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35話 荒くれ者

 リーナの訪問から一夜が明けた宿屋鈴の音――。

 いつもの時間に目が覚めたヤヒトは、いつもの時間に朝食をとり、いつもの時間に冒険者ギルドに向かう。

 朝はいつも気怠いものだが、今日はそれに加えて特別に気が重い。

 原因は明白、昨日のことだ。


 「そりゃあ、俺だってデュアンさんに憧れてるし、俺にできることならやってあげたいけどさ? でもリーナとパーティーって……。レベル差あり過ぎだし、かえって迷惑かけてリーナにが危険に晒されるかもだし? それに、リーナくらい強かったら俺にかまってるよりももっと強い仲間集めた方が色んな依頼受けれて助かる人も多いし?」


 リーナが帰ってからもパーティーを組むか否かをずっと考えていた。

 断る理由はいくらでも出てくるのに、なぜか「断る」と言葉にして言うことができない。

 いざ断ろうと決めても、リーナの覇気のない作り笑顔や寂しそうな背中が思い浮かぶ度、決心は簡単に揺らいでしまう。


 どうしたものかと考えながら、ギルドの入口に立てば、中からは誰かが争うような声が聞こえる。

 冒険者同士や酔っ払いの喧嘩など、然して珍しいものではない。

 理由は色々あるだろうが、肩がぶつかっただの言い方が気に入らないだの依頼を失敗した原因の擦り付け合いだのがよくある喧嘩の種だ。


 いつものヤヒトなら華麗にスルーするのだが、どうやら今日に限ってはそうはいかない。

 何故なら、争いの中心にいる人物がヤヒトの悩みの種であるリーナその人だったから。

 ヤヒトはとりあえず、何で揉めているのかを探るために、争いを見守っている周囲の人々に紛れて一緒に様子を窺うことにする。


 まず、リーナと争っているのは、如何にもといった風貌の荒くれ冒険者――ビリー。

 ビリーの冒険者ランクはリーナと同じく五だ。


 ガラの悪さと素行の悪さは冒険者内だけでなくエレガトルの町中でも有名だが、冒険者ランク五というのは伊達ではなく、実力の高さは確かである。

 そのせいもあってか多くの冒険者は逆らうことができず、触らぬ神に祟りなしとでも言うべきか、ビリーの横暴さに注意できる者も少なく、最近ではその不品行にさらに拍車がかかっているらしい。


 「――いいから! 俺とパーティーを組めって! 今はフリーなんだろ? ここらで腕の立つ冒険者っつったら俺が一番だ! わかるだろ!?」


 「だぁから、断るって言ってんだろ! お前と組むくらいなら一人で薬草採集してる方がマシだっつの!」


 「なぁにを馬鹿なを言ってやがる! 俺の何が不満だ!? 金もある! 実力もある! むしろ今この町にリーナと肩を並べられるのは俺くらいしかいねえ!」


 「しつこいんだよ悪質ゴリラが! お前がどんなに言葉並べても少っしも惹かれねえよ! それにもうパーティーには当てがあんだよ!」


 「あぁ!? 当てがあるだと!? 嘘をつくなよリーナ! 俺は誘われた覚えがないぞ!?」


 「自意識過剰かよ悪質ゴリラが! お前なんて候補にすら上げてねえんだよ!」


 話を聞く限り、ビリーはデュアン達を失ったリーナをパーティーに勧誘しているが、リーナはそれを拒否。

 それでもビリーは諦めずにしつこい勧誘を繰り返しているという状況で間違いないだろう。


 リーナには悪いが、あまり大きな争いではないようで安心した。

 周りも酒を飲みながら傍観するだけで、二人の言い合いを止めようとはしないのが大事ではないという証拠である。


 しかし、リーナの「パーティーには当てがある」という言葉をヤヒトは流すことができなかった。


 「『当て』って、それもしかして――」


 リーナの誘いについて考えている最中なのだが、この言い争いに巻き込まれるのはごめんである。

 気付かれないうちにこの場を去ろうと、ゆっくりと出口に向かって歩くヤヒト。

 だが、そのゆっくり歩く姿がかえってリーナの目に留まってしまったようで、


 「ん? おい、ヤヒトじゃねえか。今から依頼受けんのか? 何か一緒にやろうぜ。あ、もしかしてパーティーの件の答えが出たのか?」


 「――――」


 冷たい汗がヤヒトの顔を伝う。

 今まで紛れることができた喧噪も、リーナの一言で異物と判断されたヤヒトには、多くの視線が向けられる。


 「おい、ヤヒトって誰だ? 何か有名な奴なのか?」


 「いや、最近見かけるけど特に有名でもないだろ。名前だって初めて聞いたし。それより、今リーナがパーティーの件って」


 「そういえば前に冒険者登録してるの見かけたんだけど、魔水晶玉に反応しなくて昔ながらの生血(せいけつ)登録してた。あと、薬草採集いっぱいやってたよ。たまに鉱石採集も」


