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36話 勝手に進んて行く話

 「おい、赤黒のツノグマってデュアンのパーティーを壊滅させたあの?」


 「いやいや、ランク五の冒険者パーティーが敵わなかった相手に新人冒険者が敵うわけないだろ」


 「でもリーナは確かにあのヤヒトとかいうやつが倒したって」


 「でもそれじゃあ、ビリーどころかリーナやデュアンよりも強いことにならねえか? んなの、ランク六の冒険者並みだろ」


 大半は聞き間違いだとか、ビリーをからかうための嘘だと思い込んで信じていない。

 いや、ヤヒトのような無名冒険者がランク五を超える力を持っているなど、簡単に信じてしまう方がおかしい。

 だが、リーナの真正面でその言葉を受けたビリーは違った。

 勿論、鵜呑みにして信じたわけではないが、彼女のそのハッキリとした物言いや、真っすぐな目を見てしまっては、完全に否定しきることもできない。


 「そこまで言うのなら俺もランク五の冒険者としての誇りがある。俺と戦おうぜガキぃ! 人伝の評価で俺の方が劣ると決めつけられちゃあ腹が立つ!」


 「はぁ!? 何でそうなるんだよ!? こんなのリーナが嘘ついただけだって! 俺なんかがあんな恐ろしいのに勝てるわけないだろ?」


 「()()()()()()()()、ねえ。まるで実際に見たような言い方だなぁ!」


 「あっ違――!」


 焦ればすぐに墓穴を掘るのがヤヒトの悪い癖だ。

 周りでヤヒト達のやり取りを肴に飲んでいた人々を筆頭に、いつの間にか二人の決闘を望む声まで上がり始めている。


 「おい! やめろ! 決闘なんてするわけねえだろ! クソッ、他人事だと思って……。リーナ!」


 いよいよどうしようもなくなったヤヒトは、ビリーに胸倉を掴まれたままリーナに助けを求めるが、


 「ああ、いいだろう。何せデュアンだってこいつをパーティに誘ってたんだからな。簡単にはやられないぜ」


 「違う違う! そうじゃないって! そういうフォローが欲しいんじゃなくて! 俺がビリー何かと戦ったらあっと言う間に死んじゃうって!」


 「ほう! あっと言う間に俺を殺せるのか! 言うじゃねえかガキぃ!!」


 「そうじゃないって!! もう何も上手くいかん!!」


 言葉のすれ違いという助けもあり、あれよあれよという間にビリーとの決闘が決まってしまう。

 おまけに、ガヤが大袈裟に盛り上がるせいで「やりません」なんて言える雰囲気ではない。

 それでも何とか穏便に事を済ませられないかと活路を求めるが、きっとこれは無駄な足掻きというやつなのだろう。


 「リーナ! 無理だって! 俺オオリスにすら手こずってるんだぞ!? 勝てるわけないって!」


 「――場所は冒険者用の演習場でいいか?」


 「よくない! やらない!」


 「ええっと、演習場でしたら、今週は利用者が多くてですね……。最短ですと、丁度一週間後でしたら空いてます」


 「アリッサさん!?」


 「ならそれでいこう! 俺も片付けなきゃいけねえ依頼があるからな!」


 もう一度リーナに助けを求めてみるが、聞く耳を持っていないのか、それとも本当に聞こえていないのか――。

 まあ、きっと前者だろう。

 ビリーや、いつの間にか様子を見に来ていたアリッサを交えて淡々と場所や日取りを決めていく。

 ヤヒトはもうこの決闘を受け入れるしかないようだ。


 「最悪、前日にでも逃げるか……?」


 「おいガキぃ! ぜってぇ逃げんじゃあねえぞ! もし逃げたらどんな手を使ってでもい探し出してぶっ殺してやるからなぁ!」


 逃げるのは最後の最後にどうしようもなくなった時の手段にしようとヤヒトは決めた。

 リーナのパーティー勧誘の件から、ビリーはとてもしつこい性格をしていることが分かっている。

 冗談とかではなく、本当にどこに逃げても地の果てまで追ってきそうで怖い。


 「――じゃあ、そういうことで。一週間後に」


 「おう! 格の違いってやつを教えてやるから楽しみしてろよガキぃ!」


 「――――」


 ビリーがどれほど挑発しようと、ヤヒトは腹を立てることも逆に煽り返すこともせず、一週間後に訪れる不幸に涙を流すことしかできなかった。



 ▲▽▲▽▲▽



 決闘の約束をしてから少し――ヤヒトとリーナは場所を鈴の音に移して作戦会議を開く。


 「おい! どうすんだよ! ビリーはランク五だぞ!? しかも何か勘違いで煽ったみたいになってすげぇキレてたし! 俺まじで殺されるって!」


 「落ち着け落ち着け。戦い方ならあたしが監督してやるって。これでもデュアンの近くでずっとやってきたからな。片手剣の動きなら少しは教えられると思うぞ。それに、第一お前そんな簡単に死なないだろ」


