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39話 治癒能力の産物

 ボクシングや柔道、レスリングなど、多くの格闘技には階級というものが存在する。

 階級は、対戦する者同士の体重や体格による力の差をできるだけ解消するために設けられているが、この世界の冒険者の場合、冒険者ランクがそれに近しいものだと言えるだろう。


 高ランクの冒険者には難易度の高い依頼を、低ランクの冒険者には難易度の低い依頼を。

 もしも、高ランクの冒険者が簡単な依頼をこなすようになれば、多くの低ランク冒険者の仕事がなくなり、引退する者が増えるだろう。

 また、そうなった場合、恐ろしく危険な魔獣、魔物に襲われた非戦闘員が助けを求めても、差し伸べる手が足りなくなることは容易に想像できる。

 逆に低ランクの冒険者が難しい依頼に挑めば、却って状況が悪化するか、何もできずに死ぬだけだろう。


 人間がアリ一匹を相手にすれば力を持て余し、アリが人間を相手にすれば全く歯が立たないどころか相手にもされない。

 それと同じで、高ランクの冒険者と新人冒険者との間には天と地ほどの力の差が存在する。


 ――そのはずなのだ。



 リーナの本気の一撃を防いだヤヒトは、彼女本人に言われて初めて自分がしたことの異常さを理解する。


 「でもリーナは木の棒だったし!? たまたま棒の脆いとこが当たって力が逃げたとか!?」


 「いいや違う。確かにあんな棒切れじゃあさすがに折れちまったけど、あたしはしっかりと魔力で強化して攻撃したんだから、衝撃事態は本物だった。並の冒険者なら多分盾を持ってる手が吹っ飛んでるだろうよ」


 「――――」


 リーナの様子からデタラメを言っているわけではなさそうだが、だとしら、そんな危険な攻撃をまともな説明も無しに行われたことに、ヤヒトは何より驚きを隠せない。

 ヤヒトであれば腕が飛んでも元通りに治るだろうが、そういう問題ではない。


 「まあ、色々言いたいことはあるけど、何のためにこんなことしたんだ? 筋肉がどうの言ってたけど」


 「ああ、どう言ったらいいんだ……?」


 腕を組んで十秒程考え込んだリーナは、珍しくバツが悪そうな顔で、


 「最初に忠告しとくけど、怒って騒ぐなよ?」


 「内容による」


 「――――」


 「わかった。怒らない」


 ヤヒトが話を聞いても怒らないことを約束してようやく彼女は口を割る。


 「昨日の特訓時点では『反応はできるけど体が追い付かない』って感じにみえたんだよ。お前の動きが。実際、今日もそうだった。ギリギリで防御が間に合っても次の攻撃に間に合わない。――でも、一つ昨日とは違うところがあった」


 「違うところ?」


 そうは言われてもヤヒトに覚えはない。

 昨日の反省を踏まえて動きを変えたりだとか、姿勢を変えたり、何かを意識したりということも特にない。

 リーナの言う『違い』を考えるが少しもピンとこない。

 そもそも、いい例も悪い例もわからないヤヒトには反省点があったのかさえわからないのだ。


 「まあ、気付かないよな。明確な指標があるわけでもないし。ちょっと見てろ――」


 腰の短剣を一本抜き取ると、防御練習の木の棒と同じように一度だけ振る。

 ヤヒトの目でギリギリ追えるくらいの速さ――つまり、反応はできても体が追い付かない速さである。


 「次はこれ――」


 もう一度短剣が振られるが、今度は一回目よりも速くない。


 「おう。んで? 速さが違うのはわかるけどそれがどうしたんだ?」


 「二回目の速さが昨日のお前が()()()()()()()()速さだ」


 「はぁ? いやいやいや! さすがにそれはないって! だって全然違うじゃん! 昨日の今日でそんなに見える速さ変わるわけないだろ」


 棒を防ぐだけで動体視力がでここまで鍛えられるものなら、プロのスポーツ選手になれる人がグッと増えるだろう。

 また、昨日の速度に余裕を持って対応できたということは、少なからず防御で使う筋肉も鍛えられていることになるが、実感はない。


 「あたしだってまだ半信半疑さ。でも、お前はあたしの本気を防いだ。そこで、一つの仮説を立てた」


 「仮説? もしかしてそれが筋肉がどうのってやつ?」


 「ああ。治癒能力って無意識でも発動してるわけだろ? んで、防御練習で追い込んで傷付いた筋肉がすぐに治って、また傷付いて治ってってのをすごい早さで繰り返していたとしたら、この成長速度もありえるんじゃないかってな」


