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32話 可愛い化け物

 剣と盾を背中に担ぐと、いつも背負っている大きなリュックは邪魔になるので、それは部屋に置いたまま、町の雑貨屋でウエストポーチを買ってみた。

 水筒や軽食を入れてもまだ少し余裕があるくらいには容量があり、なかなかに便利だ。

  特に、今ヤヒトが歩いているような()()では、リュックと違って枝葉に引っ掛かることもないため、とても楽に歩くことができる。


 「オニガ村の山と違って木々の間隔が広いのが救いだよな。これならオオリスがいたらすぐに気づけそうだし」


 『オオリスの討伐』依頼を受けたヤヒトは、依頼書に書かれてあった人を襲ったオオリスがいるという山に訪れていた。

 アリッサの話では、今回のオオリスはまだ群れを成していないため比較的簡単に倒せるそうだ。

 とは言え、実質これが初陣となるヤヒトの心の内は不安でいっぱいである。


 「オオリスか――。アリッサさんは初心者冒険者でも倒せるって言ってたけど、そもそも俺はまともに戦ったことすらないんだよな。ツノグマは爆火魔石のごり押しと治癒能力で何とかなっただけだし、ロックバードはしがみ付いてただけで結局はウィルが弓矢で倒してくれたし」


 オオリスに襲われた男性は片腕を失ったらしい。

 男性は普段農業をしているらしいが、きっとヤヒトよりも腕っぷしが強いだろう。

 そんな働き盛りの男性でさえ、腕を嚙まれればそのまま千切られてしまうほど、オオリスには力がある。


 「盾があるからってさすがに怖いよな。リスと言えば木の実を頬袋に詰め込んでるイメージが強いけど、オオリスってのはいったいどんな猛獣だ――」


 そうやってグチグチと独り言をつぶやいていれば、風もないのにガサリと木が揺れる。

 反射的に背中にある盾と剣を手に取り、臨戦態勢をとる。


 「――――」


 恐怖と緊張で心臓が早鐘を打つ。

 木の上に何かがいるようだが、葉に遮られて正体がわからない。

 木の揺れから、鳥の類ではないだろう。

 もっと大きい小動物か何か。

 考えられるのは――オオリス。


 汗がヤヒトの頬を伝い、地面の土を濡らす。

 目を逸らしたらその瞬間に襲われるのではないかと、ヤヒトはガサガサと揺れの収まらない木をジッと見つめて警戒する。

 やがて、揺れがピタリと止んだ次の瞬間――――


 「――んぉっ! なんだ!?」


 木の上から、飛んできたものがヤヒトが構えている盾に、ゴアンッという高いとも低いとも言い難い音をさせながら衝突し、地面に落ちる。

 初めは石でも投げられたのかと思ったが、それにしては衝撃が軽い。

 盾の構えを解くことなく、目だけを動かして落ちたものを確認する。


 「木片……じゃない。これは――骨?」


 一目見ただけでは何なのか判別ができないが、よく観察すれば、それが動物の骨の一部であることがわかる。

 それも、手の骨だ。

 指や一部が欠損しているが、おおよそ手の形をしているように見える。


 「サルにしては大きい。まさか――」


 『男性は何とか逃げ延びることができたものの、()()を噛み千切られてしまっています』


 ヤヒトの頭の中で、アリッサが言っていたことが何度も再生される。

 人間の大人の手の骨なら、これくらいの大きさでもおかしくない。

 そして、もしもこれが本当に人間のものであるなら、これを飛ばしてきた木の上にいる何かの正体は――。


 ヤヒトがその答えに行きつくと同時に、木の上から幹を伝ってそれは姿を現す。


 「オオリス……」


 大きさは地面からあらましヤヒトの膝あたりだろうか。

 フサフサとした触り心地の良さそうな毛皮で身を包み、大きな尻尾は身の丈よりも長い。

 『オオ』リスと言うだけあって、確かにヤヒトの知っているリスの特徴を持っている。

 ただ、ヤヒトが想像していた姿とはだいぶ違っていた。


 毛色や大きさは違えど、ツノグマは、ヤヒトの知っているクマに角が生えたような見た目だった。

 オオイノシシも、名前の通り大きなイノシシだった。

 何と表現するのが適切なのかわからないが、ヤヒトの言葉で言うなら、ツノグマもオオイノシシも()()()()()()()()という印象である。


 しかし、目の前にいるこのオオリスという生物はどうだ。

 確かに、尻尾や頬袋などはリスらしいと言われればそうだろう。

 だが、問題はそこではない。

 体型、いや、()()だ。


 初めは大きいせいでそう錯覚しているだけかとも思ったが、やはり違う。

 リスにしては頭が大きく、目も大きい。

 全体的に丸っとしていて、まるでデフォルメされたキャラクターのような愛らしい見た目をしているのだ。

 これがぬいぐるみであるというならすんなりと受け入れられるだろうが、実際は人を襲うような魔獣だというから信じられない。


 「めっちゃ可愛いんだけど! ギュッて抱きしめてモフりたい! 餌付けしたい!」


 オオリスの愛くるしさに負けたヤヒトは、武器を構えるのをやめ、小走りでオオリスに近づく。


 「プップッ!」


 「鳴き声も可愛いな! あれみたい! あの、お腹押したら音が鳴るぬいぐるみ!」


 目の前まで来てもオオリスは逃げようとしない。

