44話 制限解除
こちら、隙間時間でちょこちょこと書いているのですが、あと数話で書き溜めが尽きます。そのため、更新頻度が落ちるとことになると思いますが、ご了承ください。
「ハァ、ここにもいない。ハァ、ハァ」
二階の喚声が漏れ聞こえる通路をアリッサは走っていた。
「急がないと! ヤヒトさんが……!」
二人の決闘を止めず、演習場の使用許可を取ったのは自分だ。
いくら荒くれ者と言われるビリーでも、新人冒険者相手に命を脅かすほど痛めつけたりはしないと思ったからだ。
――甘かった。
まさかヤヒトがあんなにもビリーを挑発するとは……。
決闘が決まってからの一週間、ヤヒトはリーナの下で特訓をしているという話も聞いていたし、もしかしたら、挑発したのもリーナと考えた作戦なのかもしれない。
短気なビリーなら、少し挑発すれるだけで頭に血が上って動きが単調になり、攻撃を読みやすくなる。
そんな作戦――。
しかし、結果はどうだ。
反撃する隙もない猛攻に盾は砕け、おびただしい量の血を流しながら壁に背を預けている。
どこからどう見ても作戦は失敗で、むしろ絶体絶命と言っても過言ではないほどに悲惨な状況に陥っているではないか。
今すぐにでもこの決闘を止めさせたいというのがアリッサの本心であるが、ルール上彼女の独断で決闘を中断させることはできない。
この決闘は制限時間を迎えるか、どちらかが負けを認めない限り基本的には終わらない。
一応、意識を失えばその者の負けというルールもあるが、その場合、大方手遅れになる可能性が高いため、ヤヒトには自分から負けを認めてほしいところだが、いくら願ってもその素振りすら見せない。
この状況を打破するためには、ビリーを止められるくらい強くて、ヤヒトを説得することができる人物に頼るほかないと考えたアリッサは立ち合い席を飛び出して来たのだが、その探し人がなかなか見当たらない。
「通路にも控え室にもトイレにもいないなんて……。いったいどこに!? ――リーナさん!!」
「うわぉ! どうしたアリッサ? そんなに慌てて。あ、もしかして決着ついちゃったか?」
アリッサが大声で呼ぶと、丁度演習場の入口から入ってきたリーナがビクリと肩を跳ねさせる。
呑気に言うリーナの手には串焼きが握られており、どうやら外の出店に行っていたことがうかがえる。
「どうりで場内のどこにもいないわけです! リーナさん! どうか決闘を止めてください! このままじゃヤヒトさんが死んでしまいます!」
そう捲し立てながら掴みかかるアリッサをリーナは軽くいなすと、串焼きを一口頬張る。
「ってことは、さすがにまだ勝敗はついてないか。まあ大丈夫だって。いざとなったらあたしが止めるよ。ちなみに制限時間は?」
「えっと、残り十分を切っています……。けど、あの状況で制限時間を迎えるなんてとても――リーナさん!」
アリッサの説得を聞き流すように、手をヒラヒラと振りながら通路の奥へと進んで行くリーナ。
もうどうしていいのかわからず、アリッサがその場から動けずにいると、リーナは「はぁ」とわざと聞こえるように大きなため息を吐き、
「あいつはそう簡単に死なねえよ。なんせこのあたし直々にパーティーに誘ってるんだぜ? 安心して――てのは難しいかもしれないけど、とりあえず戻りな。それが決闘立会人の仕事だろ」
「リーナさん……」
▲▽▲▽▲▽
手足をだらんと投げ出したままのヤヒトに、ビリーが掲げた棍棒が日陰を作る。
全く動こうとしないヤヒトだが、仮に動いたとしても壊れた盾では棍棒を受けきることは不可能だろう。
「――俺は負けを認めない」
「そうか」
躊躇なく振り下ろされる棍棒はヤヒトの脳天目掛けて真っすぐに落ちる。
棍棒は、ビリーの力とその物自体の重さも相まって、肉のクッションや骨の硬さなど関係なしに、止まることなく頭蓋を砕き、脳も眼も何もかもを一緒に叩き潰して、遂にはヤヒトの命までも押し潰す。
――そうなるだろうと、場内にいる誰もが思った。
だが、現実は違った。
