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3話 閉幕

 初めて書いた作品です。

 拙い文章やわかりにくい表現が多々見受けられることもあると思いますが、これからの執筆を通して成長できればと思います。


 さしあたって、ブックマークや感想等を残して頂けますと、やる気や励みになりますので、ぜひお願いします!

 今まで生きてきて、これほど怖かった経験はない。

 武器も何もない状態で大型の野生動物と向き合う――許容を越えた恐怖は、思考を鈍らせる。


 「ぅぐっ……。く、来るなぁぁああああ!」


 せめて刺激しないようにと努めていたはずが、ジッとしていることに耐え切れず、空の卵パックが入った袋や、手近に落ちている石を手当たり次第に投げてしまう。

 恐怖で狙いが定まらないながらも、いくつかはクマに命中する。

 しかし、その硬い毛や角に阻まれてしまい、威嚇や攻撃としての意味はなさず、クマは足を止めようとすらしない。


 「クソ! クソ! 来るなぁ!」


 「ゴフゥ……! ゴフゥ! グゥヴヴヴ……」


 手ごろな石が無くなり、投げる物が小石交じりの土に変わってくると、クマの様子にも変化が生じる。

 息づかいが荒くなり、獰猛な牙を剥き出しにして、唸り声まで上げ始めたのだ。

 投石はどうということはないくせに、土煙や砂が目に入るのは不快だったらしい。


 「ゴガァァアアアアア!!!!」


 「――――」


 激昂したクマの咆哮は先程のものとは明らかに迫力が違った。

 そこには、嘲りやそれに近しい感情は一切感じられない。

 今まで向けられたことがない()()を言葉で表現するとしたら――『殺意』が一番適切である。

 悍ましいほどの敵意は、それ自体が質量を持っているかのように、辺りの空気を重くする。


 「か……ぁ……。ふっ……ひゅ……」


 許容を越えた恐怖に、体は畏縮し、痙攣した肺は己の機能を放棄する。

 呼吸しようとしても、まるで陸に打ち上げられた魚のように口がパクパクと開くだけ。

 汗と鼻水と涙で濡れた顔は、所々土埃で化粧を施され、見てられないほどに汚れている。


 「グォォ! グゥォオ!」


 クマは夥しい量の唾液を垂らしながら、一歩、また一歩と大地を揺らす。

 手を伸ばせば、もう角には届く距離にまで迫ってきている。

 クマからすれば、こちらは追い詰められたなす術のない弱者である。

 腕を広げて跳びかかるか、突進して角を突き刺せば簡単に仕留められるだろうが、そうしないのは何故だろう。

 生きたまま貪り食うためか、持ち帰って仲間と食べるためか、それとも、もっと想像もつかいないような恐ろしい何かがあるのか――。


 「フヒュー……。ヒュー……」


 「グォルルルル」


 何とか呼吸できるようにはなったものの、この絶体絶命の状況ではそれは何の意味もなさない。

 クマとの距離はもう三十センチもなく、生臭いような、鉄臭いような、熱いクマの息が顔にかかる。

 それでも、まだクマは噛みつくこともしなければ、引っ掻くこともしない。


 「――――」


 「フグゥ……フウゥ……」


 数秒の間、至近距離でお互いの顔を突き合わせるという謎の時間が生まれる。

 何故、どうして何もしてこない。

 その太い腕を、大きな口を、鋭い角をほんの少し動かせば、この圧倒的弱者の命は簡単に奪うことができるだろうに。


 まさか、この期に及んで警戒するなんてことはないだろう。

 もちろん、見逃すなんて考えは以ての外。

 いや、クマというのは賢い動物だ。

 それも異世界のクマともなれば、何か普通ではない考えがあるのかもしれない。

 命を取らないということもあり得るのではないか。

 段々、恐怖で頭がおかしくなってきたのか、そんなバカげた妄想をしていた矢先――。


 「ゴォォォォォ……ン」


 「――――!?」