 周囲の冒険者は、会話の話題をヤヒトに関することに切り替えるが、別段、目立つ活躍も奇抜な見た目もしていないヤヒトについて知っていることなど、ほとんど無いのが実情である。

 そのせいで、ヤヒトはより一層の注目を集めることになる。

 どうして有象無象の一新人冒険者がランク五のリーナに共に依頼を受けようと誘われているのかと。


 周囲で見ている者達でさえこれだけざわつくのだから、リーナをパーティーに勧誘していたビリーは


 「うぉい! お前! ヤヒトって言ったか!? パーティーの件ってどういうことだ!? リーナ! 俺は何も聞いてねえぞ!」


 「いちいちうるせえな! 何でお前に言わなきゃいけないんだよ! もういいだろ! お前とはパーティーを組むつもりはない! 話は終わりだ! 行くぞヤヒト!」


 「いやぁ、実は今から用事がありましてですねぇ……。へへへ……」


 「さ、何の依頼やる? やっぱ討伐だよな!」


 「え、ちょっ待てって! リーナ!? 俺は行くなんて一言も――チカラつよ!」


 暴れるヤヒトをヘッドロックのような形で制したリーナは、そのままズルズルと引きずりながら、受付カウンターに向かう。

 あっと言う間の出来事に、ビリーはぽかんと口を開けたまま固まってしまっていたが、すぐに正気を取り戻すと、ヤヒトを連れたリーナを呼び止める。


 「おいリーナ! なぜ俺じゃなくそいつなんだ!? そんなガキよりも俺の方が強いだろう! 俺と組めばエレガトルで一番、いや、周辺国でも一番を狙えるはずだ! そしたら()()()()も――」


 「黙れ」


 「――――」


 リーナの短い一言で、周りを取り囲んでいたガヤが嘘のように静まり返る。

 特別大声を出したわけではなかったが、その言葉にはただならぬ圧があった。


 冷たくて、重くて、しかし決して冷静なわけではない。

 心の奥底から今にも溢れ出しそうな怒りを無理やり押さえつけているような、一種の狂気をはらんだリーナの雰囲気は、周りの誰もが感じ取っただろう。

 もちろん、ビリーもその例に漏れず、鬼気迫るリーナに息を吞み、呼び止めるために伸ばした手は空を彷徨う。


 「――行くぞ」


 「あ、ああ……」


 さすがのヤヒトもこの後で場を去れるほどの度胸は持ち合わせていない。

 頭の拘束が緩んだ今なら、リーナの手から抜け出して逃げられると思うが、ヤヒトは抵抗せずに大人しく付いて行く。



 ▲▽▲▽▲▽



 受けた依頼はツノグマの討伐――勿論、赤黒ではなく通常のツノグマだ。

 そもそも赤黒のツノグマはあれ以来目撃されていないらしい。


 リーナと挑んだ依頼の内容は酷いものだった。

 勿論、依頼は達成できたし、傷の一つも作ることなく帰還できたことから、むしろ完勝と言ってもいいだろう。

 では、何が酷いというのか――それは、ヤヒトとリーナの戦力差だ。


 ヤヒト自身、自分が戦いの役に立たないだろうことは予想していたが、せめて盾を構えて囮くらいにはなれると思っていた。

 だが、実際はそんな考えすら甘かった。

 目標のツノグマを確認するや否や、ヤヒトが盾を取り出す前に、目にも止まらぬ早さ飛び出したリーナが、左右に持った短剣でこれまた目にも止まらぬ速さで連撃を繰り出し、あっと言う間にツノグマを倒してしまったのだ。

 それも、解体の必要がないくらい細かくバラバラにしてだ。


 正直、やり過ぎなのではないかと思った。

 リーナはお金に余裕があるのかもしれないが、ヤヒトはそうではない。

 せめて毛皮くらい採ってほしかった。


 だが、ヤヒトはリーナを()()()()()()