ガチンッという短い音が鳴っただけで、ヤヒトの頭も体も正常な形を保っている。
「なっ……!?」
「――――」
ビリーが振り下ろした棍棒は、ヤヒトには当たらずに横の地面を叩いていた。
ビリー程の実力者が動けない相手に攻撃を外すなんてことはあり得るはずがなく、本人も驚愕を顔に浮かべて固まっている。
しばらくの静寂が演習場を包み込むが、やがて、観客の一人がそれを破った。
「い、いったいどうしたんだ? なんであいつ生きてんだ?」
「ビリーの手元が狂ったとか、情けをかけたとか?」
「まっさか! ビリーに限ってそんなことあるはずないだろ!」
「じゃあなんで攻撃を外してんだよ!」
どよめく声は伝播し、いつの間にか場内は先程までとは違う喚声で騒然となる。
この演習場で平静を保っているのは、ヤヒト本人と静かに笑みを浮かべるリーナくらいのもだろう。
「ガキぃ……。お前、何しやがった……?」
「何って、わかるだろ? 俺はまだ死にたくないからな。盾で守ったんだよ」
ヤヒトは当然のようにそう言うと、今や持ち手だけになった盾だった物をビリーに差し出してポトリと地面に落とす。
が、ビリーはまだ状況が飲み込めていないのか、呆然と立ち尽くしたまま動こうとしないため、ヤヒトは小さくため息を吐いて呆れたように説明を始める。
「だからぁ、お前が棍棒振るのに合わせて横からガツンと、な? ほら棍棒に傷もついてんじゃん。まあ、俺の方は盾が完全にダメに――」
「違ぇよ! んなこたぁ聞いちゃいねぇ! なんで動けんのかって聞いてんだ! それになんだその力は!? なんでお前ごときの貧弱な腕で俺の攻撃の軌道を逸らせる!?」
「言うほど貧弱か? 割と普通体型だと思うし、これでも最近筋肉ついてきたんだけど」
すっくと立ち上がり、筋肉を確かめるように腕を曲げて触るヤヒト。
その光景に、またしてもリーナ以外の演習場にいる皆がぎょっとする。
「何でそこまで平然と……! 怪我はどうした!? 骨は!? 今のいままで虫の息だったのは演技だとでも言うつもりか!?」
「それ苦しいからやめろって」
「――――!?」
興奮のあまり破れた胸倉を掴んでヤヒトを持ち上げたビリーだが、その手はいとも簡単にはたき落とされる。
怪我は治り、力も別人のように強くなったヤヒト――。
普通に考えればあり得ない事象だが冒険者であるビリーなら、こうではないかという予想が一つある。
ただその可能性は、ヤヒトがぽっと出の無名新人冒険者であることと、戦闘経験の浅さやリーナに剣と盾の使い方を習っているという点から、そうではないだろうと勝手に除外していた。
それでも、ビリーの有する知識ではそれ以外にヤヒトの変化を納得するための答えがない。
「ガキィ、お前――魔法使いかぁ!! やってくれたなぁ。弱いふりして時間を稼ごうってか!? まんまと騙されたぜ。そりゃあそうだろうなぁ。新人冒険者が魔法使いだってわかったら他の奴らからの勧誘勧誘で毎日ウザいだろうしなぁ。ああ、リーナがお前と組もうってのはそれが理由か!」
仮にヤヒトが魔法使いであれば、回復魔法で怪我を治し、強化魔法で筋力を上げるということができてもおかしくないというのがビリーの行きついた答えである。
ただ、すぐ目の前で見ていたのにも関わらずヤヒトに魔力を使った気配も痕跡もなかったことが気がかりではあるのだが、熟達した魔法使いであればそれくらいできてもおかしくないのかもしれない。
「――なら赤黒のツノグマをぶち殺したってのもあながち嘘じゃないってことかぁ? だとしたら、俺が手ぇ抜くのは違うよなぁ!!」
目の色を変えたビリーが乱暴に棍棒を振り回すが、ヤヒトはそれを片手剣の柄頭で叩くことで軌道を逸らしたり、剣身で受け流したりすることで上手く躱していく。
盾が無いのは痛いが、パワーアップした今のヤヒトなら片手剣一本でもビリーの攻撃についていける。
「やれる! やれる!! この制限解除した状態なら勝てるんじゃねえの!?」
このような素人作にも目を向けてくださる読者の方々、本当にありがとうございます。




