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38話 治癒能力の有効活用

 「どうやっても何も、お前自身の力だろ!? ツノグマだって腕何度も再生しながら爆火魔石突っ込んだって言ってたじゃねえか!」


 「あぁ……」


 言われてみればその通りなのだが、あの時は文字通り死に物狂いで戦っていたせいで、どうやって治していたかなんて覚えていない。


 「あとは大抵気絶してる間に治ってるし、ロックバードの時は待ってたら自然に治っていったんだよなぁ。自発的に治癒能力を発動なんてやったこと――」


 「前にフォークで自分の手ぶっ刺して、治すところあたし達にみせたことがあっただろ」


 「確かに」


 リーナが言っているのはオニガ村でヤヒトが治癒能力の存在を初めて他人に打ち明けた時のことだ。

 それがきっかけで彼女を怒らせてしまったことを思い出したヤヒトは少し気まずい。

 最近、そんなことなどなかったかのように彼女が接してくるせいで、謝るタイミングも逃し続けていることもあり尚更――。


 「でも今じゃないよなぁ……」


 「あ? 今だろ。今試さないと勝手に治っちゃうんだろ?」


 「あ、いや、そうじゃなくて――。ああ、そうじゃないってのは試さないってことじゃなくて――。オーケー! やろう!」


 考えていても仕方がない。

 謝るのはもう少し機をうかがってからにするとして、今は目の前のことに集中することにしたヤヒト。


 「治れ、治れ、治れ……!」


 「――――」


 リーナが見守る中、ヤヒトは目を閉じ、フォークで手を刺した時のことを思い出しながら、傷が治るように念じる。

 具体的なやり方がわからない以上、まずは体が元の状態に戻るようにイメージすることから始める。


 赤紫色になった内出血や損傷して血液が浮く皮膚の出血が止まり、傷が塞がるように――。

 ズキズキ、ヒリヒリとした痛みが無くなるように――。


 「おっ――」


 リーナの声を合図に、ヤヒトは体の痛みがスゥッと消えていく感覚を覚える。

 ヤヒトは閉じていた目をゆっくりと開くと、腕に付いた傷口を覆う血液を反対の手でグイッと拭ってみる。


 ――血の下に傷は見当たらなかった。

 強くこすったり押したりしても痛くも痒くもない。


 「治った……? 治った! やったぞ! リーナ! ほらっ!」


 拭って薄く伸びた血だけが残る腕をリーナに見えるように伸ばと、彼女も傷があったあたりに軽く触って確認する。


 「顔にあった傷も消えてるな。他は? 足とか脇腹とか」


 そう聞かれたヤヒトは上半身の服を脱ぎ、ズボンをたくし上げる。

 痛む様子がないため、きっと治っているだろうとは思いつつも、一応、目視でも確認する。


 「いいぞ! 治ってる!」


 背中の傷はリーナに見てもらったが、やはり全身の傷が綺麗に塞がり、完治していた。


 「細かい所はまだまだわからないが、任意で発動できるってのはかなり利点になるぞ。今後の特訓とか、決闘だってそもそもその治癒能力在りきで考えてたからな」


 「今んとこなんともないけど、副作用とか回数制限とかがないといいんだけどな」


 「その辺はおいおいだな。回数制限があるとしたらまあ、しょうがないってことで。制限があるとしたらいずれ無くなるんだし。むしろ早いうちに無くたった方が治癒前提で危険に突っ込むような戦い方もしないようになるだろ」


 リーナの言うことは最もだ。

 ヤヒトのような治癒能力があることが異常であり、普通はできるだけ怪我を負わないように立ち回って戦うもので、圧倒的な格上と対峙した場合、生き延びるかどうかは別として、逃げるかその場を凌ぐような択を取るのが最善だ。


 それこそ、ヤヒトが初めて赤黒のツノグマと遭遇した時のうように、一か八かで崖から飛び降りるような選択が力を持たない者の最善だと言える。

 少なくとも、爆弾を手に持って突っ込んでいくような行動は無茶で無謀な愚者の選択だ。

 死を覚悟して一矢報いてやろうと言うならまた別の話だろうが――。


 「じゃあ、今日は終わりにしよう。帰るぞ」


 「え、終わりでいいの? 少し休めたし怪我だって治ったのに?」


 やりたいかやりたくないかで言えば、やりたくないのが正直なところだが、かといって、このまま何もしなければ七日後に痛い目を見るのは自分であるということもヤヒトなりに理解している。

 だがそれくらい、ヤヒトとビリーの実力差を知っているリーナだって、否、リーナの方がよくわかっている。


 「副作用が時間差で出るなんてこともありえなくないだろ? それに初日から頑張り過ぎても長続きしない。だから今日は帰ってゆっくり休め。そのかわり、明日からは朝から晩まで特訓するからな」


 「朝から晩まで……」


 きっと、明日からはもっと過酷な日々が始まるのであろう。

 思わず吐き出しそうになる弱音をヤヒトは飲み込む。



 ▲▽▲▽▲▽



 ――特訓二日目。


 いつものように鈴の音で朝食を取ったヤヒトは、昨日リーナと特訓した森の広場に向かうと、そこにはすでに彼女の姿があった。

 広場の中心に立てた丸太に向き合い、腰に佩いた二対の短剣に手をかける。


 「――――シッ!」


 ヒンッという風を切る音が広場に鳴ったかと思うと、その直後には短剣を鞘に納める短い金属音がヤヒトの耳に届く。

 気付いた時には、彼女の目の前にあった丸太には大小無数の傷跡が残っていた。

 どれも、彼女が今の一瞬で切りつけてできた傷だ。


 ヤヒトには彼女がいつ動いたのかさえわからなかった。

 風の如き素早さから繰り出される無数の斬撃――まさに、疾風迅雷を体現したかのような彼女の動きに、ヤヒトは冷や汗が流れる。


 「ん? おお来たか! 思ったよりも早かったな!」


 「あ、ああ。おはよう。――――今のは?」


 ヤヒトが見ていることに気付いたリーナは、片手を上げて出迎える。

 もちろん、あれだけの動きをした後でも汗の一滴どころか、呼吸の乱れすらない。


 「今の? ああ、いくら一週間お前の育成に手を貸すって言っても、何もしなきゃあたしの腕も鈍っちまうからな。――ってのは建前で、昨日剣を研いでもらったからさ! 試し切り!」