 「落ち着けるわけないだろ!? 死なないなんて簡単に言うけどな! この治癒能力の詳細はわからないって言っただろ!? なんならもう使えないかもしれ――」


 ギャアギャアと喚くヤヒトの頬に、鋭い痛みが走る。

 リーナが目にも止まらぬ速さで短剣を抜き、ヤヒトの頬を薄く切ったのだ。

 何が起こったのかわからず、驚きの表情で固まるヤヒトとは対象に、リーナは短剣をペン回しのようにクルクルと器用に回しながらケラケラと笑う。


 「おっ、よかったな。まだ治癒能力は健在みたいだぜ?」


 「よ……よくねえよ!? いきなり切りつけるなんて何考えてんだよ! しかもこの切り傷治すのが最期だったらどうすんの!? あーあ! もう怪我しても治らない! ビリーと戦ったら簡単にやられてこの世界ともバイバイ!」


 我に返ったヤヒトはテーブルをバンバンと叩きながら抗議する。

 リーナは「治ったから別にいいだろ」なんて言うが、もし治らなかったどうするつもりだったのか。

 それに、治る治らないは関係なく、傷付けば痛いし、ばい菌が入ったら炎症を起こすかもしれない。

 炎症は治癒能力で治るかもしれないが、それもそういう問題ではないのだ。


 「精神衛生ってものもあるのよ。肉体の傷が治っても心の傷は簡単には塞がらないの」


 「はいはい。わかったわかった。悪かった」


 「ったく。――で、どうする? 正直、俺はビリーに勝てる未来がこれっぽちも見えないんだけど?」


 このまま抗議を続けてもリーナには軽く受け流されてしまうだろう。

 ヤヒトはゆっくり深呼吸をすることで昂る気持ちを落ち着かせると、冷静に作戦会議に話を戻す。


 「そうだな。いくら素行が悪いと言ってもビリーはランク五の実力者だ。まともに戦えば一瞬で負けるだろうな」


 「……でも、リーナがこんな決闘を了承するってことは、何か俺でも勝てるような可能性か策でもあるってことなんだよな?」


 「いや、無い」


 少しの後ろめたさもなくキッパリとそう答えられては、とても反応に困ってしまう。

 聞き間違いだったのかとか、その言葉には何か別の意味があるんじゃないかとか考えてみても、短く明瞭な回答は、そのまま言葉通りに受け取る以外、ヤヒトにはできなかった。

 困惑を包み隠すことなく顔に出すヤヒトに、「まあ聞け」とリーナは言葉を続ける。


 「確かに勝つことはできないが、()()()()()()ならある」


 「いや無理だろ。リーナが参戦してくれるくらいしないと俺は負けるって。それに、すげえ落ち着いてるけどお前、自分の状況わかってるのか? 俺が負けたらそっちはビリーのパーティーに入ることになるんだぞ?」


 「ん?」


 「え?」


 一瞬の沈黙が降りた後、リーナは首を傾げる。


 「なんであたしがビリーのパーティーに?」


 「いやいや! だってビリーは自分とじゃなく俺とリーナがパーティーを組むことが気に入らなくて、向こうが俺よりも強いってことを知らしめるために――――あ」


 そうだ。

 話の流れ的に勝手に思い込んでしまっていたが、この決闘はあくまで『ヤヒトがビリーよりも強い』と言われたことに対しての反発によるもので、勝ち負けで何かを得る得ないという話は一切していない。

 つまり、この決闘はヤヒトに損失が発生することがあっても、リーナには一つもデメリットがないということになる。

 むしろ、争いの論点がパーティーどうこうではなく、ヤヒトとビリーのどちらが強いかにすり替わったことで、リーナからしたら、しつこいビリーを上手く撒けたという結果になっている。


 「やられた! リーナ! お前!」


 「いやぁ、助かったぜ! あのゴリラもそういうとこには頭が回らないからな。これでしばらくは付きまとわれなくて済むだろ! ハハハ!」


 高笑いするリーナに、我慢できなくなったヤヒトは抗議を再開する。

 怒りに任せて言葉を並べても、リーナは軽く受け流すばかりでまともに取り合わない。


 「まあ、そろそろ落ち着けって! どうせここで騒いでたって決闘がなくなるわけじゃないんだからよ。それに、負けない方法があるって言ったろ? まずはそれ聞けって」


 「いや、でも! まあ、うん……。わかった。一旦聞くわ。でもだからと言って許すとは思わないことだな!」


 実際、ヤヒト自身、リーナにいくら不平不満ぶつけても現状の解決には至らないことはわかっている。

 それならば、リーナの『勝てはしないが負けない方法』というのを聞くくらいはしてもいいだろう。


 「いいか? あたしが考えた勝てはしないけど負けない方法ってのは――――」

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