 止められなかったのではないく、止めなかったのだ。


 一声かければリーナはあんなにバラバラにするまで切りつけることをしなかっただろう。

 だが、無我夢中で短剣を振るリーナは、まるで内に溜まった良くないものを発散しているかのように見えて、ヤヒトはそれを邪魔したくなかったのだ。


 それが実際にそうだったのかはわからないが、ツノグマを討伐した後は心なしか、いつものリーナの雰囲気に戻った気がする。



 「お疲れ様でした。さすがリーナさんですね。ヤヒトさんもお疲れ様です。報酬は半々にこちらでお分けしますか?」


 「ああ、それで頼む」


 「えっ俺何もしてないんだけど。いいよ俺は報酬貰わなくて……」


 それはお金を貰えたら嬉しいが、働かざる者食うべからずという言葉があるように、武器すら取り出していないのに報酬を貰おうと思うほどヤヒトはがめつい人間ではない。

 カウンターから一歩下がって二人のやり取りを見ていると、振り向いたリーナがヤヒトに向かって報酬が入った革袋を放ってくる。

 落とさないように慌ててキャッチすると、それを見たリーナはにやりと笑って、


 「まあ、取っとけ。時間使わせちゃったし、あたしもちょっとイライラして勢いで連れてっちゃったからさ。悪い。用事あったんだよな?」


 「用事……? ああ!」


 依頼に行く前のあの状況から逃げるために、用事があると言って逃げようとしたことをヤヒトは思い出す。

 てっきり聞こえていなかったのかと思ったが、そういうわけではなかったらしい。


 「――じゃあ、尚更質が悪くね?」


 「ん?」


 「いや、何でもない。――じゃあ、なんか申し訳ない気もするけど有難く貰うわ」


 また変に刺激してリーナを怒らせでもしたら後が怖いので、ここは素直に受け取っておくことにした。

 

 報酬で得たお金でリーナとギルドの酒場で食事をとっていた時、ギルドの扉を勢いよく開ける人がいた。


 「あっ! ちょっとビリーさん! 扉はもっと丁寧に開けて下さいと何度も注意したはずですよ! 蝶番がダメになったらどうするんですか!」


 どうやらビリーも依頼をこなして帰ってきたところのようだが、カウンターで怒っているアリッサの所へすぐに依頼の報告に行かず、その場でギルド内をぐるりと見回す。


 「あのゴリラ、扉もまともに開けられねえのかよ」


 ビリーの姿を見た途端、リーナは舌打ちをして悪態をつく。

 ヤヒトはまたリーナが怒りだししまうのではないかと心配したが、それは杞憂だった。

 イライラしているのは確かだが、さっきのような圧は感じられない。


 早くビリーがどこかへ行ってくれないものかと考えながらギルドの出入口に目を向ければ、ちょうどこちらを見たビリーと目が合ってしまう。

 すると、ニヤリと笑ったビリーが真っすぐにヤヒトの顔を見たまま、ずんずんと近づいて来る。


 「おうガキ! リーナとは何の依頼に行ったんだ? ドラゴンか? それとも魔物か?」


 「つ、ツノグマ……」


 またリーナに絡みに来たのかと思ったが、今度の標的はヤヒトだった。

 何を考えているのかはわからず、少し警戒しながらヤヒトが質問に答えると、ビリーは馬鹿にするように大笑いする。


 「ツノグマ!? リーナとパーティー組んでわざわざツノグマ!? 冗談だろ!」


 「いや、俺だって何のために俺が連れてかれたかわかんねえ――ですよ」


 ヤヒトが言い返そうとすると、ビリーは口答えするなとばかりに睨みつける。

 悔しいが、ヤヒトではビリーに手を出されれば敵わない。

 言葉は尻すぼみになり、語尾も敬語だか何だかわからないようなものになる。


 「ふん。リーナ、やっぱりこいつはダメだ。実力も度胸も無え。あのリーナが認めてるならもしかして、と思ったが――。こんなのとつるんでたらお前の力は腐るぞ」


 「――ヤヒト、塩取ってくれ」


 「あ、ああ。えっと、いいのか……?」


 リーナはビリーの言葉には耳を貸さずに食事を続けるが、その態度がビリーの癪に障ったのだろう。

 ガタンとテーブルを叩いて、ヤヒトの胸倉を掴んでググっと持ち上げる。


 「ぅぐ……」


 「そんなにこいつがいいか!? それともこいつに何か秘密でもあんのか!? こんな雑魚で臆病なガキなんか仲間にしてたらデュアン達も悲しむだろうなぁ!! ああ!? リーナよぉ!!」


 ビリーの大声にまたしても周囲が凍り付く。

 再びリーナの逆鱗に触れてしまったのではないかと誰しもが思ったが、


 「ハァ、暴力ゴリラ。さっきから実力がどうだの雑魚だのと喚いてるけどよお、ヤヒトはお前よりも強いぞ」


 「このガキが!? 俺よりも!? ハッハッハァ! リーナ、お前、腑抜けただけじゃなく頭までおかしくなっちまったのか? 俺はランク五でガキはまだ登録したばかりのランク一って話じゃねえか! ガキが俺よりも強いなんてあるはず――」


 捲し立てるビリーをリーナは大きな深呼吸を兼ねたため息で遮る。

 そして、一度ヤヒトに目配せした後、ゆっくりと口を開く。


 「赤黒のツノグマを討伐した(やった)のはヤヒトだ」


 「――――ッ!」


 リーナの口から告げられたヤヒトの実績に、冒険者ギルドは震撼する。

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