42話 激昂する荒くれ者
こちら、隙間時間でちょこちょこと書いているのですが、あと数話で書き溜めが尽きます。そのため、更新頻度が落ちるとことになると思いますが、ご了承ください。
自分の危険を顧みず一人で赤黒のツノグマの所に行こうとしたり、ヤヒトの治癒能力でツノグマを討伐したことを聞いたときはパーティーのために激昂したり、ヤヒトが知る人の中で、デュアン達のことを最も考えているのはリーナであることは間違いない。
『死ぬ前にデュアンとペッカとギルベルトがやりたいとか、やろうって言ってたことはできるだけ叶えてやりたいんだ。自分勝手なのはわかってるし、これがあいつらへの弔いになるとも思ってない。それでも、あいつらのためにやれることは少しでも多くやってあげたいんだ』
一週間前、リーナはそう言って少し寂しそうな顔で笑った。
あの勝気で強いリーナがだ。
リーナを薄情だと言うのなら、ヤヒトはどうだ。
デュアン達が死んだのは自分のせいだと思っているくせに、ろくな弔いをしないばかりかエレガトルの町に出てきてからもリーナを探すことすらせずにのうのうと過ごし、その癖、一丁前にデュアン達の分まで人々を救いたいだなんて大言壮語を吐く。
薄情で偽善――その様は正に道化と評しても差し支えないものだろう。
だから、ビリーが自分を嘲るのをヤヒトは受け入れ、許すことができる。
だが、リーナを悪く言うのは違う。
誰よりもデュアン達を思い、恨んだっておかしくないヤヒトにまで手を差し出してくれる彼女は決して薄情なんかではない。
よく知りもしないのに知り合いを馬鹿にされるのは腹が立つ。
「一発受けてくれるんだろ? さっき言ってたよな」
「お? なんだやる気になったか? いいぜ! 来いよ!」
ビリーは棍棒を地面に置き、両手を広げて楽しそうに笑う。
先程の提案通り、無抵抗で受けるというの証明するための行為だろうが、格下であるヤヒトの攻撃など何の脅威にもならないということを見せつけて観客を盛り上げるためのパフォーマンスも兼ねての態度だろう。
そうできる程に、ビリーの中ではこの戦いはもう決闘とは名ばかりのただの遊びに成り下がってしまている。
ヤヒトは振りかぶった剣でビリーの胸に切りかかるが、
ドッ――。
刃は表皮を薄っすらと傷つけるに留まる。
ダグじいさんが作った剣が鈍らというわけではなく、単純にそれを扱うヤヒトの筋力も技量も足りていないというだけだ。
せっかく設けたチャンスをこんな薄弱な一撃で棒に振られたとなれば、ビリーも不服。
期待に満ちた笑みも消え、また眉間にシワを寄せたしかめっ面に戻ったビリーは胸に当たった剣を払い落とすと、片手でヤヒトの胸倉を掴んで吊り上げる。
「いい加減にしろやガキぃ! どこまで人を馬鹿にするつもりだゴラァ! せっかく攻撃させてやってこの程度か!? 何だ!? 本当にリーナの薄情で組もうとしてるだけか!? デュアンの代わりなら実は隠してる力があるじゃねえかって期待した俺が馬鹿みたいじゃねえか! 反撃もしねえ! おちょくっても言い返さねえ! 剣を振らせても貧弱! ――もうやめだ。せめて時間いっぱいは遊んでやろうと思ったが……。お前は冒険者には向いてねえ。だから、この道は俺が今ここで閉ざしてやるよ!!」
そう宣言したビリーはヤヒトを地面に叩きつける。
「カハッ――」
強く背中を打ったヤヒトは肺から絞り出された空気と一緒に口の中に鉄の臭いが広がる。
衝撃で内臓のどこかに傷を負ったのだろう。