 そう言って、彼女は腰の短剣を一本抜いてみせる。

 朝日を反射して光る剣に刃毀れはなく、直前に丸太を滅多切りしたとは思えないほど美しい。

 素人目でもわかる業物であろう()()があの速度で振り回されるのを想像すると、大丈夫だとわかっていても背筋がゾワゾワとして落ち着かない。

 ヤヒトは両手を上げながら一歩後ろに下がる。


 「で、今日は何からするんだ? 走り込みとか?」


 「確かになぁ。体力も大事だよなぁ。でも、まあまずは防御の基礎を覚えるのが先だな。昨日と同じような感じでやる」


 「またぁ? あれ結構キツイんだよ。まあいいけど」


 ヤヒトが軽く準備運動をしている間に、リーナは良さげな棒を探して拾ってくる。

 昨日のように盾を構えると、また目で追える速さから棒振りが始まる。


 ヒュンッ、カァン、ヒュンッ、カァン――――。


 シャトルランのように徐々に速くなっていく棒。

 スピードが上がれば盾で受けた時の衝撃も大きくなる。

 やはり、目で追うのが困難な速さになると全てを防ぎきるのは難しい。


 ヒュンッ、ガンッ、ヒュンッ、ゴァン――――。


 「ん? んー、気のせいじゃないよな……」


 「あ? 何だって? もっかい、言ってくれ! イデッ!」


 リーナが何かブツブツと呟くのが気になり、防御が疎かになるヤヒト。

 

 「筋肉ってのはさ――――」


 「ん?」


 棒を振りながら、ポツリポツリと口を開くリーナ。


 「筋肉ってのは鍛えてすぐにつくわけじゃないんだってよ。鍛えて傷つけて修復されてってのを繰り替えして、少しずつ太く強くなるらしい」


 「いや、リーナ。俺が聞きたかったのは、筋肉のことじゃなくて、リーナが何て言ったか何だけど? それとも、ほんとに棒振りながら、筋肉のこと考えてたのか?」


 「――――」


 「あれ?」


 次々と繰り出されていた木の棒が動きを止めたかと思うと、リーナは棒を大上段に構えて静止する。

 それに対して、ヤヒトは盾を上方に構え、この後くるであろう大振りの一撃に備える。


 「いくぞ! しっかり守れよぉ!」


 そう宣言した彼女の持つ木の棒は綺麗な光を纏う。

 ヤヒトはその光り方に見覚えがあった。

 

 「ちょっ()()使うのはヤバいだろ! ――――ふんぐっ!!」


 大慌てでヤヒトが力を込めるのを見計らって、速度、威力、共にこれまでとは比べ物にならない木の棒が振り下ろされる。


 ヒンッ――バキャアンッ!


 「んぎいぃぃい!!」


 ただの木の棒とは思えないような破裂音が広場に響く。

 その音からわかるように、衝撃に耐えきれず粉々に砕け散った木の棒は、二人の周りにパラパラと破片になって降り注ぐ。


 凄まじい一撃を凌ぎ切ったヤヒトの手は多少の出血は見られるが大きな損傷はない。

 ただ、相当の負荷がかかったせいでビリビリと痺れるような感覚に、思わず盾をガランと取り落としてしまった。


 「い……ってぇええええぇぇぇええ!!」


 「ハハ! よく耐えたな! 次いくぞー」


 「次いかねえよ! ふざけんな! 死ぬかと思ったわ! 思いっきり叩きやがって!! 見ろ! 手が真っ赤――血も出てんじゃん!!」


 「冗談だ冗談。――ああ、そうだな。うん。思いっきりやったんだよなぁ……」


 「はあ? いや、だから、えぇ?」


 全力で抗議するヤヒトに、リーナは真剣な顔で言う。

 その温度差に困惑したヤヒトは、痺れの取れない右手をだらんと下げて口をパクパクと動かす。

 いつもの彼女なら、豪快に笑うか上手くいなすかしてその場を切り抜けそうなものだが、正面から真面目に返されると逆に肩透かしを食らった気分だ。


 「んで? 結局何がしたかったんだよ。まさか、ただ俺をイジメたかったとか、そういうんじゃないだろ?」


 「まさか! お前をイジメる理由なんてないだろ! だから、あたしは思いっきりやったんだよ。魔力を込めて本気で振り下ろしたんだ」


 「それはわかったって。だから、何でそんなことをいきなりしたのかって聞いてんの!」


 「はあぁ……。お前、熱くなるとあんまり考えられなくなる(たち)だろ。いいか? あたしはこれでもランク五の冒険者だ。エレガトルじゃあそれなりに名も通ってる。自分の得物じゃなく、ただの棒きれだったとは言え、そんなあたしの本気の一撃を名も無い新人冒険者のヤヒト、お前が魔力すら込めていない盾一つで受けきったんだ。それがどんなに異常なことか、わかるだろ?」

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