 鼻先をヒクヒクとさせてジッとヤヒトを見つめるだけだ。

 近づいて気付いたが、頬袋に何か入っているようで少しふっくらしている。

 その様がまた愛らしい。


 「お? 木の実でも入ってんのか? ちょっと触らせ――アッヅ!」


 オオリスの頬袋に手を伸ばしたヤヒトだが、突如、熱された鉄板でも押し付けられたような痛みが指に走り、大きく尻もちをついてしまう。

 あまりに唐突な出来事に、頭が真っ白になる。

 しかし、呆けている時間もそう長くは続かず、クチュクチュ、クチャクチャという水っぽい音や、カリカリ、コリコリという小気味のいい音が耳に入ったことで我に返った。


 音は、ヤヒトの正面にいるオオリスから鳴っている。

 見れば、短い枝のようなものを両手で持ち、それをまるでお菓子のように頬張っているところだった。

 オオリスが口を動かす度に、クチャクチャ、カリコリと音が鳴る。


 「あれ? いつの間にそんなの持って――」


 「プップッ」


 ふと、オオリスの手が赤く染まっているのが目に入る。

 どうやら、オオリスが齧っている棒から赤い液体が出ているようで、それが唾液と混じって手や口元を赤く染めているらしい。


 ヤヒトは、その赤色に見覚えがあった。

 この世界に来てから何度も何度も見た赤色。

 ヤヒトの体を流れる赤色――。


 「――――っ!」


 鉄臭い臭いがヤヒトの鼻を刺激した途端、先ほど痛みを感じた手を確認する。


 「あ……。あ、あ……?」


 ――無かった。

 ――無くなっていた。

 オオリスを撫でようとした時に差し出した右手の人差し指が、根元から無くなっていた。


 綺麗に噛み千切られた断面からは絶えず血が流れ出していて、右手をついていた地面には小さな血溜まりができていた。

 傷を認識した途端、脳は痛みという形で警鐘を鳴らし、命の危機を知らせる。


 「馬鹿野郎……。馬鹿野郎……!!」


 ヤヒトは、オオリスの可愛い見た目に油断し、またしても軽率な行動をとった自分を叱咤する。

 元々男性が襲われたという事前情報もあり、実際に手の骨だって目の当たりにしているにも関わらず、無防備に近づいて手まで差し出すなど、馬鹿以外の何者でもない。

 目の前にいるのは、可愛いぬいぐるみでも、愛玩動物でもなく、人を襲う魔獣なのだ。


 指は治癒能力でまた生えてくることを祈ってあえて今は応急処置しない。

 そもそもする道具がない。

 止血のために端切れでも当てておこうかとも思ったが、生える際に邪魔になりそうなのでやめた。


 ヤヒトが改めて剣と盾を構えた時、丁度オオリスも指を食べ終えたらしく、自由になった手をわきわき動かしながら、こちらを見ていた。

 まるで、まだ食べたりないとヤヒトに訴えるように。


 「ププッ!!」


 オオリスは、その大きく特徴的な門歯を突き立てるべく、短い足で地を蹴り、ヤヒトの顔目掛けて跳ぶ。


 「くっ!」


 ヤヒトはそれを盾で防ぐが、オオリスは止まらない。

 盾に弾かれたオオリスは、着地と同時にこれまた大きな尻尾を地面に叩きつけることで素早く跳ね返り、再びヤヒト目掛けて跳んでくる。


 ガィン、ゴァンと、まるで鉄球でも防いでいるような音と感触。

 なかなか止まないオオリスの猛攻。

 せめてもの救いは、跳んでくる軌道が直線的で盾で防ぐのが難しくないことだ。


 「くそ! その歯硬すぎだろ!」


 「プッ! ププッ! プッ! ププッ!」


 しかし、防戦一方ではオオリスを倒すことはできない。

 オオリスの様子から、そのうち歯が欠けるなんてことも期待できないだろう。

 この猛攻の中、どこかで反撃をするしかない。

 どうにかして突進を避けることができればいいのだが、


 「んな瞬発力、俺には無ぇ! それなら――――」


 オオリスが弾かれたタイミングで、ヤヒトは盾を後ろに引く。


 「ププッ! プッ! ププッ! ――――」


 オオリスは何度も一定のリズムで跳ね返ってくる。

 だから、それに合わせればいい。

 体が地面に着く瞬間、尻尾を叩きつけ、またヤヒトの顔目掛けて――


 「――ここ!!」


 タイミングよく突き出された盾は、正面ではなく側面を向いており、オオリスの硬い門歯よりも上――鼻っ柱に吸い込まれるように叩きつけられる。


 「プビュッ!?」


 「っしゃあああぁぁ!!」


 予想だにしていない反撃を受けたオオリスは、尻尾で受け身をとれずにそのまま地面に落ちる。

 オオリスの猛攻が止み、ヤヒトはここぞとばかりに飛び出すと、ずっと暇していた左手に持った剣を力いっぱい振り下ろす。


 「どっかのおっさんの腕と俺の指の仇ぃ!! 」


 「プピィ……!!」


 オオリスの毛皮が思っていたよりも厚かったことと、利き手ではない手で慣れない剣を扱っているということもあって、想像していたよりも上手く斬りつけることができなかった。

 剣筋はブレ、力も上手く伝わっておらず、その不格好さと言えばまさに子供のチャンバラレベル。

 当然、狙った箇所を切断するに至ることはなかったが、それでも剣はオオリスの首に深々と食い込んでいる。

 その不完全な一撃でも、オオリスを仕留めるには充分だった。

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