呼吸も難しくなっていることから肺だろうか、それともそれは気管か神経でもやられたせいだろうか。
何れ、治癒しないことにはこの苦痛からは逃れられないため、体の修復に意識を集中しようとするのだが。
「オラァ!!」
「ぇう……!」
仰向けに転がるヤヒトに棍棒の追撃が降ってくる。
すんでのところで盾での防御は間に合ったが、地面を背にしているせいで衝撃を逃がすことができない。
「ふん! ふん!」
間髪入れずに叩きつけられる棍棒は皮膚を裂き、肉を潰し、骨を砕く。
治癒したそばから負傷していく体は、激しい痛みを筆頭にヤヒトの脳に苦痛を訴え、意識を飛ばそうとしてくる。
いっそのこと気絶してしまえばどれほど楽になれるだろうという考えが頭に浮かぶが、ヤヒトは慌ててその思考を振り払う。
もしもそれを受け入れてしまえば、治癒で何とか繋いでいる命が簡単に潰されてしまうだろう。
あまりにも一方的な暴力に、歓声を上げていた観客は静まり、中には顔を背けている人もチラホラ。
アリッサも今すぐにでもビリーを止めたいだろうが、これは試合や訓練ではなく決闘である。
最初の説明で述べた通り、意識を失うか負けを認めない限り決闘は終わらないのだ。
「制限時間は……。まだまだある……。ヤヒトさん! どうか負けを認めて下さい!」
そんなアリッサの願いは棍棒が盾を打つ音に掻き消されてヤヒトには届かない。
ようやく音が鳴り止み、土煙が晴れると、体を丸めて盾で身を護るヤヒトの痛々しい姿――。
その盾も歪み、欠け、亀裂が走り、最早盾と言える代物ではなくなっている。
「――――」
ヤヒトの意識はまだあるようだが、誰の目から見ても生きているのが不思議に思えるほどに悲惨な状態である。
「まぁだ盾構える気力があるのか。どうやらお前は相当タフらしいな。その点は褒めてやる」
「タフ……だぁ? お、前の……力が……足りて、ないんじゃねえ……か?」
ビリーのこめかみにビキリと血管が浮かぶ。
ビリーの煽り耐性はものすごく低いようで、ヤヒトの息絶え絶えの小言一つで、せっかく収まった怒りが再燃したのだ。
だが、今更怒らせたところで、すでに作戦を再開するのは不可能なほどにヤヒトは消耗してしまっている。
通路で見ているリーナもこれまでにないくらい心配そうで、「馬鹿が……クソが……」と悪態をつきながらつま先でカツカツと地面を踏み鳴らしている。
「ゥギ……!」
ビリーはもう一度ヤヒトの胸倉を掴んで持ち上げると、顔と顔を突き合わせ、血走った眼で睨み付けながら、
「わかった。そこまでして死にたいなら俺が殺してやる。安心しな。痛いのは一瞬だぁ!」
「――――ッ!」
そう言うや否や、にたりと凶悪な笑みを浮かべたビリーはヤヒトの体を空中に放り投げる。
観客席と同じ目線になるまで浮遊感を堪能した後、翼を持たないヤヒトは重力に引かれ落下を始める。
うまく地面に落ちれば、さすがに骨の何本かが折れることは避けられなくとも、治癒能力のあるヤヒトは致命傷になることはないだろう。
ただし、それはビリーが何もせずに落下するのを見守ってくれればの話だ。
「――――ッ!」
落下地点にいるビリーは棍棒を野球のバッターのように構えている。
それを見たヤヒトは落下の衝撃に備えることをやめて、棍棒のフルスイングから身を守ることを最優先に、腕の治癒を急いで盾を構える。
「死ねええええぇぇぇ!!」
棍棒が盾に触れた瞬間のことだった――。
バギャアァァン!
