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41話 決闘開始

 ヤヒトとビリーの決闘を見るために訪れた観客の声が、通路にまで届く。

 今日の会場となる演習場は、その名称通り、普段は主に冒険者のパーティーが訓練に使うことが多い。

 ただ稀に、今回のような決闘や冒険者パーティーの対抗戦の会場になることがあるのだが、そんな日は二階にある観覧席が満席になるくらいに人が集まる。


 戦う姿を肴に酒を飲む者やどちらが勝つか賭けを楽しむ者、どちらかに縁があって応援をする者、純粋に戦いを見るのが好きな者――。

 当事者以外からすれば、決闘だろうが何だろうがある種のお祭りを見に来ているような感覚なのだろう。

 その証拠に、決闘を観ずに外にある出店を回って帰る人も少なくない。


 「まるでコロッセオだな」


 建物のことを言っているのではなく、これはヤヒト自身の心境のことである。

 だから、「まるで剣闘士だな」という表現の方が適切なのかもしれないが、そんなことはどうでもいいい。

 今はビリーとの決闘に集中するべきだ。


 「ひたすら耐える……。盾で防いで時間いっぱい……」


 作戦は単純だが簡単ではない。

 技量、力量、経験――多方面において、ヤヒトが勝てる道理がないのは誰の目から見てもわかる。

 一撃でもまともにくらえば、治癒する前に死ぬ可能性だってある。

 リーナはそうならないように止めるとは言っていたが、それが間に合うとも限らない――。


 ふと目線を上げれば、ヤヒトがいる通路とは反対側の通路にはビリーの姿があった。


 「ぅ……。顔怖……」


 さっきの怒りはまるで収まっている様子がなく、荒い息と血走った目はまるで野生動物を彷彿とさせる。

 これも作戦の内であるとは言っても、今から()()と正面から対峙しなければいけないというのは、とても不安という言葉では足りない。

 一週間の特訓が通用すればいいのだが、もしそうでなかった場合を考えると、今すぐにでも逃げ出したいというのが本音である。


 「やっぱ辞退とか――」


 「時間となりました。両者入場し中央へ!」


 拡声器に似た道具で増幅されたアリッサの声が演習場内外に響くと、ざわついていた観客がさらに沸く。

 こうなってはもう辞退することが許される雰囲気ではなくなる。

 意を決して薄暗い通路から踏み出せば、天井がない会場からは温かな日の光が降り注ぎ、緊張で硬くなったヤヒトの体を優しく包み込む。

 普段なら心地よく感じるところだろうが、今のヤヒトにとっては逆に皮肉のように思えて、恨めしいという感情さえ湧いてくる。


 「本当はなぁ――」


 アリッサの指示通り中央に着くと、同じく対面から歩いて来たビリーが口を開いた。


 「本当は今すぐにでもぶち殺してやりてぇところだが、そうしちまったら気が済む前に終わっちまう。だからすぐには()()()()力加減で嬲ってやるから、ちゃんと耐えろよぉ?」


 「――――」


 ヤヒト達の煽りは想像以上に効いているようで、ビリーは怒りを通り越して殺意まで抱いてしまっている。

 本人の口から一撃必殺はしないという確約はもらえたが、それをどこまで信じていいものか。

 それに、相手にその気がなかったとしても、少しでも気を抜いていしまえば結局治癒が追い付かずに忽ちのうちに物言わぬ肉塊になってしまうことには変わらない。


 「最初に今回の決闘について注意事項を――。一つ、意識をなった場合はその者が負けとなります。二つ、どちらかが負けを認めた場合、その時点で勝敗を決したものとします。三つ、これはお越しの観客の皆様に向けてです。応援するのは結構ですが、両者の公平を期するために、物を投げ込む、魔法、弓矢などによる外部からの干渉は禁じます。以上三点を遵守してください。尚、今決闘は勝敗を決することなく制限時間を迎えた場合、結果は引き分けとなります」


