37話 リーナの作戦
「――――え、それありなの?」
それが、リーナの策を聞いたヤヒトの反応だった。
決闘と聞いてヤヒトが思い浮かぶのは、一対一の真剣勝負で、生死を決するかどちらかが負けを認めるまで闘うというものだ。
別に、決闘の定義を調べたことはないし、異世界での決闘がヤヒトが思っているものと同じなのかはわからないが、ビリーやリーナの話を聞く限り、一対一で勝敗を決するという認識に相違はなさそうだ。
だからこそ、リーナの策を聞いたヤヒトは素っ頓狂な声が漏れたのだ。
「耐えて耐えて耐えまくるって、そんなのが策なのか?」
「ああ勿論だ。むしろ、ヤヒトがビリーとやるならこれが一番現実的だ。力比べじゃ敵わないし、当然技術だってあっちの方が上だ。新人冒険者の小細工なんて通用しないだろ」
まあ、当然だ。
正確な強さはわからないにせよ、デュアンやリーナと並ぶランク五であるというだけで、誰の目から見てもヤヒトとの力の差は歴然――。
いくらヤヒトが良い立ち回りをしても、強引にねじ伏せられれば、すぐに勝ち負けは決まるだろう。
「でも、耐えるって言ったって、リーナも自分で言ってるようにさ。力も技術も圧倒的に差があるのにどうやって耐えるんだ? 普通に無理だろ。気持ちで何とかなるようなものじゃないって」
「まあ、普通はそうだな。でも、お前は普通じゃない――」
「――まさか?」
「そう、そのまさかだ。お前の治癒能力を利用する。耐えて耐えて、演習場の使用可能時間まで耐えまくるんだ!」
今回の決闘はリーナの発案で冒険者用の演習場で行われるが、これは前もって使用日時を申請しないと使用できない決まりだ。
つまり、申請した使用時間を耐え切れば、勝敗の有無に関わらず決闘は引き分けで終了ということになる。
したがって、リーナの策は理論上可能ではあるのだが、それをヤヒトができるかどうかはまた別の話――。
「いやだから、何回も言うけど、俺の治癒能力は自分でもわからないことばっかりで、副作用とか制限とかがあるかもしれないから、むやみやたらに使うもんじゃないんだって」
「でもこれから先、赤黒のツノグマみたいなやつと対峙したら使うんだろ? 副作用があるんだったらその時がくる前に知っておいた方がいいだろうし、治癒にかかる時間とか自分の意思で発動できるのかとか、調べられるなら調べておいた方がいいだろ? 回数制限については考えるな。次が最後かもしれないし、もうなくなってるかもしれない。そもそも制限なんてないかもしれない。可能性を考えたらキリがない。この一週間、あたしが戦い方を教えるついでにその辺の研究に付き合ってやるからさ。どうだ?」
「それは……」
ぐうの音も出ないほどの正論だ。
何もわからないままでは、いざという時に発動しないとか、副作用でまともに動けなくなったとかという事態が起こりかねない。
そうなれば、最悪、また知っている人を失うかもしれない。
いや、知っている人だけでなく自分の命だって失うことになるだろう。
それら最悪を許容してまで、リーナの提案を蹴る理由をヤヒトは持ち合わせてはいない。
言い淀んでいるのはただ単にヤヒトの気持ちの問題だ。
何で自分がビリーと決闘しなくてはいけないのか、リーナから特訓を付けてもらったところでビリーの攻撃を凌げるのか、治癒能力の研究で大怪我をして、それが治らなかったどうするのか――。
決闘のことと治癒能力のこと、重なり合って大きくなった不安は、何を優先すべきか考えるための頭を大きく鈍らせる。
「ヤヒト、しっかり考えろよ。ビリーとの決闘はあれだが、治癒能力は下手すれば一生お前の身に付いて回ることだ。いつまでも後回しにしてたら、いつか大きな過ちを犯すことになるぞ。んで、それがお前一人犠牲になるくらいならまだいいが、もしも周りまで巻き込むような大事だったらどうする? 巻き込まれるのがこの宿屋の親子だったら? オニガ村のセツナだったら?」
「ぁう……」
「もう一度言うぞ。――しっかりと考えろヤヒト」
リーナの瞳はブレることなく真っすぐにヤヒトの目を見据える。
ビリーとの決闘を誤魔化すためでも、まして、面白半分に茶化すためでもないということは、今のヤヒトの頭でも理解できる。
リーナの言葉のおかげか、ヤヒトの脳内の無駄な思考の幾分かが消散する。
それでもまた時間が経てばすぐに不安で頭には靄が掛かってしまう。
そうなる前に、ヤヒトは目を閉じ考える。
リーナの言葉とヤヒトの治癒能力について――。
「――――わかった。頼むリーナ。俺に協力してくれ」
「よし! それでいい!」
ヤヒトの答えに、リーナは頼もしい笑顔を見せる。
「そうと決まれば時間が惜しい! さっそく特訓に向かう! ついて来い!」
「今から!? ちょっリーナ!? 置いて行くなって!」
▲▽▲▽▲▽
リーナに言われるまま、武器を持ってついて行った先は、町の外れにある森に囲まれた広場だった。
冒険者ギルドが管理している演習場のように設備や広さがあるわけではないが、戦闘の基礎を教わったり、治癒能力の実験をしたりするだけならここで十分だろう。
「ヤヒト、ちなみにだけど剣と盾の構え方はわかるか?」