 リーナが言っていたように、筋肉は切れた筋繊維が補修される超回復を繰り返して太く強く成長する。

 部位にもよるが、本来この超回復には二、三日の期間が要するが、ヤヒトの治癒力であればそれが普通の人よりも早く行われても不思議ではない。

 さらに、ヤヒトには彼女が立てた仮説を裏付けるとまではいかなくても、真に近づけられる根拠を一つ有している。


 その根拠とは、この世界に来てから筋肉痛を感じていないことだ。


 この世界に来た日に山道を歩き回った時、オニガ村でセツナとの水汲みの際に水瓶を乗せた荷車を引いた時、ツノグマと対峙した時、ロックバードにしがみついた時、薬草を集めて回った時、オオリスを討伐した時、そして、昨日のリーナとの特訓――。


 何れもかなり体を酷使したはずだが、筋肉痛にはなることはなかった。

 つまりそれは、筋肉痛を感じる前に超回復が起こっていることを意味しているのではないだろうか。


 「でも全然見た目変わらないんだよな。確かに前よりは引き締まってるけどさ。筋肉が付いたって感じはしなくね?」


 「だからあたしもこの仮説を立証するために、本気で打ち込むのを繰り返してお前を追い込んでみようかなぁって……。な?」


 話を聞けばまあ、それを試す価値があるのはわからないでもない。

 仮説通りであるならば、短期間に大きく成長することができて、ビリーとの決闘はもちろん、今後、異世界で生きていくうえで役立つことは間違いないからだ。

 それでも、あれだけ力いっぱい叩きつけておいて、ウィンクしながら「な?」などと可愛らしく言うのは、ヤヒトの堪忍袋を刺激するだけだ。


 「正直言うとめっちゃ怒りてえ! これでもかってくらいに殴り返したい! けど、どうせリーナには俺の攻撃程度じゃあ効かないだろうし、最初に怒らないって約束したからな。――まあ、考えはわかった。けどさ、今度からはちゃんと説明してからにしてくれ! いくら治るからって、痛みも恐怖も普通にあるから」


 「そうだな。悪い。思いついたら後先考えずに動いちゃうのがあたしの癖なんだ。よくギルベルトにも注意されてたよ――」


 「――――」


 リーナに感傷的な顔をされてしうまうと、ヤヒトは何も言えなくなる。

 冒険を共にした仲間を失う気持ちをヤヒトには想像できないし、わかってあげようとも思わない。

 その想いはその人だけのものであり、軽々しくわかろうとしていいものでもないと思っているからだ。

 それに、デュアン達の死は今でも自分のせいだという自責の念がヤヒトの記憶と心にベッタリと張り付いていて――。


 「さ、特訓を再開しよう。今度は加減するからさ。まずは棒をたくさん集めないとだな」


 「あ、ちょい待って――」


 気持ちを切り替え、新しく木の棒を探しに行こうとするリーナを呼び止めたヤヒトは、少し逡巡した後、自分の頬を叩いて気合を入れると、


 「棒じゃなくて、その短剣でやってくれないか? その方が緊張感が増すし、絶対に防がないといけないって気になる」


 「はぁ? いや、あたしは構わないけど、大丈夫か? 木と短剣(これ)じゃあ振る速度が同じでも衝撃が結構違うぞ? それに、防ぐのに遅れたら打撲じゃ済まない――」


 「それでもいい。怪我したら治す」


 ヤヒトが急にやる気を見せたことに困惑の表情を浮かべるリーナだが、そんな彼に対して抱くのは驚きよりも心配だった。

 ヤヒトが自分で言っていたように、いくら治癒できると言ったって、痛みも恐怖も当たり前にあるだろうに――。

 やる気の要因となっているものが何なのかリーナにはわからないが、ヤヒトの目には確かな覚悟が見て取れる。


 「腕や足ならまだしも、首が飛ぶかもしれないんだぞ!?」


 「首なら一度もう飛んでる」


 「な……!?」


 脅しのつもりで言ったのだが、ヤヒトは平然と答える。

 その返答が嘘か真かはリーナに判断することはできないが、彼の意志の強さは相当なものであるのは伝わってくる。

 感情が昂っているとか、自暴自棄になっているわけでは決してない。


 「――わかった。その代わり魔力は込めない。お前の身を案じてのこともあるが、多分盾がもたないだろうから。それと、速度は急激には上げない。無理そうだとあたしが判断したら一旦止める。この条件がのめるなら要望通り剣を使うが、どうだ?」


 「ありがとう。よろしくお願いします!」


 己の頬を平手で叩いて気合を入れ直したヤヒトは、落とした盾を拾い、正面に構える。

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