 「――――」


 説明の中でアリッサが示した大きな砂時計のような道具がおそらく制限時間を示しているのだろう。


 「あの中身が落ちきるまで耐えないとか……」


 ヤヒトは緊張と恐怖で強張った体をほぐすために、二、三度深呼吸をしたあと、グッと腰を落として盾を構える。


 「いいからさっさと始めやがれぇ!」


 ビリーは今にも叩き潰したいという衝動を我慢しているように、手に持った鉄塊と見間違う無骨な棍棒で地面をズンズンと打ち鳴らす。

 二人の戦闘準備が整ったことを確認したアリッサが砂時計に手をかけ、


 「両者、準備はよろしいみたいですね。では――始め!!」


 「ふんっ!」


 「んがっ!」


 開始の合図と共に豪快に振り下ろされた棍棒がヤヒトの盾とぶつかり、鈍い音が空気を揺らす。


 「よく防いだなぁ! 安心したぜ! この調子で俺の気が晴れるまで殴られ続けてくれや!」


 盾から重みが消えたかと思うと、またすぐに鈍い音をさせながら上から下へとヤヒトの体に衝撃が走る。


 「いいぞ! 次! 次! 次ぃ――! 」


 「ぐっ、ぎ、ぎぃ……」


 ビリーの掛け声と共に何度も何度も振り下ろされる棍棒に歯を食いしばって耐えるヤヒト。

 途中、棍棒を避けて距離を取ってみたが、すぐに間合いを詰められ、再び終わりのない叩きつけを防ぐことを強いられる。


 体感ではもう何十分もそうしているようだが、実際にはまだ開始から三分も経っていないのだろう。

 盾を握る手は皮が剥け、爪の側面が肉に食い込む。

 休む間もなく続く衝撃の害は、やがて体の内部にまで及び、軋む骨がビキッと大きな悲鳴を上げる。


 「――――!!」


 しかし、ここで怯んでしまえば間違いなく棍棒の直撃を受ける。

 盾を構えたまますぐに骨を治癒することで、ギリギリ次の一撃に間に合わせる。


 「よぉく耐えるなガキぃ! 骨がイカれた音がしたが気のせいか?」


 「ハァ、ハァ……」


 棍棒を止めたビリーがニタニタと笑いながら顔を覗き込むが、息を切らしているせいで啖呵の一つも切れないヤヒトにつまらなそうにため息を吐く。


 「ダメだなぁ……。ダメだダメだ! あれだけ息巻いておいてこの程度じゃあダメだろう!? もっと抵抗してくれないと面白くねえじゃねえか! 俺の気が晴れるくらいに楽しませてくれよぉ! 第二幕といこうぜえぇ!!」


 ビリーは絶叫しながら棍棒を横薙ぎに振るう。 


「くっ……!」


 息を整える暇さえ与えて貰えず、ヤヒトは苦し気な表情で盾を動かす。


 ガンッガインッギィンッゴンッドゴッガッ――。


 今度は振り下ろすだけではなく横や斜めの軌道も追加される。

 スピードはリーナに及ばないが一撃一撃の重さは彼女が魔力を込めて振った木の棒以上。

 魔力を使わず雑に振ってこの威力なのだから恐ろしい。


 「おいおいおいおい! ずっと守ってばかりか!? 反撃してこいよ! 左手の剣は何のためにある!?」


 「んなこと、言うなら! それ、振り回すの、やめろ!」


 「ハハァ! 馬鹿言うんじゃあねえぞ! 片手剣使いってのは相手の隙を突くもんだろ! やれよ! デュアンならそうしてたぜ! あ? そういやあリーナと組むってことはお前はデュアンの代わりってことか!? ぶっハハハハハハアァ!!」


 腹を抱えて大笑いをするビリー。

 確かにヤヒトはデュアンが使っていたからという理由で片手剣を使うことを決めたが、何もデュアンの代わりになりたいだなんて思っていない。

 ただ、デュアン達が生きていたら救っていたであろう人を少しでもいいから自分が――。


 「――――」


 そこで気付く。

 ヤヒトがせめてもの償いとしてやろうとしていることは、表現を変えればビリーの言う通り『代わり』でしかないのではいか。


 デュアンの代わりに片手剣を担ぎ、デュアン達の代わりに人を救いたい――。


 初めてみた冒険者がデュアン達で、よく知りもしないくせにそれが理想の冒険者なのだと自分勝手に祀り上げた。

 勿論、いき過ぎなければ神聖視すること自体は別に悪いことではないし、むしろ高い実力を持ちながら、それに驕ることなく誰とでも対等に接するデュアン達に憧れる者も多くいただろう。

 しかし、傍から見たヤヒトのそれは少し違う。


 憧れた末、実力も実績もない新人冒険者がデュアンパーティーの一人であるリーナと組もうとしている。

 それも、デュアン達を殺した魔獣を倒したというありえない話を引っ提げてだ。

 実際はヤヒトの本意ではないにしても、当然、ビリーのように馬鹿馬鹿しくて笑い飛ばす者もいれば、気に食わないと不満を募らせる者もいるだろう。


 「ほらほらデュアンみてえになりてぇんだろ!? もっと頑張れよ! そうだ、特別に一発無抵抗で受けてやるよ! どうだ?」


 ひとしきり笑い続けたビリーからはもう怒気は感じず、今は格下を馬鹿にして嘲るいつもの荒くれ者の雰囲気に戻っている。

 それはつまり、ビリーに攻撃や残り時間に思考を割く余裕ができたということであり、ヤヒトとリーナの作戦の綻びを意味する。


 「はぁ……。なんだ攻撃する勇気もないか。リーナは何でこんな腰抜けと組もうとしてやがるんだ? 片手剣持たせときゃあデュアンの代わりになるとでも思ってんのかねぇ。随分と薄情な奴だなぁ! こりゃあデュアン達も浮かばれねえなぁ! ハハハァ!」


 「――――」

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