 クマは、これまでの圧のある雄叫びとは違う、何か楽器を訪仏とさせる不思議な声を、獰猛な牙の生えそろった口の奥から発する。

 笛とも鐘とも違うその不思議な声は、体のずっと奥にある、自分自身の核心たる部分――魂とでも言うべき何かを無遠慮に撫でまわされるような、そんな嫌悪感を与える。

 感じたことのないその歪な感覚に、本能が「今すぐここから逃げろ」と警鐘を鳴らす。


 「どこに……だよ。逃げ場なんて――」


 どこにもないと言い切ろうとして、言葉に詰まる。

 改めて考えてみて、自分が勝手に選択肢から外していただけで、クマから逃れる方法が無いわけではなかったからだ。

 しかし、その選択は九割九分、助からない――だからこそ除外していたわけだが、もうこの際、クマから離れられるのならそれでもいいのかもしれない。

 何もせずにこの恐怖と死を受け入れるか、せめて恐怖から逃れて死ぬか――。


 どうせ辿り着く先が変わらないのなら、せめて今、死ぬ前くらいは恐怖からの解放を望むのが自明のこと。

 もしも助かったならそれはそれで儲けもの。


 腰が抜けたまま、転がるように後退する。

 渓谷へのダイブ――――それこそが、一時の恐怖から脱するための唯一の選択だ。


 「生きたまま食われるなんてごめんだ! どうしても食いたいなら、後で死体でも探せ!」


 そうやって虚勢を張ることで、より力が入る気がした。

 中途半端になると、岩肌に体を打ち付けかねない。

 ()()()()()()()()と、意識を失う前に痛い思いをしなくてはならないため、それは避けたい。


 ――あと一歩。

 震える足腰に鞭を打って立ち上がり、跳躍のためにグッと足に力を込める。

 クマは丁度吠えるのをやめた――と同時にこちらに向かって跳びかかって来る。


 「う、ぉぉおおおおお!!」


 「ゴァガアアアアア!!」


 クマに背を向けて、思い切り崖を飛び出す。

 躊躇はなかった――というより、躊躇する暇がなかったというのが正しい。

 地面から足が離れ、一瞬の浮遊感の後に、重力に引っ張られてそのまま落下――――するはずだった。


 ――ドジュッ!


 大きな衝撃が体を突き抜けると、キーンという、酷い耳鳴りがしだし、世界がグルグルと回る。

 何が起きたのか分からず、錐揉み回転をする視界の中、目を凝らして情報を集める。


 崖には手をベロベロと舐めるクマが見えた。

 ちゃんと崖からは跳べたようで、さすがのクマも追って来る様子はない。

 轟轟と音を立ててと流れる川は真下にあり、このまま落ちれば岩肌に激突することはなさそうだ。


 空中には黒い布と一緒に、赤い液体が舞っている。

 黒い布は、多分、腰に巻き付けていたジャージだろうが、大きく裂けてしまっている。

 あれはお気に入りだったのでとても残念だ。

 では、赤い液体はなんだろう。

 鮮やかな濃い赤色と、少しくすんだ赤色――かなりの量が散っているが、その内の一滴が口に入る。

 温かくて、鉄のような臭いが鼻に着く。

 間違いない、


 「――――」


 「血」と言おうとしたが、声が出なかった。

 不思議に思い、もう一度発声を試みるが結果は変わらない。

 そういえば、呼吸もしていない気がする。

 いくら息を吸い込んでも吸い込んでいる気がしないし、腹や胸が動いているような感じもしない。

 

 「――――?」


 手で確かめようとするが、触れられない――というよりも動かない。

 嗅覚と味覚は血でダメになり、聴覚は耳鳴り、手足の感覚はなぜか機能していない。

 つまり、視覚からしか現状を理解するための材料を集めることができない。

 だが、そんな視覚も涙のせいか、それとも乾いてきたのか、どちらにせよ、かすんだり眩んだりで怪しくなりつつある。

 まあ、どうせこの後は水面に体を打ち付けられ、濁流に飲まれるという事実は確定しており、現状を知ったところでどうなるわけでもないのだが、だからと言って何も考えないというのも難しいものだ。