「えっと、利き手に盾を持つってのは教えてもらったけど、構え方は……。オオリス討伐の時はこんな感じで構えてたけど――」
ヤヒトは右手で持った盾を正面に、左手で持った剣をやや後方に振りかぶるようにして、それっぽい構えを取ってみせる。
「ふーん。まあ、初めてならこんなもんだよな」
来る途中に拾った木の棒をポンポンと手で弄びながら、ヤヒトの周りを一周したリーナがそう感想述べる。
「もっと力抜け。そんなガチガチに構えてると横とか下とか、正面以外の角度からの攻撃に対応が遅れる」
「力を抜く――。こうか?」
「あー、そうだな。もっと盾は下げろ。んで、体は半身に構えて剣を持つ手ももっとゆったりとした方が良い。剣先は後ろよりも相手を向くように――。そう、そんな感じだ! いいぞ! 様になってきな!」
ヤヒトの素人構えがリーナによって無駄のない構えに矯正されていく。
確かに、この構え方なら盾も剣も自由に動かして反撃を狙うこともできるし、盾で捌くだけでなく、足で動いて攻撃を躱すなんてこともできそうだ。
「へぇー。やっぱ素人が適当にやってるだけじゃダメなんだな」
「よし、じゃあ、軽くあたしが打ち込むから、盾で防いでみろ!」
「おっけ! どっからでもこい!」
魔獣と戦っている時のような目にも止まらぬ速さではなく、ヤヒトでも問題なく追える速度で振られる木の棒。
当然、ヤヒトは難なく防ぐことができる。
「さすがにこれくらいはな。オオリスの方がまだ速かったぜ!」
「そうか。でもちょっとずつ速度上げてくからな。追いつけないと痛いぞ!」
ヒュンッ、カァン、ヒュンッ、カァン――――。
リーナが言った通り、五回毎に振られる木の棒の速度が上がっていく。
単純なのにジワジワと体力が削られるこの特訓は、ヤヒトにシャトルランを想起させる。
「どうしたぁ? 少し遅れて来たぞぉ」
「ふっ! ぅ痛え! クッソ!」
ヒュンッ、ガァン、ヒュンッ、ガィン、ヒュンッ、ビシッ――。
棒の速度が上がれば、それに反比例して体の反応がどんどん遅れていく。
ギリギリ目で追える速度に何とか喰らいついて防いでも、次の一撃には対応できない。
さらに、攻撃を受ければその痛みで余計に動きが鈍り、また次の一撃への反応が遅れるという負のスパイラルが形成されつつある。
「――待って! リーナ! ちょっと! ほんとに! いってぇ! もう無理! 無理だから!」
「何だ? もう音を上げるのか? まだそんなに速くないだろ」
棒を振るのを止めたリーナは、大の字に倒れて大きく胸を上下させるヤヒトに呆れた顔を向ける。
「無理っもう、動、けなぃ。絶対、あ、した、筋肉痛に、なる……!」
「あぁ? それでも赤黒のツノグマを倒した男かよ?」
リーナはそう言うが、決して軽くない盾を振り回すこの防御練習は特別体を鍛えていないヤヒトにはかなり辛い。
体力的な面は勿論のこと、小さな打撲や裂傷が増えれば、痛みに耐えながら終わりのない棒振りに対処しなければならないという点で、精神面まで削られる。
そんな心身ともに疲労したヤヒトに思いがけない言葉が耳に入る。
「ほんとはもっと傷を作っときたかったんだけどなぁ。まあ、最初だからこんくらいでもいいか」
「ん!?」
こんなにボロボロになっているヤヒトを見て、リーナはまだ足りないと言った。
その意図がつかめなかったヤヒトは、きっと聞き間違いであると信じて特に追及しないでいると、
「おい起きろ! 休憩じゃねえぞ! それとも、やっぱり傷増やすか!?」
「いやなんでわざわざ傷つくるんだよ!? 防御の練習なら傷増えない方がいいだろ!」
「うるせえ! いきなり叫ぶな! 元気ならまた棒を防いでもらおうか!?」
「――ぅあ、まじで辛。もう動けない」
また棒振りの防御を再開されれば、今度は今の倍は防ぎきれずに当たる自信がヤヒトにはある。
そうなったら今後のリーナとの特訓はまともな体で行うことは困難だろう。
まあ、リーナであればそうならないようにきちんと加減はしてくれるだろうが。
「あ、でも休憩じゃないなら何するんだ? 話し方的に今のと同じことをするつもりはなさそうだけど。最初に言っとくけどまた激しいのは勘弁だぞ!」
「ハァ。何て言うか、お前、思ったよりも情けないやつか? まあ安心しな。次は盾の練習じゃないってより、多分動かなくていいから」
休憩でもないのに動かなくてもいいとはどういうことだろうか。
ヤヒトの察しの悪さもあるが、自分の感情をストレートに表現するリーナには、物事を少し遠回りに言う癖がある。
「だから結局何やんだよ? 俺はそんなに頭が良い方じゃないからハッキリ言ってくれないと中々理解しないぞ」
「……治癒能力の研究だよ。これから防御練習で怪我をしたらそれを治癒能力の検証実験に利用する。一石二鳥だろ?」
「おお」
確かにそれならば、一週間という期間でも無駄がなく特訓と研究が両立できる。
きちんとヤヒトの育成について考えている彼女に、ヤヒトは素直に関心する。
「じゃあ、さっそくその傷を治してみせてくれ」
「おう! どうやって?」
「……はぁ?」
「……えぇ?」




