を出入りしていないということは、もしかして声の主は、ずっとヤヒトの枕元にいて起きるのを待ってくれていたのだろうか。

 もしそうなら、まずお礼を言うべきだ。


 「いや、味噌汁の夢はみてないですけど……。えっと、とりあえず、ありがとうございます。もしかして俺倒れてたりしました? なんか布団まで用意していただいてすいません。」


 「いえ、さすがにその辺に転がしておくのもアレでしたので。気にしないでください」


 ヤヒトに答えたのは、枕元に正座した女性だった。

 白い肌に肩より少し下の位置で切りそろえられた美しい黒髪もさることながら、一番に目を引くのはその衣装だ。

 汚れ一つ見当たらない純白の白衣に鮮やかな緋袴――。


 「巫女さんですか? ってことは、ここは神社? そういえば――」


 異世界に迷い込む前、神社にやって来たことをヤヒトは思い出す。

 ということは、そこで気を失って異世界の夢を見ていたということだろうか。

 服も土で汚れたまま布団に寝かせたくなくて、神社の人が着替えさせたと考えれば不思議ではない。

 まあ、それもヤヒトの憶測の域を出ないわけだが、そう解釈するほうが現実的だ。

 全部が夢――そうであれば全ての疑問は解消される。


 だが、どうしてだろう。

 ただの夢であるはずなのに、なぜだかヤヒトの心は寂しさを感じる。


 「あの、いろいろ考え込んでいるようですが、一つ訂正を。私は巫女ではありませんよ。これは、そうですね……コスプレというやつです」


 「コスプレ? でも俺は神社で倒れてたんじゃ……?」


 「いえ、倒れたのはエレガトルの演習場で行われた決闘終了直後です」


 「は!? エレガトル、決闘――ってことは、ん?」


 コスプレ巫女の言葉で解消したと思っていた疑問が再び浮上する。

 夢ではないというのならここはいったいどこで、彼女はいったい誰なのか。

 元の世界の物が存在し、コスプレなんて言葉も当たり前に出てくるのはどうしてだ。


 頭を抱えるヤヒトと何も喋らないコスプレ巫女の息遣い、時計が時を刻む音と加湿器の音――。

 奇妙で平和で満たされた部屋は、突然の終わりを告げる。


 「ふぃー、危うく漏らすところじゃった。ホラゲをするときは先に用を足してからのほうがよかったか。――おっ! 目が覚めたか天守んとこの子!」


 スパンッと勢いよく開け放たれた襖から現れたのは、見事な和服を身に纏った幼い少女だった。

このような素人作にも目を向けてくださる読者の方々、本当にありがとうございます。

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