 やけに長く感じる着水までの時間。

 ようやく回る世界から、崖の上――クマの姿が消えた頃、視覚がまた新たな情報を得る。

 白地に赤い柄の付いたインナーに黒いジャージを穿いた――人。

 ただ、()()を「人」と表してもいいものだろうか。


 服がボロボロなのは、まあいいだろう。

 片腕と片足が無いのも百歩譲ってあり得なくない。

 問題は、他にある。


 ――――その体には、首から上が無かった。


 「――――!?」


 意味が分からない。

 頭が無い――つまりは死体であるこれは、いったいいつから、そして誰のものなのか。

 世界が回ると、千切れた腕やおかしな方向に折れた足まで舞っている。

 そうなると、インナーに付いた赤い柄は多量の血液なのだろう。


 ――いや、この身体が誰のものなのか、本当はもうわかっている。

 それはそうだろう。

 ここにいた人間は一人だけで、崖から跳ぶ際に受けた衝撃もクマが攻撃してきたからだ。

 ただ、認めたくなかっただけだ。

 認めてしまったら、今の自分状態を理解してしまう。

 死を覚悟したとはいえ、万が一でも助かるという希望を持っていたのも事実である。

 それなのに、これでは――。


 気付きたくなかった。

 認めたくはなかった。

 頭の中でいくら否定しても、事実を変えることはできない。


 ――あれは、他でもない、己の体だ。


 血に濡れた白いインナーも、黒いジャージも今の今まで身に着けていたものだ。

 千切れた腕に見える痣も、白い骨が飛び出た足も、宙に漂う鮮血も――全部、全部、自分のものだ。

 それを認識した瞬間――


 「――――っ!!」


 既に手遅れであるにもかかわらず、今さらになって脳が痛みという形で警鐘を鳴らす。

 どういうわけか、もげた頭の断面のみならず、すでに繋がっていない、千切れとんだ手足やズタズタになった体の痛みまで感じる気がする。


 今まで感じたことのない、文字通り死ぬほどの痛みを受けているにも関わらず、まだ意識は飛ばない。

 逆に痛みで意識が覚醒してしまっているのか、それとも変に思考を巡らせてしまったせいで、意識を手放すタイミングを失ってしまったのか。


 一秒一秒が恐ろしく長く感じられ、どれぐらいたったのか、谷底まではまだ半分以上の高さが残っている。

 早く意識を失わなければ、このままだと着水時の痛みまで上乗せされてしまいそうで、より焦りと恐怖が加速する。

 頭の中はもう、苦痛と恐怖でぐちゃぐちゃだ。

 

 ――死ぬまでの恐怖を脱する?

 ――運が良ければ助かる?


 ここはアクション映画でも漫画やアニメの中でもない。

 現実だ。

 現実の異世界なのだ。

 平々凡々な一高校生が角の生えたクマに立ち向かっても勝てるわけがないし、何の装備も無しに高所から飛び降りて助かるわけがない。


 「――――」


 痛くて、怖くて、苦しくて、声を上げようにも、肺と繋がていない口からはダラダラと血が流れ出るだけ。

 力が入らず、開きっぱなしの目にも血が流れ込み、視界も最悪。

 風を切る音と、徐々に近づく川に音から、まだ落下の途中であることはわかる。


 ――痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 止まない痛みは精神まで削る。


 ――苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。

 酸素の枯渇は思考を妨げる。


 ――早く終われ早く終われ早く終われ早く終われ早く終われ早く終われ早く終われ。

 ただの高校生にとって身に余るほどの苦痛は、生への渇望を捨て去るには十分すぎる。

 いくら最期を願っても、まだそれが訪れる様子はない。


 ――痛い痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい早く終われ早く終われ早く終われ早く終われ早く終われ早く終われ。


 頭の中は負の感情で埋め尽くされる。


 ――痛い苦しい早く終われ痛い苦しい早く終われ痛い苦しい早く終われ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい早く終われ早く終われ早く終われ早く終われ早く終われ早く終われ早く終われ早く終われ早く終われ早く終われ早く終われ。


 川の音が近づく。

 血の味も臭いも薄れる。

 目はもう完全に見えない。


 ――痛い苦しい早く終われ痛い苦しい早く終われ痛い苦しい早く終われ痛い痛い痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい痛い痛い苦しい苦しい苦しい苦しい痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい早く終われ早く終われ早く終われ早く終われ早く痛い痛い痛い終われ早く終われ早く終われ早く苦しい苦しい苦しい終われ早く終われ早く終われ早く終われ。


 さらに川の音が近づく。

 それなのに、まるでスピーカーから音が鳴っているように、どこか現実味に欠ける。


 ――痛い痛い……痛い……苦しい……早く…終われ……もう、死にたい。


 ようやく意識が薄れてきた。

 痛みが少しマシになった気がする。

 苦しさももう慣れた。

 ただただ疲れた。


 学校に行って、友達と遊んで、バイトして、眠る。

 毎日毎日、変化の乏しいつまらない日常を呪って、訳も分からず異世界に辿り着いた。

 不安と焦りの中、もしかしたらこの退屈な日常から脱却できるのではないかそれはなんて淡い希望を持った矢先、それはあっさりと崩れ落ちた。

 ついでに命まで落とすという最悪なおまけ付きで。


 まだかすかに残る意識の中、辛うじて聞こえる耳が、最後の情報を脳に送る。


 ――ドプン……。


 ――やっと終わった。


 こうして――――天守夜人(あまもりやひと)は、十七年間に亘る、平凡で退屈な人生に幕を閉じた。

応援の意味も兼ねて、ブクマ等よろしくお願いします!

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