遂に限界を迎えた盾は派手な音をさせながら砕け散り、破片がヤヒトの腕や肩を傷付ける。
当然、盾が壊れてしまっては棍棒を止めることも逸らすこともできないため直撃を許すことになる。
盾の破砕音が残る中、新鮮な生肉を打ち付けたような重く水っぽいダパンッという音が演習場に響く。
バキボキと骨がひしゃげる音が体の内から直接鼓膜を揺らし、鉄臭い血の味が酸っぱい胃液と交ざって口に広がる。
空も観客も周りの景色も、赤いベールがかかったように見えるのは目に血液が入ったせいだろうか、それとも目から出血しているのだろうか。
不思議と痛みがあまり感じられないのは脳内麻薬の影響か、それとも神経か脳がやられてしまったか、理由はどうあれ痛みで苦しくないのはありがたい。
水鳥が水面を飛び立つ時に上げる水飛沫のように血を散らかしながら、走るよりも速いスピードで景色が前に流れていく。
「――――」
背中に何かがぶつかり、打ち飛ばされた体が地面に落ちる。
壁に衝突したのだろう。
口や鼻から色々な液体の混ざった血がこぼれるが、やはり痛みは感じなかった。
くぐもって聞こえる観客の悲鳴やアリッサの叫ぶ声が自分がまだ生きているのだということを辛うじて認識させる。
こんなに酷い状態でも相変わらず意識を失わないあたり、自分の精神力はこの世界に来てからおかしくなっているのかもしれない。
「――こんなになっても生きてるなんてな。正直驚きだぜ。生に対してそこまでの執着があるのか、相当リーナの仲間になりたいのか、それとも単に死ねない化け物なのか……。実のところ、お前は何者なんだ? 何故リーナはお前と組みたがる?」
「――――」
見下ろすビリーの問いを壁に背中を預けて座り込むヤヒトは答えない。
口から出てくるのは言葉ではなく、か細い息と血――。
ビリーは続ける。
「俺はこう見えて、熱しやすく冷めやすい性格だ。一度鬱憤を晴らしちまえば冷静になれる」
こう見えてというのはちょっと意味がわからないが、そんな性格であることはこの決闘でよく理解できる。
しかし、それがどうしたいうのだ。
今更決闘を止めようとでも言うつもりなのか。
これだけの観客を入れ、ギルドの手も借りた催しを個人の判断で中断することなどできるのだろうか。
いや、荒くれ者のビリーならそのくらい気にせずやってのけるのかもしれない。
まあ、いくらそんな想像をしたところで実際のところはわからないのだから、ヤヒトはビリーの言葉を待つ他ない。
「――ガキ、負けを認めろ」
あれだけ滅多打ちにして殺そうとまでしてきたのに、頭が冷えた途端にこんなことを言うなんてどういう風の吹き回しだ。
「俺を、殺すんじゃ、なかったのか?」
「ほんきで頭に血が上ってたら躊躇なく殺してただろうけどよ。そうでなけりゃあ、俺にだって後先を考えることはできる。殺したらスッキリするだろうがその後が面倒だ。お前と親しい人間から恨みを買う可能性があるからな」
「あ? 恨みなら、散々買ってるだろうよ。エレガトルの荒くれ者、なんだろ?」
何を今更とヤヒトが呆れたように言うと、ビリーは短く笑い、目線の高さをヤヒトに合わせてしゃがみ込む。
「――いいか? 俺が世間から買ってるのは怒りと反感だ。もしかしたら恨んでるやつもいるだろうが、そいつらのほとんどは逆恨みだろう。それか、力を持たないせいで手を出せず、心内に秘めることしかできない腰抜けだ」
「――――」
「意味が分からねえって言いたそうな顔だな。俺が思うに恨みってのは二種類ある。一つは不満や憤りが混ざってできる感情。これには逆恨みなんかも該当する。もう一つは、前者に加えて殺意、悲しみ、恥辱、恐怖、妬み、他にも色々な負の感情がグチャグチャに交雑して生まれた感情だ。大きく括っちまえばどっちも恨みってものに変わりはないだろう。じゃあ何が違うのか、お前にわかるか?」
「前者より、後者の方が、感情が大きい……。とかか……?」
わかるかと問われてもそんな単純な回答しかヤヒトは思いつかない。
強い恨みは執念深い人間を生むから怖いとか、面倒だとか、それでビリーは恨まれるのが嫌ということだろうか。
到底当たるはずがないと思ったその答えに、ビリーは口角を上げる。
「そうだ。大きな感情は時に呪いを生む。知ってるか? 呪いってのは実に厄介な代物でなぁ。それを受けてくたばった奴を俺は何人も知ってる。弱い冒険者だろうと強い冒険者だろうと関係ねぇんだよ。呪われちまえば最悪死ぬ。解呪の方法もあるが万能じゃねえと聞く。――まあ細かい話しはいい。だからガキ、死ぬ前に負けを認めろ」
「お前、その図体で呪いが怖いのか。悪いけど、俺は、負けを認めない」
今度は口角を下げ、見るからに機嫌が悪くなったビリーは、「そうか」と一言だけ呟く、肩に担いだ棍棒を大上段に構え、ヤヒトの脳天目掛けて振り下ろす。
このような素人作にも目を向けてくださる数少ない読者の方々、本当にありがとうございます。




